61話 みんなの話ってアリですか!?
これは、ヴィーナがカルディラ傭兵団の寮を飛び出した翌日のこと。
「シルフィちゃん、大変!」
「……なんなの、朝っぱらから」
カルディラ商会執務室に、傭兵団の面々が集まっていた。
「ヴィナちゃんが、ヴィナちゃんが……いなくなった!」
「…………」
「ボス、朝ヴィーナちゃんを起こしに行ったらね、荷物がなくなってて、これが机に!」
一枚の白い封筒。そこに書かれているのは『退職願』
誰が見たとしても、ヴィーナがいなくなったことを示す封筒であった。
「……そう、わかった。受け取っておくわ」
リースから退職願の封筒を奪い取り、机の中に乱雑にしまい込む。
その様子を見てライラとリースは眉をひそめた。
「もしかしてシルフィちゃん……知ってたの?」
「なんのこと?」
「ヴィナちゃんがいなくなるって」
「知らなかったわよ。まあ……いなくなって欲しいとは思っていたけど」
最後は小声で呟いた為、二人の耳に届くことはなかった。
「ボス変だよ、いつもならリースたちより大騒ぎするはずなのに!」
傭兵団に半ば無理やり勧誘した張本人だ。
そして誰よりもヴィーナに執心していた。なのに慌てる様子もなく、ただ淡々と処理していく。
リースやライラが変に思うのも無理はない。
「元々いなかったんだし、いないことにも慣れるわよ。さ、今日は依頼はないから各自訓練でもしてなさい」
退室を命じるシルフィだが、二人は動こうとしない。
彼女はいなくなった理由を知っている。それを知るためならば、いくらでも居座るつもりだった。
そんな二人に向けて、シルフィはこれみよがしな溜め息を見せた。
説明したくないのではない、面倒なのだ。
村が襲われた元凶がヴィーナであると知ったその瞬間、彼女への終着は煙のように消え失せた。
残った感情は憎しみ、怒り。マイナスな感情ばかりである。
「あんたたちに説明する必要はない、話は終わりよ。ユノ」
「二人とも、外に出て」
「ちょっとユノちゃん!」
「ボス、話を聞かせてよ!!」
何処からともなく現れたユノに、力付くで退室させられる二人。
シルフィは二人がいなくなった後、重苦しい息を吐き出す。
「……ま、新しいリーダーを雇えば忘れるでしょ」
「そう簡単だといいけどね」
「……ユノ?」
それ以上は何も語らないユノだったが、彼女も二人と同様消化しきれない想いが胸の中にあった。
シルフィの護衛として、常に陰から見守っているユノは、事の成り行きをすべて知っている。
彼女を心酔し、そして雇い主である以上はシルフィの敵に回るつもりはないが……。
ヴィーナがいなくなった今のことを思うと、味方にもなりたくない心境だった。
それから連日、ライラとリースは執務室に訪ねてきてはヴィーナがいなくなった経緯をシルフィに尋ねてきた。
だが決して口を開かないヴィーナ。ユノに追い出させては、重苦しい溜め息を吐く毎日。
そんな日が何日も続き……。
やがて、二人の我慢は限界に達した。
「もうなんなの!? 絶対教えてくれないじゃない!」
「それだけ教えたくないことがあるってことかな?」
「知らないよ、もうこうなったらアタシたちで調べるしか……」
「でも……どうやって?」
「……わかんないけどさ!」
二人の様子は、ユノを通じてシルフィにも伝えられた。
「はあ……もう、めんどくさい」
このままでは二人とも辞めてしまう可能性があった。
本当に辞めたいなら止めるつもりはないシルフィだが、そうでないのなら引き止めたい。
だが原因がヴィーナなのであれば……出来れば説明したくない。
説明することで彼女への怒りが蘇るのが嫌なのだ。
「でも、このままじゃ本当に二人は辞める」
「……そうね、わかった。今夜寮に行くから、全員集めておいて」
「わかった」
そして、その日の夜。
