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むりやりサインさせるってアリですか!?~つきつけられたのは雇用契約書でした~  作者: 佐藤ヒロフミ


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53話 お母さんってアリですか!?


 ユノさんのピンチ。慌てて向かった私が見たものは……。

 ユノさんにそっくりな、女の人だった――。

 この人は、一体……?


「……誰?」

「ユノさんも知らないんですか!?」

「うん、基本的に見ないし」


 ……暗殺集団だと、そういうものなの?

 暗殺集団に身を置いたことがないからわからない……身を置きたくもないけど!


「覚えていない? ……無理も無いわね、貴女を産んですぐに任務に出て、育てるのは別の人間がしていたようだし」


 …………産んで? 産んだ、っていうのはつまり。

 ……つまり、お母さん……ってこと!?


「ユノさん、お母さんらしいですよ!?」

「…………そう」


 凄く淡白だった。なんで?

 生みの親を知らないって言ってたし、知りたいもんなんじゃ……?


「興味ない」

「…………そういうもの、ですか?」

「そういうもん」


 ユノさんを無表情で見下ろすお母さん。

 興味ないって言われたら、そりゃそういう表情にもなるよね……。

 ……もしかして、今親子の仲を取り持てるのは、私だけ?

 よ、よし!


「あの……」

「さっきから、うるさいんだけど?」


 さっきまでユノさんを見ていた視線は、私に移る。

 冷たく、鋭い。感情なんてひとつまみもない、ただただ殺意が込められた、視線。


「…………っ」


 怖い。

 魔物を見て、口の悪い冒険者を見て、筋肉ムキムキの男の人たち、色んな人を見てきた。

 その何よりも、怖い。

 殺すことしか頭にない、冷たい目。


「破られたし」


 少し目を逸らし、足元に落ちた布切れを見る。

 それは私が斬った、お母さんのフードとマスク。


 視線から外れたことで、ようやく息が出来る。

 知らない間に止めていたみたいで、体が酸素を必死に取り込んでいた。


「やっぱり――邪魔ね」


 だけどそれも束の間。

 殺意の塊の視線を再び向けられ――!?


「…………何の真似?」


 お母さんの動きがピタリと止まった。

 ユノさんが手に持ったクロスボウの矢を、お母さんの喉元に突きつける。


「やらせない」


 気がつけば。

 私の喉元にも、ナイフが突きつけられていた。ナイフを持っている手はお母さんの手。

 ……全然、見えなかった。


「……まあいいわ。さあ、帰りましょう」


 ナイフを下ろすと同時に、ユノさんも矢を離す。

 ……でも、ちょっと待って、帰るって?


「てっきり、任務に失敗して死んだかと思っていたけれど。生きているのならよかったわね」


 生きていたことを喜んでいる様子もなく、無表情にただ淡々と言葉を並べる。

 それは決して、我が子を見ている視線ではなくて。


「貴女に出来る依頼を用意するよう言ってあげる」


 ブラッドハートの駒が一つ増えた。その程度の感情しか含まれていないみたいで……。

 母性というものが元々無いように見える。ただただ、ブラッドハートのために生きているような……。


「…………」


 ユノさんは何も言わない。

 元々はそこで生まれてきたわけだし、帰ることだって……もちろん……。

 私はそれを止める言葉を持たない。いくら母性がなくても、彼女は母親。私みたいなただの同僚がかける言葉なんて……。


 その時、ユノさんがチラリと私を見た。

 視線が持つ感情まではわからない。

 けど、止めないと後悔する。根拠は無いけど、そう思った。


「ユノさん、行っちゃダメです」

「……ヴィーナ」

「お母さんすみません、ユノさんは暗殺者なんかじゃなくて……カルディラ傭兵団の、大事な仲間なんです」


 お母さんがまた私を見る。その視線は冷たく、怖い。さっきまで突きつけられていたナイフの冷たさが、喉を伝う。

 けど……どれだけ怖くても、仲間を失いたくない。

 私はリーダーだから……仲間のために、前に出なくちゃ!


