62話 店長って何者……ってアリですか!?
店長の海の家で働き始め……どれくらい経ったかな。
最初は恥ずかしかった水着での接客も、不本意にも慣れてきてしまうくらいには経ったんだと思う。
始めの頃こそ物珍しさでお客さんが沢山来ていたけれど、要は海辺にいる他の観光客と同じ格好。飽きた……というよりは、わざわざ見るために端っこの海の家まで何度も足を運ぶ人はいないんだろう。
大盛況だった人の出入りは、日が経つにつれて右肩下がりとなっていった。
私としては楽だし、人目にさらされることも無いから大助かり……なんだけど、店長からしてみれば売上が落ちて助かるわけもなく。
「…………やっぱり、これを……」
なんてブツブツ言いながら例の紐水着とにらめっこしているのはやめて欲しい。
流石に一線を越えないと……思いたいなあ。
「さあいらっしゃい! 何処にでもある食べ物が売ってるよ! 家に帰ったら食べられるものでも海辺で食べれば美味しいから不思議なモノ、日常の食事で非日常を味わいたいならここ!」
外でフェンさんが呼び込みをしているけれど、そもそも海辺の端に海水浴の客は少なくって。
わざわざこっちまで足を運ぶ人は、既に中央辺りにある海の家で食事済み。だからこっちに足を向くことはなく。
「……ダメだね、まるで手応えなしだよ」
「まあ……奇抜さを売りにしただけですからね。慣れたら他の人と同じ格好ってだけですから」
「やっぱり紐にしたほうが……」
「店潰されますよ」
あわや一線を踏み越えそうになった店長を押し留め、ガラガラの店内を見渡す。
客足が遠のくにつれて、エレナさんは早々に水着接客から解放されて調べ物に出てるため、ここにはいない。
その代わりと言ってはなんだけど、店長の家の掃除や夕食はエレナさんが作ってくれることになっていた。
「もう今日は店じまいにしようか。どうせこれじゃ客も来ないだろうしね」
「いいんですか?」
「よかないさ、でも来ないのに開けててもしょうがないだろ。はあ、世知辛いね」
曲がった背中をトントンと叩きながら店じまいを始める。
……このままだとクビになったりするのかな……するかも?
他の仕事探したほうがいいかも……?
「あんた、今とっても恩知らずなこと考えてるだろ?」
「いえ、そんなまさか」
「まったく、行く当てのない家出少女を拾ってやったっていうのに」
ブツブツ言いながら店の奥に消えていった。
……年の功ってやつ? 店長には何も隠し事が出来ない気がしてきた。
そして、夜。
愚痴だらけの店長は早くに眠り、私はいつも通り素振り。
店長に教えられた姿勢を意識しながら、剣を振り下ろす。空気を押しのけるんじゃなく、空気すら斬り裂くように。
「ヴィーナくんの素振り……なんだか音が変わったね?」
「あ、わかりますか? 店長に教えられたやり方をしてみたら、こうなったんです」
「店長殿に……?」
最近は夜にしか握っていない剣だけれど、やっぱりこうして振っていないと落ち着かない。
もはやクセ、というよりも日課になってるみたい。
「だがねヴィーナくん、使いもしない剣を欠かさず鍛錬しているが、キミはいったいどうしたいんだい?」
「どうしたい……と言われても……」
「何かを斬るでもない、ただただ素振りをする毎日だ。健康に基づく適度な運動というのならば、いささか物騒じゃないかな」
「それはそうですけど」
運動のためにやってるわけじゃない。
やらないと落ち着かないって言うだけで、これといった目標があるわけじゃない。
……まあ、斬っても剣を砕かないようにはなりたいけれど。
目標が遠くて見えない目標なだけに、その道の終点は見えないから。
「ふん、まだやってたのかい」
「店長……? すいません、起こしちゃいました?」
窓からひょっこりと顔を見せたのは、寝たはずの店長。
仏頂面で不機嫌そうな顔を見て、思わず謝ってしまう。
「いや、そろそろ良い頃合いかと思っただけだよ……よっこいせ」
行儀悪く窓を乗り越え姿を見せる。