寮のリビングにライラとリースが集められ、そこにシルフィとユノがやってきた。
「……あれ? フェンとエレナは?」
「これが鍛冶場にあった」
そこには、三枚の封筒。
ニ枚はそれぞれ同じ筆跡で『退職願』と書かれており、一枚は無地。
『フェン様に頼まれ、エレナが代筆しております。
ヴィーナ様がいなくなり、鍛冶師としての仕事は必要なくなったと思います。
なのでこれ以上ここにいる意味はないと仰っていますので、誠に勝手ですが退職願を共に置いておきます』
「なんなの……ヴィナちゃんに続いて、二人まで……」
「ボス……何が起こってるの?」
「まだ下に続きがある」
『念のためにヴィーナ様の行き先を下記に記しておきます。
もし必要であれば――』
最後まで読み終えることはなく、シルフィはその手紙に……火を点けた。
「ちょ、なんで!!」
「必要ないからよ」
「その説明をしてくれるって……」
「ええそうよ、でも説明するのにヴィーナの行き先は必要ない」
止めようとするライラとリースだが、紙はどんどんと黒い灰になっていく。
「二人がいなくなったのは残念だけど、武器なら買えばいいしね。さあ、さっさと説明を終わらせるわよ」
ライラとリースの感情が落ち着くまで待つこともなく、淡々と説明を始める。
怒りが蘇らないように、できるだけ感情を含めずに、努めて冷静に。
「……というわけで、あのコは村にいた人たちを死に追いやったのよ」
「…………」
二人は何も言わない。
黙って椅子に座り、テーブルの上を見つめている。
「納得した? ヴィーナは良心の呵責に耐えきれなくなって、自分から出て行ったの」
「自分から出て行った……っていうのは理解したけど」
「けど?」
「アタシ、ヴィナちゃんがそんなことすると思えないんだよね」
「な……っ!?」
真実を話せば、自分に味方してくれると思ってたシルフィだったが。
「リースもそう思う! ヴィーナちゃんは優しいもん!」
ライラも、そしてリースも。
ヴィーナのことを信じていた。
「ね、ユノちゃんもそう思うでしょ?」
黙ったままのユノに対し、ライラは同意を求める。
しかしユノは静かに首を振った。
「今回、わたしはどっちの味方も出来ない」
「どうして?」
「わたしはシルフィが好き……その反面、ヴィーナのことも悪くないと思ってる。どっちかに寄り添う立場には、なれない…………けど、一つだけ疑問は、ある」
「ユノ、その疑問って?」
シルフィに問われ、深く呼吸をした後。ユノは口を開く。
「像が壊れたから村が襲われた。その前提条件が間違ってる可能性が、ヴィーナとシルフィにはないこと」
「だって……ヴィーナがそう言って……」
「そう、だけどそうじゃない可能性っていうのを、二人とも考えなかったのが、わからない」
「ユノちゃん、待って、つまり……どういうことなの?」
「この前、リースが店で変わった食べ物を買ってきた、って言って何かを食べてた。正体は粘土だった」
ライラとシルフィ、二人はリースを見る。
どうやら本当だったようで、恥ずかしそうにテーブルにふせっていた。
「だって……カラフルで美味しそうだと思ったんだもん……!」
「色が塗られた粘土細工を、食べ物だと疑わずに口にして、食感が変なのに疑うことなく食べ続けた」
「だって……だってぇ……!」
「思い込んだら自分自身すら騙してしまう、騙せてしまう。ヴィーナの言ったことに……疑う余地はなかった?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるシルフィ。
ユノの指摘が図星であったことに、困っているようだ。
「だからわたしは、明日から徹底的に調べる」
「あ……アタシも!」
「リースも手伝う!」
「だからシルフィ、明日からは三人……長期休暇をもらう」
三人の強い眼差しに、首を縦に振るしかない……シルフィだった。