「彼女は、私たちにとって必要な人間なんです、だから連れて行かないでくださ――!」

「うるさい」


 お母さんの攻撃。下から突き上げるナイフの軌道。

 二度目ともあれば流石に見える。けど……。

 見えるからって、避けられるとは限らない。


「……私たちを、裏切るつもり?」


 その動きは一瞬だった。

 腕に飛びついたユノさんが、お母さんを引き倒して馬乗りになって矢を突きつける。


「やらせないって、言った」

「ブラッドハートに戻る気はないの?」

「無い。わたしにはもう新しい家族がいるから」


 ユノさん……。


「随分ぬるま湯に浸かってきたみたいね。隠れ方もまるでなっちゃいなかったわよ」

「必要ないから。わたしに今必要なのは人の殺し方じゃない、味方の守り方だから」

「……仲間を全員殺せば、その甘い心も折れるかしら?」

「やってみたら? 何年かけてでも、全員殺してやる」


 出来ればしないで欲しいんですけど。

 とてもそんな言葉を横から口出しできる雰囲気ではなかった。


「……もし一緒に帰れば、今受けてる依頼を破棄してあげる……って言ったら?」

「…………」


 それって……シルフィさんのこと?

 ユノさんが自分の犠牲にすれば、仲間を守れるなんて、なんて卑怯な……!


「魅力的な提案だけど」

「くすくす、でしょう?」

「でも、嘘」

「……どうしてそう思うの?」

「あのブラッドハートが、口約束なんて守るわけない」


 お母さんは押し黙る。

 今も馬乗りになられて、喉元に矢を突きつけられたまま。

 次の瞬間には矢を刺されるかもしれないのに。

 ……大声で、笑い声をあげた。


「あははははは! そう、そうね、よく見抜いたわ」

「だから関係ない。わたしが戻ろうと戻るまいと、貴女たちはシルフィを狙う。だからそうなる前に、全員殺して――」

「……わかった、私の負けよ」

「…………なに?」

「聞こえなかった? 私の負けだって言ったの、貴女の勝ち。願いは?」


 負けだと言っている割に、随分と不遜な態度だった。

 下から見上げているのに、まるで見下ろしているような。


「……シルフィに、カルディラ商会に二度と手を出さないで」

「わかった。それだけ?」

「カルディラ傭兵団にも」

「わかった、約束しましょう」

「……信用できない」

「ならどうする? 殺すの?」


 ユノさんは何も言わない。黙って……手に持った矢に力を込めた。

 慌ててその手を止める。遠くから見ているだけじゃわからなかったけれど、ユノさんの手は……震えていた。


「ヴィーナ……?」

「ダメです、それだけは」

「でも、そうしないと……」

「お母さんを、信用しましょうよ!」


 冷徹でも、怖くても、母性がなくても。

 ユノさんの母親なんだから。

 実の母を手に掛けるなんて……悲しすぎる。


「…………わかった」


 納得はいっていない、という感じでユノさんはお母さんの上から退く。

 お母さんは何事も無かったかのように立ち上がり、冷たく私たちを見下ろす。

 私の言葉は間違っていない……間違っていないはずなのに、思ってしまう。


 ……何か、選択ミスを、してしまったんじゃないか、って。


「約束は守りましょう」


 小さくそれだけ言って、背を向ける。

 狙撃ポイントの方に手を挙げたかと思うと、私たちには理解できないハンドサイン。

 そのまま振り返ること無く立ち去る……。

 と思ったけど、振り返った。


「娘を、よろしくお願いします」


 そう言うお母さんの眼差しは、間違いなく…………母親だった。

 私たちは黙って見送り、姿が見えなくなったと同時に、ユノさんは私に抱きつく。


「ありがとう……止めてくれて」


 言いながら小さく泣き声を漏らすユノさんの背を撫でることしか、出来なかった。

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