近くに置いてある薪用の小さな丸太を持って、私の前に置く。
「ほれ、半分に斬ってみな」
「え、でも……そうすると……」
「剣が砕けちまうって? いいからやってみな」
これ一本しか無いのに……だけど断ることも出来ず、言われるがままに剣を振り下ろす。
何の抵抗も無く丸太に剣が食い込んでいき、まるで紙を斬るように丸太が真っ二つに。そして……。
「……砕けちゃいましたけど」
「そうだね」
「そうだねって……」
「鍛冶師の嬢ちゃん、あんた何本か持ってるだろ、それよこしな」
「よこしな、と来たか。随分と乱暴に接収する家主とは思わないかな?」
「つべこべ言うならあんただけ家賃と食費をもらってもいいんだよ」
無言で剣を差し出したフェンさん。
こういう時、住むところと食べるものを提供している人の立場は強い。
「剣先を滑らせるように斬ってみな」
「滑らせるように……」
言われた通りに少し距離を取り、剣先を滑らせるように……振り下ろす。
「本当に剣先を滑らせるだけにしてどうするんだい!」
「滑らせろって言ったじゃないですかあ! 砕けちゃいましたよ!?」
「滑らせる“よう”に、って言ったんだよこのバカ! 滑らせるようにしながらも、対象の中心を捉えるんだよ! 剣の中心の点と、対象の点を合わせるんだよ!」
「難しいんですけど!?」
「あんたのその力はそれだけ扱いが難しいってことだよ! いいからやんな!」
そんな無茶な……! やってみるけど……!
剣先を滑らせるようにしながら、だけど丸太の中心を捉えて……?
剣の中心を……あああ、難しい!!
「……やっ!」
もはや破れかぶれの一撃。
滑らせるようにしながらも中心を捉え、中心の中心の点を合わせる。
呪文と言うが暗号じみてきた言葉に混乱しながらも、剣を振り下ろす。すると……。
「…………うそ」
「……斬れる音はしたけれど、砕けた音はしていない……ということは?」
「砕けて……ません、フェンさん、砕けてませんよ!!」
でも丸太は真っ二つ。なんで……どうして?
「斬ろうとする気配が強すぎたんだ。あんたの斬ろうとする意思に、剣が応えようとする。だから剣は自分の底力以上の力を出して斬ろうとしちまうんだ。だから適度に滑らせる程度の感覚で、中心を捉える。そうすると剣は錯覚したまま使われる」
「…………」
何言ってるのかわかんない。
疑問は幾つもあるけれど、あえて一つだけ言うとすれば……。
「店長って、いったい何者……?」
「ふん」
鼻を鳴らして家の中に消える。
……あれ、無視?
と思ったら何か持って出てきた…………杖?
「店長、まだ杖が必要な年齢じゃないんじゃ……」
「たたっ斬るよ。これは剣だよ」
鞘から抜くと、長年使われていないのかサビだらけの剣だった。
「……少し、いいかな?」
店長から剣を受け取って確認するフェンさん。
指でなぞり、とても難しい顔を見せる。
「刃が完全にサビで埋め尽くされてる。これじゃもう刃物って言うより鈍器だ」
「だろうね。ヴィーナ、丸太を用意しておくれ」
「あ、はい」
言われたとおりに丸太を立てる。
店長は剣を握り、大きく息を吸う。
曲がっていた背中はいつの間にかピンとまっすぐになっていて、何の前触れもなく振り下ろす。
剣の煌めきは幾つも見えた。
「こんなもんだよ」
「……嘘」
「なに、なにがあったんだい?」
見えないフェンさんは事情を掴みきれていない。
剣を振り下ろし、風を斬った音はたった一度だけ、なのに……。
丸太は、薪に最適な形となるように綺麗に斬られていた。
「剣聖の卵、か。見るのは初めてだね」
「…………店長って、いったい……?」
「なに!? なにがあったのか教えてくれないかい!?」
剣を持った時の店長は、いつもとは全然違う雰囲気を出していて。
やがて私は、店長ではなく……師匠と呼ぶ存在になったんだ。
「あの!? 二人ともいるよね!? 何があったんだい!?」
「フェン様……! うるさいです……!!」
「起きてくれたまえエレナくんー! 二人が教えてくれないんだ!!」




