57話 新しい国ってアリですか!?
潮騒の音がする。
馬車から降り立った私は、見たこともない景色に呆然としていた。
一週間ぶりの町に、ぽかんと大口を開いたまま入口を眺める。
入口の向こう側から聞こえてくる音は波の音、そして喧騒。
「……なんで私、こんなところにいるんだろう」
一週間前の夜、私は深夜に出発する寄り合い馬車に飛び乗った。
行き先も確認しないまま脇目も振らず飛び込んだ結果が、この町。
ウルシーラ王国の首都、ウルシーラ。
東端に位置するこの町は、とても大きな浜辺が特徴の海辺の町。
海水浴に訪れた観光客と、この国でしか取れない産物を買い付けにやってきた商人が多く訪れる。
馬車を降りて、入国審査の順番待ち。
前を進むほとんどの人は観光目当てで、誰もが楽しそうに目を輝かせている。
その後ろでどんよりと暗いオーラを放っている私は、順番待ちに凄く場違いな気がしてきた。
「次の人」
どんよりしている間に私の番が来た。
「今回はどういった目的で?」
「えっと……仕事と住むところを探しに……ですかね?」
「ふむ」
私が持っていた半券に目を通す。それは馬車に乗った時のチケットで、ヒザーク王国からやってきたことを示す証。
「滞在期間は?」
「一応、未定です……」
「わかりました、ではあちらで登録を」
列から外れ、誘導された先で一枚の紙を見せられた。
宿代とは別に必要な、滞在するにあたって必要な税金の一覧。
定期的に支払わないと強制退国。場合によっては牢に入れられることもある……らしい。
「まずはどう致しますか?」
「とりあえず、一月分で」
そう言って、必要な金額を手渡す。
数え終わった係の人は、頷いて一枚の銀のプレートを渡してきた。
「これを見えるところにつけておいてください。紛失した際は再発行出来ますが、その際に手数料をいただきます」
「わ、わかりました」
「ではどうぞ、ようこそウルシーラ王国へ」
ようやく入口をくぐり抜けることを許され、私は町の中へと足を踏み入れる。
一言で言うと、圧巻だった。
筋肉祭りなんて目じゃない、圧倒的なお祭り感。
流石は大陸一の観光国っていう謳い文句。それが嘘じゃないのは足を踏み入れて初めてわかるかもしれない。
通る皆が笑顔を見せている。一部苦々しい表情を見せる商人もいるけれど……大半が笑顔に包まれている。
「…………」
凄く場違いな気がしてきた。
とはいえ、一ヶ月分の滞在費も支払ったわけだし、回れ右するのも勿体ない。
とにかく仕事を探さないと。あ、あと寝る所も。
慣れない土地をふらふらと歩きながら周囲に目を配る。
沢山の宿、高そうな店構えの宿から場末感漂う宿屋まで、ピンからキリまで。
食事をするところもそうだ、荒くれ者が集う酒場みたいな食堂から、前にシルフィさんに連れて行って貰った喫茶店のような場所まで。
「……シルフィさん」
思い返すと悲しくなる。けど彼女が怒るのもしょうがない。
私はシルフィさんの友達や、親を殺したのも同然なんだから。
「まずは冒険者ギルドに行こう」
仕事を確保して、それから宿の確保。
沈んでる暇はない。お金がなくなったら海に沈むしか無くなるのだから。
歩く人達に道を尋ねながら、ようやく辿り着いた冒険者ギルド。
登録はあっさりと完了したけれど、私はとんでもないことを失念していたことに気付いた。
……私、戦えない!!
剣が一本、つまり一回しか斬れないってこと。
ゴブリンの討伐? 野生動物の駆除? 山賊討伐? 一人しかいないなんてありえない、どれもこれも受けることが難しい。
薬草の採取もあるけれど、この額じゃ一泊すら出来ないかも……。
「うーん」
依頼掲示板の前で唸る。
他の冒険者の人たちが次々と掲示された紙を受付に持っていく。残っていくのは実入りが悪かったり、難易度が高かったり。
「……あれ?」
その中に一つ、古びた紙が張られていた。
入り込む潮風でごわごわになったそれに書かれていた内容は……。
『海の家での接客。要面接』
接客業? 冒険者で?
