63話 元剣聖ってアリですか!?
翌日。閑古鳥が鳴き始めた海の家を早々に閉め、私たちは店長の話を固唾を呑んで待っていた。
昨夜にはサビまみれの剣で丸太を綺麗に切ったのを見て、ただ者じゃないのはわかったけど……。
「私もね、元は剣聖と呼ばれたこともある、しがない冒険者だったんだよ」
「店長が……剣聖?」
「ああ、といっても60……いや、70年だっけ? やだね、年を食うと……とにかくまあ、それくらい前の話だよ」
……店長って、今いくつなんだろう?
って、大事なところはそれじゃなくて。
「フェンさん、剣聖って……実はそこまで珍しくないんですか?」
嘘かホントか知らないけれど、私も剣聖の卵って呼ばれ。
そして今目の前には、昔剣聖と呼ばれた人がいる。
もしかして……割といるとか?
って思った私の疑問を覆すように、フェンさんは首を横に振る。
「そんなことない。ない……と思うよ? 鍛冶で色んな剣に触れながら人の話を聞いてきたけど、剣聖って呼ばれる人はいなかった。私の生きてきた世界が狭いせいかもしれないけどね」
「私もありません。私も商会の小間使いとして色んな話を耳にしましたが……」
フェンさんに続き、エレナさんも首を振る。
じゃあ、今ここに二人いるのって……すっごく珍しいことなんじゃ?
「何言ってんだい、元々剣聖なんておとぎ話レベルに語り継がれてる名前じゃないか。剣聖並に素質があったとしても、そいつらは普通に腕の立つ剣士、とか凄腕冒険者、とか曖昧に呼ばれてるさ。逆に『私は剣聖』って言うヤツの方が怪しいよ」
……まあ、それは確かに。
シルフィさんやフェンさんが言わなければ知らなかった単語。
ということは、そこまで浸透していない言葉か、既に廃れた言葉なのかもしれない。
「私だって、仲間が面白半分に呼んできたから自称しただけで、本当に剣聖なのかどうかはわからないさ」
「言われてみれば、剣聖だって断定できる要素ってないですもんね……」
「だろ? だけどまあ私から見てみれば、あんたは剣聖の卵なのは間違いないと思うよ」
「それはどうして?」
「そりゃー、あんなへっぴり腰であんな切れ味発揮出来るなんて、剣聖以外の何者でもないだろうさ」
……へっぴり腰?
頭の中で自分の姿勢を思い浮かべてみるけれど、背筋はシュッと伸びている。
ひょっとして、姿勢が良いのって私の頭の中でだけなの?
「しかも剣を砕くと来たもんだ。並大抵の潜在能力じゃないんだろうね、磨けば磨くほど輝きそうだけど……」
「……だけど?」
「別にそこまでやってやる義理はないっていうか……」
「そんなぁ!?」
ここは師匠になってくれる流れなんじゃ!?
そして私は剣を砕かない剣聖になって、そして、そして……。
…………そして、私はどうなりたいんだろう。
「……なんか急に萎んだね」
「まあ色々あるんだよ彼女にもね。ところでエレナくん、店長殿が切った丸太は本当に切れていたのかな?」
「はい、四等分ですね。切断面にささくれはなく、とても綺麗なモノでした」
「あのサビだらけの剣で……ね」
思案顔のフェンさんを置いて、私はまだ自分の未来を考えていた。
なりたい私は、かつてあった。だけどそれはここじゃない、元いた場所でなりたかった私だ。
すべてを捨てて逃げ出した私は、いったいどうなりたいんだろう。
「ヴィーナ、指導してやってもいいけど、一つ条件がある」
「え、あ、はい? なんでしょう?」
なりたい私は見えてこないけれど、いつまでも卵のままじゃいられないのも事実。
それを考えれば、店長のことは渡りに船。乗らないわけにはいかない。
「それはね――」
「あっ!! あの紐のヤツは絶対イヤですからね!? 絶対に絶対です!」
「じゃなくて――」
「ていうかそもそも水着がイヤです! 海に入るわけでもないのに――」
「聞きな!!!」
「……はい」
怒られた。
「こほん、条件っていうのはだね――」
そしてその条件っていうのが、翌日披露することになって……。
翌日。海の家にて。
お客さんの前で私は、包丁片手に立っていた。水着は着てない。
もう片手にはスイカ。これで何をするかと言うと……。
「……行きます! えいっ!」
スイカを真上に放り投げる。
ふわりと浮いた後、落ちてくるスイカに包丁を滑らせて……。
「……はい、どうでしょう!」
お客さんからパチパチと拍手が起こる。
落ちてくるスイカを受け止めたエレナさんの持ったお皿には、綺麗に切れたスイカが。
だけど私が持っていた包丁は、持ち手から先が無くなっていた。
「はい罰金だね」
「くぅっ……」
店長が言う条件とは、これだった。
閑古鳥が鳴く海の家を盛り上げるため、物を切るパフォーマンスをお客さんの前で披露すること。
剣を砕かずに斬る、という実地での練習も兼ねていて、包丁を砕くたびに私のバイト代から引かれていく。
沢山稼ぎたいなら包丁を砕かずにパフォーマンスを成功させなければならない……ということだった。
物珍しい見世物でお客さんはチラホラと足を止める。
海辺の端のほうだからあまり足を止める人はいないけれど、口コミが広がればもっとお客さんが増える……はず、たぶん。
エレナさんはお皿の上のスイカをお客さんに売っていく。普段のカットスイカよりも割高だけれど、面白いものが見れたお客さんは喜んでお金を払ってくれていた。
「はい、次だよ次! はいこれパイナップル!」
「チクチクする……」
だけど泣き言は言ってられない、成功させるためには何度も何度も挑戦あるのみなんだから。
皮に滑らせるようにしながら……だけど剣……もとい、包丁は中心を。難しいけれど……何度だって!
「罰金」
「うわぁん!!」
道のりはまだまだ険しそうだった。
………………。
「……どうだいエレナくん? ヴィーナくんの様子は」
「少し明るくなったでしょうか。目標……というよりは、やることが明確に見えている分、余計なことを考えなくていいって感じでしょうが」
「お店が暇になってからは物憂げにしている様子が増えていたからね。これで少し気が紛れてくれればいいんだけど」
「そうですね……それとフェン様、例の件ですが」
「ああ、どうだった?」
「ほぼ恐らく間違いないかと。ヴィーナ様の村が襲われたのと同時期に、ほか二つでも村が襲われています」
「つまり……」
「ええ、ヴィーナ様は自分の所為で村が滅んだと思い込んでいますが――勘違いに間違いないでしょう」
……そんな話をしていたことを、パフォーマンスに必死な私は、聞こえていなかった。




