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むりやりサインさせるってアリですか!?~つきつけられたのは雇用契約書でした~  作者: 佐藤ヒロフミ


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59話 水着なんてアリですか!?


 翌日。海の家での勤務初日。

 初めての接客業で、ミスをしないか心配してた…………んだけど。


「お……お婆さん!? 聞いてないんですけど!?」

「うるさいね、あと働いてる時は店長って呼びな!」


 初めて来たときは誰も寄り付かない、廃墟みたいな海の家だったのに。

 今は何故大盛況。順番待ちの人までいるくらい。

 ……こ、こんなの二人で間に合うわけないよ!?

 いや、それよりも……それよりも大事なことがあって……。


「なんで私水着を!?」

「海の家での勤務は水着を着てやるって相場が決まってるんだ! つべこべ言わずにテーブルに運ぶんだよ!」

「ならなんで店長は着てないんですか! かき氷お待たせしましたー!」

「ババアの水着なんて見て誰が喜ぶのさ!」

「やっぱりー!?」

「これ以上文句言うならコレ着せるよ!」


 それは今着ている水着よりも面積が狭くって。

 ……紐!?


「……これでいいです……ぐぎぎ……!」

「こら、接客中になんて顔してんだい! はい次!」

「お……お待たせしましたー!」


 でも、お客さんだって水着ばっかりなんだし、その中にいると思えば……。

 ………………。

 無理! 思えない! だって私お客さんじゃないもん!!

 なんかジロジロ見られてる気がするし……気のせいだといいんだけど。


「はいはい、ボーッとしてる暇ないよ!」

「わ、わぁーっ! お待たせしましたー!」


 忙殺っていう言葉を、今日初めて実感したかもしれない。

 水着を着て仕事っていう羞恥心や、カルディラ傭兵団の罪悪感も感じることなく、波のように押し寄せるお客さんに注文の品を運ぶのに必死だった。

 ……どっちも忘れたらいけないと思うんだけど!


「こりゃいいや、水着の代金や人件費なんて余裕で取り戻せるね、笑いが止まらないよ。あっはっはっ!!」

「店長口じゃなくて手を動かしてくださいー!」

「雇われごときが偉そうに!」

「そんなぁ!」


 ……と、まあこんな風に。

 押し寄せるお客さんの波は、お昼が過ぎるまで続いた。


「……ふう、だいぶ落ち着いたね。ほら、これで休憩してきな」


 そう言った店長から渡されたのは、お金。

 ……これで、何をしろと? 疑問顔で店長を見ていると、表情がどんどんと不機嫌になっていくのがわかる。


「鈍い子だね。他の海の家の敵情視察をしてくるんだよ」

「……本当に休憩っていうんですか、それ?」

「人の金で食って飲んで休めるんだ、休憩って言わずになんて言うのさ。安心しな、食べる料理は任せるよ…………ちょい待ち、やっぱりうちにあるメニューと同じ物を食べてきな」


 どんどん休憩らしさが遠のいていく!

 とはいえ、朝から働いててお腹が減ったのも事実。お腹が鳴ってしまう前に遅めの昼食に行こう。

 海の家から一歩出ると、白砂と猛烈な日差しが私を照りつける。

 目を細めて遠くを見ると、そこには沢山の海水浴に訪れた観光客。

 ……この中にいるなら、水着でいるのも普通なんだけどなあ。


「さてと、海の家海の家……」


 浮き輪やパラソルのレンタル屋さん、冷たい飲み物を売ってる屋台。

 スイカ割り代行…………代行!? 意味あるのそれ?

 とまあ、などなど色んな店があって、白砂をサクサクと踏みながら海辺を歩くだけで楽しい気分になる。

 だけど今の私は半分仕事のようなもの。海の家を探して浜辺をまっすぐと進んでいく。

 ……そして、ようやく見つけた。浜辺のちょうど中央辺り、三つ並んだ海の家が。

 どれにしよう……まあ、どれでもいっか。食べるモノも指定されてたよね。

 お昼過ぎということもあり、何処の海の家も並ぶことなく店に入ることが出来た。

 店長の指示通りに頼み、料理が運ばれてくるまで待つこと数分。

 海の家の外から聞こえた話し声が、私の耳に届いた。


「聞いた? 端っこにある海の家で、水着で接客してるって」

「マジで? 恥ずかしくないのかな?」

「……慣れてるんじゃない? 私たちも見に行ってみる?」

「行く行く。興味はあります私、ううんむしろ興味しかないわ」


 …………。

 え? え、どういうこと?

