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むりやりサインさせるってアリですか!?~つきつけられたのは雇用契約書でした~  作者: 佐藤ヒロフミ


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55/71

55話 過去の記憶ってアリですか?


――今でも夢に見る。


 最低で、最悪な記憶。

 私がまだ小さな子どもの頃、自分でも覚えているくらいにはわんぱくだった。

 木の棒を持って村の裏にある山を走り回る日々。野生の小動物と一緒に遊んでいるその姿は、まるで男の子みたいだと村の人たちには言われていた。


 でも気にしてなかった。子どもだし、楽しければそれでいいや、って。

 村には同年代の子たちが何人かいたけれど、その子たちは村の中で遊ぶのが好きだったみたいで、一緒に裏山を駆けてくれるような友達はいなかった。

 その中に、いつもぬいぐるみを持った内気な子がいた。

 名前はシュシュ・メール。今のシルフィさんだ。

 その頃の私は、内気な彼女と話すよりも裏山に行くほうが好きだった。だから村ではほとんど話したことがない。


 お父さんにもお母さんにも呆れられながらも、私は毎日のように裏山に行って走り回っていた。


 ……そう、あの日も。あの日だって、いつものように裏山に行っていた。

 もしも行かなければ、どうなっただろう?

 突然気が変わって家の中にいれば、避けられたのかな?

 過去の記憶を夢に見ながら、毎度のように自問する。もちろん答えはない、目の前で起こったことが真実であって、今から起こることが現実。私がやったことに“もしも”なんて無かった。



 走り回り、木に登り、高いところからの景色を楽しむ。それが毎日の過ごし方。

 その日だって、私は同じ行動を取っていた。その頃の私は成長期まっただ中。

 今までは乗れた枝に、乗れなくなってしまうこともあった。


 枝にまたがり、高い場所から村を見下そうとした、その時だった。

 枝は私の体重を支えきれずにへし折れ、私は地面に真っ逆さま。

 痛む全身。だけどその時の私は深く考えず、こう思っていた。


 いたた……やっちゃった。久しぶりに落ちちゃった。


 むくりと体を起こし、お尻の下を確認する。何か壊れるような音がしたからだ。

 そこにあったのは木で出来た像のようなモノ。それが何かはわからなかったけど、随分年季が入っているように見えた。


 なんだろう、と首を傾げた瞬間。


――村からの悲鳴。一人じゃない、何人も、何人も。

 ビックリした私は体が硬直して、村を見下ろす。

 木々が邪魔でよく見えない、私は見下ろせる場所まで移動して――愕然とした。


 燃え盛る家、逃げ惑う人々。

 何から逃げてるの? じっと目を凝らすと、そこには信じられないものがいた。

 魔物。

 絵本でしか見たことのない姿、人を襲って、人を食べて、人を拐う悪魔の生き物。


 どうして、と思った瞬間、ふと私は考えに至った。

 折れた像。もしかして、あれは魔物を封印していた像なんじゃ……?


 根拠はない、だけど私が壊した像。それからすぐ聞こえてきた悲鳴。

――私が、村に魔物を呼んだんだ。村の封印を解いてしまったんだ。


 体が震える。お母さんやお父さんに怒られる……。

 ……そうだ、お母さんお父さん!!


 村の中には二人ともいるはず! すぐに行かないと!

 私は一目散に村まで駆け下りる。いつも周りにいた小動物たちは、魔物の気配を感じ取ったのか私とは逆方向に走って行った。


 村に近付いていくと、パチパチと家が燃える音が耳に届く。それと同時に思った。

 ……悲鳴が、聞こえない?


 山の上からでも聞こえてきた悲鳴が、まったく聞こえなくなっていた。

 何故? 考えなくても、幼い頭でも理解していた。

 だけど信じられなくて、私は自分の家まで走る。

 そこで、理解した。

 信じられなかったことは、現実なんだって。


「……お母さん」


 返事はない。


「……お父さん?」


 返事は、ない。

 全部、私がやった。


 自分のことに必死で、今まで気付いてこなかったけど。

 家までの道には、沢山の人が……倒れて……。


――もう嫌だ、もう見せないで。

 何度も何度も願い続ける。だけど私の願いに反して、小さな私の足は勝手に動く。


「……みんな?」


 誰も何も喋らない。

 震えてくる、後悔と、悲しさで胸がいっぱいに。


「ごめんなさい……」


 誰も返事がしない場所で、一人謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……!」


 だけど返事はなくて。私の謝罪を許してくれる人は何処にもいなくて。

 私は、とんでもないことをした。

 許されることじゃない、許されようなんて思っていない。


 なのに。

 今……私が傭兵団でしていることは、なんなんだろう?

