58話 教えるのが上手いってアリですか!?
その日の夜。お婆さんに連れてこられたのは、町外れにある小さな掘っ立て小屋のような民家。
……もしかして、ここ?
「ここだよ」
私の疑問を裏付けるかのように答えると、振り返ることなく家の中へと入っていった。
……海の家の不気味さと、さほど変わりはない古びた小屋。
とはいえ、贅沢は言っていられない……あと町へと戻る道がわからないし。
「お、お邪魔します……」
「はいよ、手を洗いな。夕飯用意するからね」
案内されて手を洗って戻ると、小さなお鍋をグルグルとかき混ぜていた。
……一見普通のスープに見えるけど。
「……なんだい、その目は」
「もっと大きなお鍋で高笑いしながら混ぜてるのかと思いました」
「あんた私のこと魔女かなんかだと思ってないかい」
「いえ、そんなことは」
あります。
呆れた顔で私を見るお婆さん。だって、だってしょうがないじゃない。
トントン拍子に仕事も寝泊まりするところも見つかって、疑うなっていうほうが無理がある。
「ほれ、食べな」
「あ、ありがとうございます」
湯気がもくもくと立ったスープを注ぎ、渡してくれる。
野菜の旨味と塩気が引き立つ、あっさり風味のスープ。
疲れた体にスープが温まる……優しい味で、心がホッとする。
「……美味しい」
「そうだろう、そうだろうさ。馬車の長旅で疲れた体には濃い味よりも薄味で体を休める方がいいのさ」
「ですね…………あれ、馬車で来たって言いましたっけ?」
「言わなくてもわかるさ、いつ張ったか忘れたような紙を持ってくるヤツなんて、旅人くらいしかいないだろう?」
「……まあ、確かに」
長く住んでる人なら、長く張り出されている依頼書なんて見向きもしないだろうし。
「旅人だろう? 滞在期間は?」
「決めて、ないです」
「はあ、訳アリってやつか。地元にいづらくなって飛び出したものの、後先考えてなくて先行きが見えないってやつだね」
「うぅっ」
まるで見てきたかのように!
事実なんだけど、事実しか無いんだけど!
「まあいいさ、こっちからしてみれば貴重な働き手だ、詮索するつもりはないよ」
「ありがとうございます」
「じゃ食べたら寝な。寝具は私のしか無いけど……まさか……?」
「床でいいです!」
「一応毛布はやるよ、それじゃあおやすみ」
背中越しにひらひらと手を振りながら部屋の奥へと消えていく。
不思議な人だけど……悪い人じゃないと思う、たぶん。
周囲に他の民家はなく、シンと静まり返っている。
時折風の音が家の隙間から漏れてくるくらい。
家の中を見渡してみると、そこそこ年季が入った家のようだ。
……まあ、住んでる人も年季が入ってるし、当たり前だけど。
「誰が年季の入った骨董品だって?」
「ひゃいっ!?」
「くだらないこと考えてないでさっさと寝な。明日から働いてもらうんだからね」
「ひゃい……」
まったく、って言いながらもう一度部屋の奥に消えていった。
……なんで考えてることがわかったんだろう!?
まあでも、お婆さんの言う通り寝よう、寝てしまおう。
床に寝転んで、毛布を羽織る。
床は固く寝づらいけれど、眠れないことはない。
「…………」
……みんな、どうしてるかな。
やっぱり、ふとした瞬間に思い出すのはカルディラ傭兵団のこと。
逃げ出すように……ううん、実際逃げたんだ。
心配してるかな、探してるかな、それとも怒ってるかな。
私があそこにいる限り、シルフィさんの心の傷が癒えることはない。
いなくなるしか、なかったんだけど……。
「…………」
……ダメだ、眠れない。
もそもそと毛布から這い出して、剣を掴んで外に出る。
町の明かりが届かない、月明かりだけの場所。
まるで隠遁生活だ。老婆が一人……隠遁生活……。
仙人……とか?
「まさかね」
考えを振り払うように、鞘から抜いて振り下ろす。
おばさんの家に引きこもってる間には無かった日課。今ではやらない方が落ち着かないくらい。
雑念と、後悔と悲しさを吹き飛ばしていくように、一回、また一回を剣を振り下ろす。
静かな家の周囲には、剣を振り下ろす音と私が吐く息の音だけが響く。
雑念を振り払うための素振りなのに、やっぱり頭の中はグルグルグルグル。
消し去るためにどんどんガムシャラに振り下ろしていく。
「うるさいねえ!」
「わぁっ!? ご、ごめんなさい!」
窓から身を乗り出して私を叱咤するのは、眠ったはずのお婆さん。
「そういえば剣を持ってたね」
「すいません……起こしちゃいました?」
「雑な素振りの音がしてたら嫌でも起きちまうよ。見てみれば案の定ひどい素振りだ」
「……ひどい?」
「ああ、姿勢がなっちゃいない。背筋を伸ばしな……伸ばしすぎた、反ってるじゃないか」
窓をひょいっと乗り越え姿を見せる。
……いつも背中が曲がってて、よぼよぼ歩く人の動きとは思えないくらいだ……。
「腰も少し落としな。落としすぎだよ、ぶつかり稽古でもするのかい」
姿勢を一つ一つ指摘される。足の向き、肘から柄の握り方、指先まで厳しく。
そうして完成した姿勢は、いつもと全然違う。慣れない姿勢で身体全体が疲れる感じがする。
「よし、やってみな」
「は、はい」
剣を振り下ろす。
「……え?」
いつもは風を無理やり押しのけるような、鈍い音を出す素振りだったのに。
姿勢を改めて振り下ろした素振りは……まるで、風を斬ったみたいな、軽やかな音。
「ようやく素振りらしい音が聞けたね」
「え……どうして……!?」
「あんたのやり方は腕の力で無理やり振り下ろすやり方だ。ハンマーじゃないんだから」
「なんで、お婆さん……?」
「私も昔は腕にそこそこ覚えのあるヤツだったからね。まさに昔取った杵柄ってやつさ」
ただ者ではないと思ってたけど、まさかお化けじゃなくて剣士だったなんて……!
少し前まで私の体を憑依するって言ってたのが嘘みたい……!
「言ってないよ! あんたが勝手に勘違いしただけだろ!」
「あ、そうでした」
「まったく……とにかく、その形を忘れるんじゃないよ、指先からつま先まで全部体に覚えさせるんだ」
「わかりました」
よっこらせ、と窓から入って行く。
……入口から入ればいいのに。その辺はものぐさなんだろうか。
「じゃ、おやすみ。夜ふかしするんじゃないよ」
「はい、おやすみなさい」
剣を一度、もう一度振り下ろす。
その音は確かにいつもと違う。
今までやってた素振りは、間違いだったんだ……。
私の腕の力が無くて鈍い音しかしないと思いこんでいたけれど、そうじゃなくてやり方が間違ってたんだ。
体に覚えさせるために、一つ一つ確認しながら剣を振り下ろす。
風を斬る音。耳にも覚えさせるために、何度も何度も振り下ろす。
そうしてる間だけは――自分が捨てたモノのことを、考えずにいられた。




