55話 過去の記憶ってアリですか?
――今でも夢に見る。
最低で、最悪な記憶。
私がまだ小さな子どもの頃、自分でも覚えているくらいにはわんぱくだった。
木の棒を持って村の裏にある山を走り回る日々。野生の小動物と一緒に遊んでいるその姿は、まるで男の子みたいだと村の人たちには言われていた。
でも気にしてなかった。子どもだし、楽しければそれでいいや、って。
村には同年代の子たちが何人かいたけれど、その子たちは村の中で遊ぶのが好きだったみたいで、一緒に裏山を駆けてくれるような友達はいなかった。
その中に、いつもぬいぐるみを持った内気な子がいた。
名前はシュシュ・メール。今のシルフィさんだ。
その頃の私は、内気な彼女と話すよりも裏山に行くほうが好きだった。だから村ではほとんど話したことがない。
お父さんにもお母さんにも呆れられながらも、私は毎日のように裏山に行って走り回っていた。
……そう、あの日も。あの日だって、いつものように裏山に行っていた。
もしも行かなければ、どうなっただろう?
突然気が変わって家の中にいれば、避けられたのかな?
過去の記憶を夢に見ながら、毎度のように自問する。もちろん答えはない、目の前で起こったことが真実であって、今から起こることが現実。私がやったことに“もしも”なんて無かった。
走り回り、木に登り、高いところからの景色を楽しむ。それが毎日の過ごし方。
その日だって、私は同じ行動を取っていた。その頃の私は成長期まっただ中。
今までは乗れた枝に、乗れなくなってしまうこともあった。
枝にまたがり、高い場所から村を見下そうとした、その時だった。
枝は私の体重を支えきれずにへし折れ、私は地面に真っ逆さま。
痛む全身。だけどその時の私は深く考えず、こう思っていた。
いたた……やっちゃった。久しぶりに落ちちゃった。
むくりと体を起こし、お尻の下を確認する。何か壊れるような音がしたからだ。
そこにあったのは木で出来た像のようなモノ。それが何かはわからなかったけど、随分年季が入っているように見えた。
なんだろう、と首を傾げた瞬間。
――村からの悲鳴。一人じゃない、何人も、何人も。
ビックリした私は体が硬直して、村を見下ろす。
木々が邪魔でよく見えない、私は見下ろせる場所まで移動して――愕然とした。
燃え盛る家、逃げ惑う人々。
何から逃げてるの? じっと目を凝らすと、そこには信じられないものがいた。
魔物。
絵本でしか見たことのない姿、人を襲って、人を食べて、人を拐う悪魔の生き物。
どうして、と思った瞬間、ふと私は考えに至った。
折れた像。もしかして、あれは魔物を封印していた像なんじゃ……?
根拠はない、だけど私が壊した像。それからすぐ聞こえてきた悲鳴。
――私が、村に魔物を呼んだんだ。村の封印を解いてしまったんだ。
体が震える。お母さんやお父さんに怒られる……。
……そうだ、お母さんお父さん!!
村の中には二人ともいるはず! すぐに行かないと!
私は一目散に村まで駆け下りる。いつも周りにいた小動物たちは、魔物の気配を感じ取ったのか私とは逆方向に走って行った。
村に近付いていくと、パチパチと家が燃える音が耳に届く。それと同時に思った。
……悲鳴が、聞こえない?
山の上からでも聞こえてきた悲鳴が、まったく聞こえなくなっていた。
何故? 考えなくても、幼い頭でも理解していた。
だけど信じられなくて、私は自分の家まで走る。
そこで、理解した。
信じられなかったことは、現実なんだって。
「……お母さん」
返事はない。
「……お父さん?」
返事は、ない。
全部、私がやった。
自分のことに必死で、今まで気付いてこなかったけど。
家までの道には、沢山の人が……倒れて……。
――もう嫌だ、もう見せないで。
何度も何度も願い続ける。だけど私の願いに反して、小さな私の足は勝手に動く。
「……みんな?」
誰も何も喋らない。
震えてくる、後悔と、悲しさで胸がいっぱいに。
「ごめんなさい……」
誰も返事がしない場所で、一人謝った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……!」
だけど返事はなくて。私の謝罪を許してくれる人は何処にもいなくて。
私は、とんでもないことをした。
許されることじゃない、許されようなんて思っていない。
なのに。
今……私が傭兵団でしていることは、なんなんだろう?