 まるで第二の家のように。新しい家族のように思えてしまっている。

 私にそんな資格なんて無いのに。


「うああぁぁ……」


 大きな声で泣きじゃくる。

 魔物がまだいるかもしれないのに、意に介さず大声で泣いた。


 この時は悲しくて泣き続けていたけれど、今は違う。

 この光景を夢に見るたびに、私の中は後悔でいっぱいになる。


「うわああああぁぁぁ……!!」


 そして夢から覚める。いつも通り。

 起きたら私は涙を流していて、後悔と懺悔で胸が苦しくなっている。

 …………なんだけど。

 今日は夢からまだ覚めない。どうして?


 疑問に思っていると、小さい私はふと泣くのをやめた。

 キョロキョロと周りを見渡し、何処かへ歩いて行く。

 ……一体何処へ? これは私の知らない記憶。


 地面に倒れる人を見ないように、何処かへ呼ばれるようにふらふらと歩いて行った。

 目的地に近くなってきたら、夢を見てる私にも聞こえるようになってきた。


 すすり泣く声。小さい私はそれを聞きつけたのかな?

 家の角を曲がると、そこには。


 ぬいぐるみの手だけを持って立ち尽くし、シクシクと泣く小さな女の子。

 シュシュちゃんだ。

 ぬいぐるみの本体は崩れ落ちた屋根の破片に潰されていて、無理やり引っ張って千切れてしまったんだろう。


「……だいじょうぶ?」


 大丈夫なわけがないでしょ、私。

 シュシュちゃんは私をチラリと見た後、また屋根に視線を落とした。潰されたぬいぐるみをじっと見つめている。


「いま、たすけるね」


 屋根の端っこを持って持ち上げようとするけれど。小さな子どもの力で持ち上げられるわけもなく。


「うーん……!」


 ピクリとも動かない。

 何度も何度も続けるけれど、屋根は全然動かない。


「ハァハァ……おとうさんとおかあさんは?」


 疲れた私はシュシュちゃんに聞いていた。

 彼女は家の中に視線を送る。家は既に崩れ落ちていて、火は全体にまわっている。


「ごめんね……」

「……なにが……?」

「わたしが……」


 そこまで言った時だった。無造作な大きな足音が聞こえてきた。

 人影も同時に見えてくる。それは大人ではなく……。


「ひっ……!」

「まもの……!」


 シュシュちゃんは小さな悲鳴を上げて、一つ二つと後ろに下がる。

 小さな私も恐怖に震えていたけれど……。


「にげ、て……!」


 シュシュちゃんを背中に庇いながら、絞り出すようにそう言った。


「はやく……!」

「んっ……!」


 ダッと駆け出す背中を見送り、私は魔物を精一杯睨む。

 魔物はまるでか弱い餌を見つけたかのように、薄ら笑いを見せながら無造作に歩み寄ってくる。

 慌てて視線を巡らせ、何かを拾い上げた。それは……。


「くるなっ!」


 剣。タル一杯にはいった剣だった。

 重いんだろう、重心は前に傾いていて、今にも落としてしまいそう。


「やあああああっ!!」


 だけど。

 小さな私が剣を振る度に、剣は砕けていく。

 それは今の私と変わらない原理。つまり……。


「た、たおせた……!?」


 地面に倒れる魔物。

 でも魔物はどんどんやってくる。

 小さな私はタルからまた剣を掴み、一振り。また一振り。


 何本剣を砕いただろう。

 周囲には剣の柄が大量に落ちていた。


「はあ……はあ……」


 全ての魔物を倒し終わり、糸が切れたように倒れる。

 そこで、私の記憶は終わりを告げた。


「……ハッ!?」


 慌てて飛び起きて、胸を抑える。

 手を見てみると、あの小さな手じゃない。場所だって……メール村じゃない。傭兵団の寮だ。


「はあ……汗びっしょり……」


 シュシュちゃんの部分は初めて見た。あれがシルフィさんが言ってた、私が助けたって言ってたことなのかな。

 確かに助けたのかもしれない。けどあの事態を招いたのは他ならない私。


「どうしよう……」


 言った方が良いんだろうか。良いんだろう。いつまでも隠しているわけにはいかない。

 でも言った時……シルフィさんは、どうなってしまうんだろう。

 それを考えると……汗はまだまだ、引かない気がした。

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