52話 私たちだけで守るってアリですか!?
その日から、私たちの護衛が始まった。
いつかの子どもの送り迎えなんかじゃない、本当の護衛。
相手は裏社会で有名な暗殺集団、ブラッドハート。
正直なところ、私たちで対処できる相手じゃないと思うけれど、シルフィさんを守るためだし、やるしかない。
移動中や食事中はもちろん、窓のある所も無い所も全部を誰かが常に一緒にいる。
寝るところはこの件が片付くまで寮で寝てもらうことにした。寝る部屋は日替わりだったのだけれど……。
「やっぱあたしヴィーナの部屋が一番良いんだけど!」
「なんですかいきなり?」
「ライラはやたら抱き枕代わりにしてくるし、リースは寝相が悪いし、ユノの部屋に至ってはベッドが無いんだけど!」
「熟睡は判断を鈍らせるから」
何処からかひょっこりと現れたユノさんが言う。言ったと思ったらすぐに消えたけど。
何処かで見張ってるのかな?
「あたしは熟睡したいの! 寝返りは打ちたいし、ベッドから蹴り飛ばされたくないし、何よりベッドで寝たいのよ!」
切実な願いだった。
まあ私としては、別に構わないけれど。
「フェンさんは? あ、あとエレナさんも」
「え? あの二人って一緒に寝てるのよ?」
……そうだったの!?
まあでも、人の寝室事情なんてこんな時じゃないと聞く機会なんてないんだけど。
でもそうだったんだ……へぇ……!
……なんかドキドキする!
「だから今日からヴィーナの部屋で寝ることにしたから。枕用意しておいてね」
「あれ、この前まで使ってた枕は?」
「リースのヨダレで使えなくなったわよ」
「あらぁ……」
でもまあ、寝室事情はともかくとして。
常に誰かが一緒にいたし、基本的にはユノさんを除いた三人で警護していることがほとんどだった。
そう、事が動いたその日も、私たちは三人一緒にいた。
それはシルフィさんが執務室で仕事をしているときのこと。
何が書いてあるのか難しくてわからない紙に、サラサラとペンを走らせている。
その時だった。
私たちが持つ小さな袋が、ブルブルと震えだす。
それが合図。
この袋はカルディラ商会で売っている道具で、袋同士をリンクさせて、片方が強く握ればもう片方が震える、というオモチャとして売っていたらしい。
私たちはそれを連絡手段として使うことにした。私たちの袋が震えてる、それはつまり狙撃場所にブラッドハートが現れたと、ユノさんが知らせてくれたということ。
……ついに来た、失敗するわけにはいかない。何がなんでも守らなければいけない。
それがどれだけ難しいことかはわかっているけれど、やるしか……!
また袋が強く震えた。
……来た! リースさんに目配せすると、頷いたと同時にすぐさま立ち上がり、窓とシルフィさんの間に割り込むように割り込んだ。
彼女の背中には大きな盾が背負われている。窓が割れる音と同時に、盾に矢が当たる甲高い音。
「…………ねえ、これ……どうなってる?」
「うわっ!?」
「うわってなに……!? ねえ、うわって!?」
ライラさんが驚いた声を上げた、無理もない。
リースさんと大盾。首にできた少しの隙間に……矢が貫通していた。
幸いにも首に矢の先は達していないけれど、まさか大盾すら貫通する威力なんて……!
思ってたよりも威力の高い攻撃に、私たちは息を呑む。
けれど次の矢が放たれることは無くて、どうなってるのか確かめるべく窓から顔を覗かせる。
狙撃ポイントの方向はあらかじめ聞いていたので、ブラッドハートの姿は難なく見つけることが出来た。
屋根の上に寝そべっている真っ黒な服を来た人影。
ユノさんがよくやっている、目深にフードを被ってマスク姿。
遠いので性別はわからない。けど狙撃手は寝そべったまま動かず、矢を装填する気配もない。
ユノさんは……? 彼女の場所もあらかじめ聞いているから、すぐに見つかる……っ!?
「ユノさんのところに、ブラッドハートの人影が……!!」
私の言葉を聞いて、全員が窓から顔を覗かせる。
狙撃手よりも高い場所の家の屋根に寝そべり、クロスボウの先は狙撃手へと向いている。
けれど、彼女の隣には細い人影が立っていた。まるで見下ろすように。
「どどど、どうしましょう! 助けに行かないと……でも、あんな場所までどうやって……っ!?」
命を狙われているなら、すぐにでも向かわないと!
でも生まれてこの方、屋根の上に登ったことなんてないわけで……!
それに間に合う!? ユノさんがピクリとも動かないのは、動いたらやられるからじゃ……。
「ヴィナちゃん、ぶっつけ本番、一か八かの大勝負……やる?」
「え?」
ライラさんが斧を取り出し、刃ではなく平たい部分を私に向け、地面に下ろす。
…………まさか?
まさかですよね? いや、確かに上手くいけば間に合うかもしれないけど……。
でもそれって上手くいけばだよね!?
「悩んでる時間は無いよ!」
「うっ…………え、えーい!!」
確かに悩んでる時間なんてない!
意を決して私はライラさんが置いた斧の上に立ち、そして――
「そいやーっ!!」
「ひゃあああああああああ!?」
そ……空を飛んでる!?
ライラさんの斧から発射され、窓から飛び出して向かう先は…………。
「こ……これ、どうやって着地するんですかああああああぁぁぁぁ!?」
「あ、いけない。そこまで考えてなかったやー」
「バカあああああああぁ!!」
でも、でも、でも、家を飛び出して走るよりは速いけど!
速い……速…………速すぎるっ!?
「こ……こうなったら、ヤケだぁ……っ!」
まさか相手も、空から人が飛んでくるとは思っていないはず。
飛んでいくさなか、剣を抜いて私は剣に力を込める。
足場が安定しない弾丸状態であっても、剣の力を吸い込んでいく感覚。
ユノさん……待っててくださいね……っ!
「……っ!?」
「ヴィーナ!?」
ユノさんのそばで立っている人も、フード姿にマスクだった。同じブラッドハートなのは間違いなさそう。
その人が私を見てギョッとした表情を見せる。やっぱり空から行くのは奇襲としては成功だった……っ!
「えい……っ!!」
すれ違いざまに剣を横に振り抜く。だけど危険を察知したのか、その人は素早い動きでしゃがんだ。
「いたたたた!?」
砕けた剣を放り投げて、私は床の上を転がる。
なんとかユノさんのところまで来れたけど……もう絶対やらない!
「ヴィーナ、無茶しすぎ」
「でも、助けに来れましたよ……いたた」
「…………」
ブラッドハートの人が体を起こす。
……まさか、避けられるなんて。
視線鋭く私を睨むその人は、フードとマスクにしか斬れなかったみたいで顔を隠すものは何もなかった。
…………そして、その人は。
「ユノ。生きていたのね」
「…………」
ユノさんに、よく似ていた――