 皆だって水着を着て接客してるんじゃ……?


「お待たせしましたー」


 と、そんな時に持ち帰りで頼んだ昼食が届けられる。

 目の前にいる女性は……ハーフパンツに、シャツを着てる。

 ハーフパンツに……シャツ。


「……お客様?」

「なんで!?」

「ひえっ!?」

「あ、あ、あ、あの……」


 あの嘘つきオババ……!!


「お……お客様?」

「…………お代はこれで」

「あ、ありがとうございました……?」


 まったく……まったくまったくまったく……!!

 どうしてくれようかなぁ……!!


 散歩気分で歩いていた時の足跡とは違い、帰り道の私の足跡は、怒りによって深く足跡がつけられていた。

 ズンズンと真っ直ぐに歩いていく。今私の中にあるのは怒りだけ、水着の羞恥心なんて彼方に飛び去っている。


「お婆さん!!」

「おや、帰ったかい、早かったね」

「どういうことですか、誰も水着で接客してませんでしたけど!?」

「そりゃそうだろうさ」

「え……っ、はあ!?」

「仕事中に水着を着て接客するなんて、仕事の後遊びに行く浮かれた子か、客寄せにされてるだけだろうさ」


 あっけらかんと。

 悪いと思っていないかのように。

 まるで怒った私がおかしいと言わんばかりに。


「……私、服着てきます」

「おっと、そうはいかないよ」

「なんでですか!」

「ここ、給料良かったと思わないかい」

「えっ…………ええ、まあ」


 しわくちゃの張り紙を思い出す。

 接客業の割に給料が割と良くて、それだけ辛いのかとも思ったけど、仕事内容はそうでもなくて。

 目が回るほどの忙しさだけれど、傭兵と違って命は懸けてない。それなのにそこそこのお給料。


「それに住む所も食事もついてくる。さらにあんたの剣すらも見てやれる」

「うっ……!」

「いたせりつくせり。あんただって、水着で接客するのに少し慣れてきてたんだろう?」

「そうですけど……でも、他の店がやってないなら……!」

「こんな辺鄙なところにわざわざ客がやってくるのはなんでだと思う?」


 それは……料理が美味しいとか、他よりも安いとか……。

 色々思いつくけれど、今の流れでそんなことが理由になるとも思えなくて。


「そう……水着で接客してる、あんたを見に来てるのさ!」

「…………ああぁ、当たってほしくなかったぁ……」

「水着なんて観光客にありふれてるのに、何故かわざわざ水着を着て接客をしてるあんたを、見に来てるんだよ」

「着させられてるだけなのに……着たくて着てるわけじゃないのに……!」

「高い給料、寝るところに住むところに稽古までつけてくれる。こんな好条件の職場を……あんたは蹴るっていうのかい!?」


 ………………卑怯だ、卑怯過ぎる。

 仕事や住むところは……まあなんとかなるかもしれない。

 けど……素振りは店長に教えられて格段に良くなった。

 何者か知らないけれど、教え方はすごく上手。

 もう使うかわからないけれど……みんなが頑張ってるんだと思うと、訓練だけでもサボる気にはなれなかった。


「……わかりました、わかりましたよ……!」

「……単純な子だね」

「なんか言いました?」

「バカなこと言ってないで帰るよ。明日からもキリキリ働いてもらうからね」

「…………うぅ……!」


 ……それから数日、私は店長に言われるがままに水着で働かされていた。

 何日も続けば慣れてきてしまっているのが、とても嫌だった。

 ……そして、とある日のこと。


「いらっしゃいませー!」


 今日も今日とて大盛況。だけど忙しいのにも少しだけ慣れてきていて、目が回るほどではなくなっていた。

 お店に足を踏み入れた音を聞いて、私は入口に向けて声を掛ける。


「可愛らしい水着を着た剣聖の卵を一つもらおうかな」


 ……なにその注文!?


「ああ、私の目が見えないのがここまで悔やまれるとは。どうせ目が焼けるなら、水着の美しさで目が焼かれたかった」

「お嬢様、公衆の面前で気持ち悪いことを仰るのはやめてください」


 …………このやり取り、まさか。

 まさか、と否定したくなる気持ちを抑えながら振り向くと、そこには。


「お久しぶりですヴィーナ様」

「やあヴィーナくん!」

「…………フェンさん!? エレナさん!?」


 カルディラ傭兵団お抱えの鍛冶師が、そこにいた――

 ……っていや、なんで!?

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