まるで第二の家のように。新しい家族のように思えてしまっている。
私にそんな資格なんて無いのに。
「うああぁぁ……」
大きな声で泣きじゃくる。
魔物がまだいるかもしれないのに、意に介さず大声で泣いた。
この時は悲しくて泣き続けていたけれど、今は違う。
この光景を夢に見るたびに、私の中は後悔でいっぱいになる。
「うわああああぁぁぁ……!!」
そして夢から覚める。いつも通り。
起きたら私は涙を流していて、後悔と懺悔で胸が苦しくなっている。
…………なんだけど。
今日は夢からまだ覚めない。どうして?
疑問に思っていると、小さい私はふと泣くのをやめた。
キョロキョロと周りを見渡し、何処かへ歩いて行く。
……一体何処へ? これは私の知らない記憶。
地面に倒れる人を見ないように、何処かへ呼ばれるようにふらふらと歩いて行った。
目的地に近くなってきたら、夢を見てる私にも聞こえるようになってきた。
すすり泣く声。小さい私はそれを聞きつけたのかな?
家の角を曲がると、そこには。
ぬいぐるみの手だけを持って立ち尽くし、シクシクと泣く小さな女の子。
シュシュちゃんだ。
ぬいぐるみの本体は崩れ落ちた屋根の破片に潰されていて、無理やり引っ張って千切れてしまったんだろう。
「……だいじょうぶ?」
大丈夫なわけがないでしょ、私。
シュシュちゃんは私をチラリと見た後、また屋根に視線を落とした。潰されたぬいぐるみをじっと見つめている。
「いま、たすけるね」
屋根の端っこを持って持ち上げようとするけれど。小さな子どもの力で持ち上げられるわけもなく。
「うーん……!」
ピクリとも動かない。
何度も何度も続けるけれど、屋根は全然動かない。
「ハァハァ……おとうさんとおかあさんは?」
疲れた私はシュシュちゃんに聞いていた。
彼女は家の中に視線を送る。家は既に崩れ落ちていて、火は全体にまわっている。
「ごめんね……」
「……なにが……?」
「わたしが……」
そこまで言った時だった。無造作な大きな足音が聞こえてきた。
人影も同時に見えてくる。それは大人ではなく……。
「ひっ……!」
「まもの……!」
シュシュちゃんは小さな悲鳴を上げて、一つ二つと後ろに下がる。
小さな私も恐怖に震えていたけれど……。
「にげ、て……!」
シュシュちゃんを背中に庇いながら、絞り出すようにそう言った。
「はやく……!」
「んっ……!」
ダッと駆け出す背中を見送り、私は魔物を精一杯睨む。
魔物はまるでか弱い餌を見つけたかのように、薄ら笑いを見せながら無造作に歩み寄ってくる。
慌てて視線を巡らせ、何かを拾い上げた。それは……。
「くるなっ!」
剣。タル一杯にはいった剣だった。
重いんだろう、重心は前に傾いていて、今にも落としてしまいそう。
「やあああああっ!!」
だけど。
小さな私が剣を振る度に、剣は砕けていく。
それは今の私と変わらない原理。つまり……。
「た、たおせた……!?」
地面に倒れる魔物。
でも魔物はどんどんやってくる。
小さな私はタルからまた剣を掴み、一振り。また一振り。
何本剣を砕いただろう。
周囲には剣の柄が大量に落ちていた。
「はあ……はあ……」
全ての魔物を倒し終わり、糸が切れたように倒れる。
そこで、私の記憶は終わりを告げた。
「……ハッ!?」
慌てて飛び起きて、胸を抑える。
手を見てみると、あの小さな手じゃない。場所だって……メール村じゃない。傭兵団の寮だ。
「はあ……汗びっしょり……」
シュシュちゃんの部分は初めて見た。あれがシルフィさんが言ってた、私が助けたって言ってたことなのかな。
確かに助けたのかもしれない。けどあの事態を招いたのは他ならない私。
「どうしよう……」
言った方が良いんだろうか。良いんだろう。いつまでも隠しているわけにはいかない。
でも言った時……シルフィさんは、どうなってしまうんだろう。
それを考えると……汗はまだまだ、引かない気がした。




