50話 暗殺者ってアリですか!?
「シルフィさん……! しっかり、しっかりしてください!」
「誰か医者! 医者呼んできて! リースちゃん、しっかり押さえて!」
「う、うん、わかった! ボス、聞こえるボス!?」
「…………っ、シルフィ……!」
その日、カルディラ商会の家の中は大騒ぎだった。
痛みに顔をしかめ、ソファに寝ているのはシルフィさん。
左の肩からは血を流し、止血のためにリースさんが押さえている。
ソファの下に転がるのは、シルフィさんの血がついた矢。
会長室でみんなでお茶をしていた時、いきなり窓を突き破りシルフィさんの肩を貫いた矢。
商会の人がお医者さんを呼んでくるまでの間、私たちは声をかけながら傷口を押さえることしか出来なくて。
時間にして数分でやってきたけれど、私たちからしてみれば何時間も経っていたような。
そんな、地獄の時間だった。
「……いったい、誰が……」
会長室の外に追い出された私たちは、落ち着きなくウロウロとする。
誰がこんなことを……それはわからない。けれど何故こんなことになったかはわかる。
「シルフィさん前言ってましたよね……常に、誰かに狙われてるって」
「あ~……言ってたねー。まだ若いのに王国の五本の指に入るほどの商会を作り上げて、周囲の商会からは良く思われてないらしいねー」
「じゃあやっぱり、ライバル商会の誰かが犯人ってこと!?」
「それはそうかもですけど……でもリースさん、商会はいくつもあって、誰がやったかなんて……」
「そんなの、全部に聞いて回ればいーよ!」
だけど、聞いたところで素直に言ってくれるわけもないだろうし。
証拠といえば、シルフィさんに刺さったこの矢くらい。
…………あれ? この矢って……?
「……これ、ユノちゃんが使う矢に似てる?」
「言われてみれば……」
「ユノちゃん、もしかして……!」
「待ってくださいライラさん! ユノさんは私たちと一緒にいましたよ!?」
普通の弓矢よりも短く、太い。
何度も見てるからわかる。これはユノさんが使ってるやつにそっくりだ。
じっくりと見てみても、何の変哲もない矢。シルフィさんの血がついているのが痛々しい。
「ユノさん……何か、知ってませんか?」
「…………」
そういえば、ユノさんはさっきから何も言わない。
ずっと黙ったまま俯いているだけ。
そんなんだと……。
「ユノちゃん、何も言わないっていうことは、白状してるようなもんだよ?」
「で、でもでも……ユノちゃんがそんなことする理由ないよ!?」
「そうだけど……だけどさ、クロスボウが使えるのなんてユノちゃんくらいしか……!」
ライラさんは頭に血が上っている。
目の前でシルフィさんが射抜かれてしまったんだし、ムリもない。
ないけれど……その場にいたユノさんを犯人扱いするのは、どう見ても冷静じゃない。
だけど、どうしてユノさんは何も言わないの……?
「……ふう」
ガチャリ、と会長室のドアが開く。
汗を拭いながらお婆さんが現れた。
「とりあえず命に別状はないよ。ただ血を多く流しすぎたから、しばらく安静にしないといけないけどね」
「良かった……本当に良かった……ありがとうございます!」
「いいのさ、これが仕事だからね。でもあのお嬢ちゃん、こんな状況になってまで仕事しようとしてたから、絶対止めるんだよ」
そう言って、腰を叩きながらその場を後にする。
私たちは一斉に会長室へとなだれ込む。
すると、痛む肩を抑えながらデスクに座ろうとするシルフィさんがいた。
……本当に仕事しようとしてる。なんで……!
