44話 人を斬るなんてアリですか!?
サラサラと水が優しく流れる音が聞こえてきた。
小さな沢があるみたいで、何処からか小鳥が鳴く声も耳に届く。
平和だ。
今やっている行動が野菜泥棒の追跡じゃなければ、本当に平和。
私を含む全員が沢に視線を移す。たぶん考えていることは全員一緒。
……ここで水遊びとかしたら、楽しいんだろうなあ。
そんな浮ついた考えは、前方から聞こえてくる怒鳴り声を聞いたら吹っ飛んでいった。
姿勢を低くして、足音を立てないように近付いて行く。
沢のそばの少し開けた場所、石を囲んで作った焚き火を囲むように丸太の椅子が並べられている。
テントとかはなかった。けれど葉を敷き詰めたような場所はある。あれがベッドなのかな。
光景はそのくらいにして、人物に目を向ける。
男性が八人いる。その中で二人が胸ぐらをつかみ合いながら怒鳴っていた。
それぞれ四人ずつに分かれていて、四人対四人で言い争っているように見える。
「……なに、内輪揉め?」
「かもしれませんね……」
気付かれないように小声で話す。
といってもこっちにまではっきりと届くくらいの大声で怒鳴り合っているくらいだから、少しくらいなら気付かれないと思うけれど。
それにしても、なんでケンカを……?
「……いつまでこんなことを繰り返すつもりだ!?」
「じゃあ他にどうしろっていうんだよ!」
「村の人たちに申し訳ないとは思わないのか!!」
「しょうがねえだろ! 飢え死にするほうがマシだって言うのか!?」
……これは、もしかして……野菜泥棒の件で揉めてる?
「見たところ、泥棒否定派とそうじゃない派、ってところかなー……?」
「ライラにもそう見えるってことは、きっとそう」
「どういう意味かなーユノちゃん」
「そんなことより上に乗らないで。重い」
「しょうがないでしょ、狭いんだから」
姿を隠すためにヤブの中に身を隠した私たちだけど。
ライラさんが言う通り、とても狭い。なんで一つのヤブに全員で隠れたのかな?
隣にもあると思うんだけど?
それはともかく。
魔物や魔族じゃなく、人間の仕業だったことは確認出来た。
それに泥棒行為を否定する、良識のある人間もいる。ということは盗賊とかの種類の人たちでは無さそう。
ならどうしてこんな林の中に住んでいるのかは疑問だけれど……。
代表格のように二人が言い争う足元に、トウモロコシが山のように落ちている。
今回の依頼の犯人たち、ということで間違いないと思う。
「……深夜にまた来ましょう。寝ている隙に捕まえてしまえば、戦う必要も――」
「あー! リースの村のトウモロコシ!!」
………………そうなるとは、予想してなかったかなぁ……。
「だ……誰だ!?」
「返して! トウモロコシ、返して!」
ヤブから立ち上がるリースさん。
八人の男の人の視線を受けても物怖じせず、キッと視線を吊り上げて睨みつける。
「シルフィさん、リースさんが注意を引いている間に村に戻ってください。後は私たちが」
「……そうね、任せたわ。けど無理はしないようにね」
身を隠したまま、シルフィさんは村へと戻って行く。
見つからないように私たちも立ち上がることにした、そうすればシルフィさんは安全に村に戻れるはず。
「私たちはカルディラ傭兵団、ストレニア村での野菜泥棒を捕まえる依頼を受けてやって来ました」
「傭兵団……? 女しかいねえじゃねえか?」
値踏みするような視線。私たちを戦士として見ておらず、ただの女性としか見ていないみたいだ。
その視線を無遠慮に投げかけるのは、言い争っていた方の片方。泥棒肯定派の方だった。
「今ならまだ間に合います。足元のトウモロコシを拾って謝罪しに行きましょう」
「…………」
肯定派の男の人は腰に手をやる。そこにあるのは……剣だ。
「おい、まさか!?」
「こんなところで捕まるくらいなら……殺して逃げちまった方が……!」
泥棒否定派の人が慌てて止めようとする。
「やめろ、お前自分で何を言ってるのかわかってるのか!?」
「うるせえ! 今更あそこに戻るなんて出来るかよ!」
「泥棒とはワケが違う、後戻りできなくなるぞ!?」
「俺は戻りたくねえんだよ!」
何処に、なんて聞けるはずもない。
肯定派の人たち四人は剣を抜いて私たちに向ける。目は血走っていて、もう会話にはならなさそうだ。
まさか、人を相手にするなんて……!
リースさんもライラさんも、少しためらっているように見える。ユノさんだけはフードとマスクで表情が読めないけれど。
だけど私もそうだ、人と戦うことになるのは覚悟していたけれど……こんなに早いなんて。
腰に差した剣に手をやる。その手が震えているのに気付いたのは、柄を握ったときだった。
「見ろよ、全員震えてやがる。きっと戦ったこともないお嬢ちゃんたちが傭兵の真似事をしてるんだろうよ」
怖気づいたとは違う。恐怖でもない。なんというか……。
これから人を斬るのかもしれない、という緊張感。
ううん……やっぱり怖気づいてるのかも。私はまだ、人を傷付ける覚悟が無かったんだ。
どうしよう……どうしよう……!?
「やっちまえ!」
「やめろ、やめるんだ!!」
肯定派の四人が一斉に襲いかかってくる。
私とライラさんは武器を抜き、リースさんは大きな盾を構えた。
ユノさんもクロスボウを構えて距離を取る。
「守る……リースが、守るんだから!」
四人の攻撃を一手に引き受けている。
角度を変え、位置を変え、回り込まれないように動き回って盾で防ぎ続ける。
泥棒否定派の人たちは声だけは止めようとしていたけれど、実際に動くわけじゃない。
そしてそれは……私たちも一緒だった。
剣を抜いた、斧を構えた。けど……振り下ろすことが出来ない。
「ヴィーナ、どうする?」
ユノさんはクロスボウを構えたまま冷たい声を出す。
私とライラさんとは違い、覚悟はとっくに決まってる。そんな声だった。
「わたしはいつでも撃てる」
「撃てる……?」
どうしよう……どうしよう、どうしよう……どうしたら!?
そんな私の迷いの天秤は、次に現れた人物であっさりと傾いた。
「おい、なんの騒ぎだこれは?」
現れた男の人が一人。その人の手には……。
「シルフィさん!?」
「村へ向かおうとしててな。俺たちの場所が見られてたら厄介だと思ったんだが……ビンゴだったとは」
手首の辺りを握られている。強く握られているのか、痛みで顔をしかめていた。
シルフィさん……っ!
もう、悩んでいる場合じゃない!!
「ユノさん、捕まえている人をお願いします! ライラさんリースさん、やりましょう!」
「了解」
「そうだね、シルフィちゃんを人質に使うなんて……許せないよ!」
「うん! リース頑張る!」
それからはあっという間だった。
剣を持っていたけど戦闘慣れはしていなかったのか、私たちの方が圧倒的に実力があった。
泥棒肯定派の四人とシルフィさんを捕まえた一人はあっという間に倒してしまう。
私も剣を砕いちゃったけど……そんなことは小さな問題。
人を斬ったことを後悔するでもなく、悔やむでもなく。私の胸の中はシルフィさんが無事だとわかった、安心感だけ。
……本当に、よかった。
あとは……目の前にいる男の人四人。泥棒否定派の四人だった。
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