これ、海の家の前に張っておいた方がいいんじゃないのかな?
戦闘は出来ないし、採取だけじゃどんどん貯金が目減りしていくだけ。
要面接だし、ひょっとしたら落ちるかもだけど……ダメで元々。
私は受付の人に紙を見せ、その海の家に向かうことにした。
浜辺に近づくに連れ、水着姿の人が増えてくる。
その中に普段通りの服を着ている私。気にする必要なんてないのに、何処か浮いている気がした。
白砂をサクサクと踏みながら、照り返す日差しに目を細めてやってきたのは……。
「……ここ?」
お化け屋敷じゃない、ここ?
外観はボロボロ。外に置かれた木のテーブルと椅子は砂まみれ。
中に人がいる気配すらない。
「実はもうだいぶ前に潰れた……とか?」
ありえる。
あの紙の年季の入りっぷりもかなり経ってるようだったし。
中を覗いてみるけれど、明かりがないのかとても薄暗く不気味だった。
「夜に来たら本当におばけが出てきそう……」
外は日差しでとても暑いのに、中は薄ら寒く感じるほどだ。
……は、早く出よう。想像したら怖くなってきた。
「誰がおばけだって?」
「いやあああああああああああぁ!?」
突然、背中から声がかけられた。
飛び上がるほどビックリした私は、思わず大声で悲鳴を上げてしまう。
「うるさいねえ、客かい、冷やかしかい」
「お……押し売りおばけ?」
「まだ言うかね」
バクバクと跳ねる胸を押さえながら、声を発する小さな生き物を見る。
「言い方が失礼すぎやしないかい」
髪は白、顔はシワだらけで、背骨が曲がっていて小さく見える。
だけど眼光は鋭く、私を睨む目はまるで鷹のよう。
「もう一度聞くよ、客かい、冷やかしかい」
「あ、え、ええと……」
どうしよう、ここで働くのはちょっと……ううん、かなり怖い。
今すぐ見なかったことにして背中を向けて、別の仕事を探したほうが……。
「おや、その紙。まだあったのかい」
「あっ」
背中に隠すけど既に遅し。お婆さんは私の紙を手から素早く奪い取る。
……というか、見えなかった?
「ふうん」
ジロジロと見られる。上から下まで舐め回すように。
……もしかして、私に憑依するつもりとか?
「……あんた、ちょっとは思ってること隠しなよ」
「…………すいません」
「その剣。あんた冒険者かい?」
「あ、はい。少し前までは傭兵を……」
「そうかい、しかしなんだってこんなところで接客をしようと思ったんだい?」
こんなところなのは来るまで知りませんでしたけどね。
「それは……」
「ま、いいさ。人生色々あるからね、深くは聞かないよ」
「いいん、ですか?」
「ああ、まあね。乗っ取りさえしちまえばそんなことは関係ないだろ?」
「ひっ……やっぱり!?」
「冗談に決まってるだろ、失礼な小娘だね」
ならわざわざ恐怖を煽るのをやめて欲しいんですけど!
「とりあえず条件だ。給料はこんなもんだ、住み込みもいけるよ」
「多い…………大丈夫なんですか?」
「いやならもっと下げてもいいんだけどね」
「いえ、是非この金額でお願いします」
閑古鳥が鳴いてるような店だけど。
……というか。金額に釣られて思わず首を縦に降ってしまったけれど。
私……ここで働くの? 本当に?
「で、宿は取ってあるのかい?」
「取ってませんが……流石にここは……」
「こんなところで寝かせるわけないだろ。私の家がちょっと行ったところにあるんだよ」
「魔物の巣とかじゃないですよね?」
「つくづく失礼な子だね……」
とまあ、トントン拍子に働く流れになって。住むところまで決まって。
少し一安心……なのかな? 本当に?
「ヒッヒッヒ……ようやく来た活きの良い女だ……逃がしゃしないよ」
……本当に安心なのかな!?