「大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、大丈夫よ。ちょっと痛いだけで」
「それは大丈夫じゃないんですよ! 寝てください!」
「そうだよシルフィちゃん、休んでないと!」
「ボス……果物いる? おやつ買ってくる!?」
まくしたてる私たちを見て、観念したようにデスクから離れてソファに横になった。
額に流れる脂汗が、痛みを我慢しているのだとわかってしまう。
それでもいつも通りにしようとするシルフィさん。
「ふう……心配かけてごめんね」
「いいんです……だけどシルフィさん、これからどうするんですか……?」
「どうするって?」
「こんな風に命を狙われるんだったら……商会なんて、いっそのこと」
潰してしまえばいい。
そう言おうとした私の言葉を遮るように、シルフィさんは。
「命までは狙われてないわよ」
「……え、だけどそんな大怪我してるじゃん」
「この手合いが本気で殺そうとしてきたなら、今頃あたしは死んでるはずだからね」
言った後、シルフィさんはとある方向へと視線を向ける。その方向とは……。
「ね、ユノ」
「…………気付いてたんだ」
「やっぱりシルフィちゃんが……!!」
ライラさんがシルフィさんに掴みかかろうとする。
けれど、その手を止めたのは他ならぬシルフィさんだった。
「待ちなさい、ユノがやってるわけないじゃない。リースとお菓子の取り合いしてた子に、こんなことが出来ると思う?」
「ならなんでユノちゃんに!」
「ユノ、デスクの右の一番上の引き出しの中」
ユノさんは言われた通り、デスクの引き出しを開けて一枚の紙を取り出す。
彼女の表情に驚きはなかった。ただ悲痛な顔をしながら、その紙をシルフィさんに渡す。
「いつから?」
「最初から。何処の誰とも知らない子をそばに置くわけないでしょ」
「……二人とも、いったい何の話を……?」
「この紙はね、ユノの出自報告書なの。みんな不思議に思わなかった? 気配を感じさせず、何処からともなくクロスボウのボルトを放つ。なんでこんな事ができるの? そう思ったことはない?」
あると言えば……ある。
私と同じ気持ちだったみたいで、ライラさんもリースさんも少し気まずそうにシルフィさんを見ていた。
「それが全部これに書いてある。はいリーダー、あげる」
「えっと……ユノ・ブラッドハート――――元、暗殺者」
「暗殺者ぁ!?」
「…………」
ブラッドハートという暗殺集団で生まれ、幼い頃から暗殺者として教育を施されてきた。
同世代の中でもかなり優秀だったユノさんは、若くして暗殺業に手を染めさせられてきたらしい。
ブラッドハートといえば、裏社会では有名な暗殺集団らしく、裏の世界に少しでも足を踏み入れればその名を知らない者はいないほど。
気取られず、無駄な殺しはせず、目標だけを速やかに排除する。
高額な依頼料を支払えばなんでもする。裏社会の頂点みたいな集団……って書いてあった。
「そんな子が、どうしてシルフィさんの側に……?」
「そう、そうだよ……危なくないの?」
元、がつくけれど暗殺者。
私とライラさんは怯えた視線を送ってしまう。
だけどシルフィさんはそんな私たちとはまったく違う目線をユノさんに送った。
「危ないわけないでしょ。仲間なんだから」
「シルフィちゃん、でも……」
「そんなこと言えば、ライラもリースも得体は知れなかったのよ? 真面目に働く気がさらさら無さそうな元鉱夫に、騙され騙され娼館で働かされそうになったただの村娘」
「それは……」
「娼館ってなあに?」
私が入っていないのは、やっぱり同郷だからなのかな。
「それと一緒で、私は寂しそうな黒猫を拾っただけ。最初は心を開かなかったかもしれない。だけど今のユノのことは三人もよく知ってるんじゃないかしら」
いつもフードを被ってて、マスクもしていて。だけどその下にある顔はとても可愛らしく、見た目に反して食べることが好き。
口数は少ないし言葉も辛辣だけれど、陰ながら心配してくれている。
優しい女の子だった。
「ユノさん」
「…………」
「どうして今ここにいるのか、聞いてもいいですか?」
フードをつまんで目深に被る。目が見えないほど深く、少し俯きながら。
「いいよ。今わたしがここにいるのは……」
こうして語られるのは、ユノさんの過去。
暗殺業に身を置いていた、つらい過去だった。




