51話 ユノさんの過去なんてアリですか!?
ブラッドハート。
裏側の世界を見た人なら、名前くらいは誰でも知ってるほど有名な……暗殺集団。
奇襲、ハニートラップ、毒殺から射殺までなんでもござれ。
その名前を知っている人は、みんな口を揃えてこう言うらしい。
ブラッドハートに命を狙われたが最後、生きている者はいない。
そんな恐ろしい暗殺集団に、ユノさんは身を置いていたみたいで……。
「わたしは生まれた時からブラッドハートにいた。たぶん、父と母は組織の中の誰かだと、思う。知らないけど」
「知らないっていうのは……?」
「覚えてないから」
そんなのって……。
私の最悪の予想が当たっているなら、組織の人数を増やすために産んだようなものじゃ……?
「小さい頃から暗殺技術ばかり磨かされてた。寝てる時間も気を研ぎ澄ませていないと、寝込みを襲われるから気の休まる暇なんてなかった」
「寝られないのは……辛いねー……」
「ライラはそうだろうね」
「なんか失礼じゃないかな?」
ごめんなさい、私もユノさんと同感です。
心の中を読まれたのか、ライラさんは恨めしそうに私をジト目で見る。
その視線に気付かないふりをして、ユノさんに続きを促した。
「食事だってそうだった。毒が入っている食べ物と、そうじゃない食べ物があって、見極められないと死んでしまう、そんな食事だった」
「そんなの辛いよ!!」
「うん、美味しいものをいっぱい食べられないのは、つらい」
食べ物に関してはユノさんもリースさんも意見が揃う。
ライラさんだけが疎外感を感じていて、微妙に唇を尖らせていた。
「同い年の仲間は何人もいたけれど、残ったのはわたし一人。当時はそれに違和感も感じなかったし、当然だと思い込んでた」
「そんな……っ」
「普通だと思ってたから。そんなこんなでわたしは訓練を乗り越えて、渡されたのがあのクロスボウ」
今は手に持っていないそれ。
合格者の証でもあり、人を殺す許可を得た……恐ろしい、武器。
「誰かが言ってた、わたしは隠れるのがとても上手いって。だからわたしは木の上に隠れたり、屋根の上に登ったりして……」
「……そうだったんですね」
そんな恐ろしい集団がいたなんて……。
おばさんの家に引きこもっているだけだと、知ることもなかった。
……あれ、それだとユノさんはどうして……?
「じゃあユノさんは、もう組織を抜けたってことですか……?」
「…………」
質問には答えずに、俯いて黙る。
……もしかして、まだ所属してる、とか?
「……これは、シルフィに拾われる数週間前の話。わたしはとある貴族の暗殺依頼を任された、わたしは狙撃する良いポジションを探して、そこに隠れてた。標的が現れるまで」
「…………それで?」
「標的を待ち続けてるうちに、その貴族は何処かの誰かに殺された……みたい」
「それは、ユノさんじゃなくて……?」
「うん、酔った男の仕業だって聞いた。仕事が終わったら、いつもは迎えが来るんだけど、その日は来なかった」
……来なかった?
「次の日も、その次の日も、何日も待ったけど、迎えはずっと来ないまま」
「つまり、ユノさんは……」
「たぶん、忘れられた」
「そんなことあります!?」
「ある。だってわたしがそうだから」
みょ、妙な説得力……っ!
つまり、組織を抜けたわけでもなく、逃げたわけでもなく……。
ただ存在を忘れられただけ?
そんなバカな、って言葉が頭の中を駆け巡る。けれど実際そうなってるわけだし、そこは深く考えるのは……よそう。
「そこでユノを拾ったのよね」
「うん、食べるものも無くて、行き倒れてた」
「黒いマントを深くかぶってるから、最初はゴミか何かかと思ったわよ」
「もう何日か遅かったら本当にゴミになってたかもね」
「そんな笑い話みたいに!」
……と、とにかく。
ユノさんは私たちを裏切ったわけじゃないし、ましてやシルフィさんを殺そうとしたわけじゃない。
「ライラさん……」
「……う、うん。あの……ユノちゃん、ごめん」
「大丈夫、気にしてない」
「リースも……疑っちゃって……ごめんなさい!」
「許さない」
「なんでリースだけぇ!?」
「冗談」
顔色が見えないし声もいつもと変わらないから、冗談なのかどうか判断がつかない。
けれど、ユノさんなりに場を明るくしてくれようとしているみたいだ。
これでこの話は終わり…………とはいかないよね、でも。
「シルフィさん、じゃあ今回の襲撃は……」
「何処かの商会の警告でしょうね『私はブラッドハートを雇っている、店を畳まなければ命はないぞ』っていう」
「それが誰かっていうのは……」
肩を竦めるシルフィさん。
……確か、前に言ってた気がする。
若くして五本の指に入る大きな商会を作ったから、恨んでいる人は沢山いるって。
敵が多すぎて、敵を把握出来ない、みたいな感じになっているみたいだ。
「じゃあどうするんですか?」
「え、どうもしないけど?」
「いや、しないけどって……次は命を狙われるんですよね!?」
命知らずってレベルじゃない!
焦る私を尻目に、シルフィさんは自信たっぷりな笑顔で私を見る。
「ヴィーナたちがいるじゃない」
「え、でも……裏社会で一番有名な暗殺集団なんですよね、私たちなんかじゃ……」
「ブラッドハートかプリティハートか知らないけど、あたしが最強だと思ってるのは、カルディラ傭兵団なのよ」
「シルフィさん……」
「やかましいけど最強の盾がいる。サボるけどいざという時には頼りになる姉御肌もいる、ちょっとヤンデレ気味だけど狙いを外さないクロスボウ使いに、いずれ剣聖になるリーダーもいる」
「アタシだけ武器じゃないんだけど?」
「だから、頼りにしてるわよ」
……そう言われてしまうと、これ以上反論することは出来ない。
私からしてみれば過大評価でしかない。裏社会で最も有名な暗殺者集団相手に戦えるなんて思えない。
けど。シルフィさんがそう言うなら……。
私は出来るだけのことをやるだけ。
「……わかりました、絶対守り抜いてみせます……!」
とは言っても、どうしたものやら。
考えているとユノさんが手を挙げて。
「一応、考えはある」
「そうなんですか?」
「窓の割れ方を調べれば、何処から撃ってきたかある程度は割り出せる。わたしがその場所を狙える場所に潜伏すれば……」
「なるほど……! 狙撃する人を、狙撃するんですね!」
「そう、ブラッドハートを退かせるには『お前たちより上手い狙撃手がいる』と思わせること。元々少数精鋭だから、手駒が減るような仕事からは手を引くはず」
さすが、元々所属していただけのことはある。
なら今回はユノさんの言うとおりに行動したほうが良い。
私たちはシルフィさんを全力で守り抜き、狙撃手への対応はユノさんに任せる。
……うん、それが一番良い。
「じゃあ明日から……いえ、今日からシルフィさんにべったり作戦です!」
「……でも、必要以上にベタベタしてたら、わたしの矢は違う方に向くかも」
「仕方なくないですか!?」
「仕方ないけど、ムカつく」
「理不尽!」
……兎にも角にも。
対ブラッドハート作戦、開始です!




