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むりやりサインさせるってアリですか!?~つきつけられたのは雇用契約書でした~  作者: 佐藤ヒロフミ


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32話 向こう側にモンスターなんて、アリですか!?


 ヴラン鉱山崩落事故、一部では鉱夫の独断専行によるものだと報じられていたけれど。

 供給が減るのを嫌った商人が、監督から受けた報告を握りつぶしたためだと後のことで知ることになる。

 ……とまあ、フタを開けてみたら商人の私利私欲だったということが判明したわけだけれど。

 今はそれは問題じゃない、崩落した向こう側に閉じ込められたライラさんのお父さん。

 しかしさらに向こう側では、魔物の鳴き声が聞こえてくるという。

 早く……助けてあげないと!


「んっ……んんっ!!」


 一心不乱に斧のピッケル部分を振り下ろすライラさん。

 振り下ろす度に汗が地面にぽたりぽたりと落ちていく。拭うこともせず、ひたすら振り下ろす。

 それは私たちも同じだった。慣れない動作で腕の筋肉が悲鳴をあげるけれど、構わず振り下ろす。

 ユノさんは息苦しくなったのか、マスクを外して大きく息を吸ってツルハシを振り上げた。


 カン、カン、と甲高い音と私たちが吐く息の音だけが坑道に響く。

 気ばかりが焦っていく。慣れたライラさんとは違い、私たちの掘り進める速度は遅々として進まない。

 実はライラさんもそうだ、何年ぶりかの採掘作業。私たちよりは早いとはいえブランクは感じているみたいで、表情に余裕はない。


「ああ……っ!!」


 シルフィさんが振り下ろしたツルハシが反動で手から離れていく。この中で一番肉体労働に慣れていない彼女からすれば、握力も腕力も既に限界を超えている。

 飛んでいったツルハシは地面の上を滑りながら回転し、一人の鉱夫のつま先を叩いた。


「くっ…………」


 自分の手のひらを確かめるシルフィさん。真っ赤に腫れ上がっていた。

 それでもフラフラとツルハシが飛んでいった場所まで歩いて行き……。


「シルフィちゃん、後はアタシがやるから……!」

「バカ言いなさい……自分の親の命が懸かってるんでしょ、カッコつけてんじゃないわよ……!!」

「…………ごめん、ありがと!」


 お互いに憎まれ口を叩き合い、どっちも素直にならなかった。ケンカした時だってある。

 だけど本当は理解しあってる。だからこそサボり続けるライラさんをクビにしないんだろうし。

 でも、それでも……シルフィさんの体力は本当に限界だった。

 ツルハシを拾うために屈んだけれど、そのまま立てなくなってしまう。


「あ、あれ……? え、あれ……!?」


 両腕に力を入れて立とうとする。けれど立てない。

 自分が思っているよりも、限界だったんだ。


「…………」


 ツルハシに手を伸ばし立とうとするシルフィさん。

 そのツルハシを……誰かが優しく拾い上げた。


「……見てるわけにゃ、いかねえよな」

「監督……?」

「お前には言いたいことがある、逆にお前にも言いたいことはあるだろう、けどそれは後だ。うちのモンが向こう側にいるなら助けねえわけねえだろ? なあお前ら!?」


 ぽかんと眺めていた鉱夫の人たちも、監督の声で目が覚めたのか一人二人と声をあげた。

 私たちからツルハシを奪い取り、立派な背中でツルハシを振り上げる。


 私たちのカン、カン。という乾いた軽い音じゃない。

 それこそ岩を破壊する、鈍く響く音が響いていく。

 さすが本職、掘り進める速度が圧倒的に違う。あっという間に人が出れるほどの大きさが開いた。


 ぽっかりと開いた穴をランタンで照らす。するとそこには鉱夫の人が五人。中にはライラさんのお父さんもいた。

 怪我をしている人はいるし、飲まず食わずで衰弱している人もいるけれど命に別状はない。それよりも……壁の向こう側から聞こえるカリカリという音と、ギャアギャアと叫ぶ声が耳に届く。


 全員が脱出するのと、壁に穴が開くのは同時だった。

 四足歩行のトカゲが岩を食い破るように現れる。


「鉄トカゲか! マズい、剣じゃ歯が立たないぞ、おい誰かハンマー持ってないか!?」


 鉄トカゲ。全身が鉄のように硬い鱗で覆われていて、鉱脈を含んだ岩が主食の魔物。

 瓦礫を撤去してた冒険者の人が言うように、剣では鱗を斬ることが出来ない、ハンマーのような鈍器で叩き潰すのが有効な倒し方だと聞いた。


 だけど周囲の冒険者の人が持っているのは剣ばかり。なんなら救助作業の邪魔になるということで帯剣していない人の方が多いくらいだ。


「いったん逃げろ! 準備が整うまでこの坑道は封鎖するぞ!!」


 監督の指示する声、鉱夫の人たちはツルハシを投げ捨てて一目散に逃げていく。


「ライラ……ライラ!?」


 鉱夫の人たちに肩を支えられながら逃げるライラさんのお父さん。

 逃げようとしないライラさんに、目を丸くして声を投げる。


「……ふう、ダメ。こいつらはこのままにしておけない」

「そうなんですか?」

「こいつら鉄トカゲは岩を食べる。つまり封鎖したところで、別の坑道まで穴を開けちゃうってこと、そうなると大惨事になりかねない……だから、ここで全部倒す」


 チラリと振り返るライラさん。

 私もリースさんもユノさんも疲れてはいるけれど、まだ戦える。


「ユノちゃん、シルフィちゃんを連れて外に出て。鉄トカゲの鱗じゃユノちゃんの矢も通らないでしょ」

「わかった。シルフィ、行こう」

「……ええ、三人とも……しっかりね」

「任せて。なんたって今日のアタシは団長代理なんだから」


 シルフィさんを背負って脱出するユノさんを見送った後、私たちはそれぞれの武器を手にして穴の外で待ち構える。


「この穴なら一気に数が出てこれないだろうから、一匹ずつ相手に出来るかもしれない。リースちゃん、穴の前で盾を置いて敵を引き付けて!」

「わかったー! おらー、こーい!!」


 大盾をガンガンと叩くと、音を聞きつけたのか鉄トカゲが首をこちらに向けて大口を開ける。

 威嚇する声と共に、のそのそとリースさんへ向かってくる。

 穴から首を出した瞬間、ライラさんは斧のピッケル部分を振り下ろした。


 鉄トカゲの頭に深々と突き刺さる。

 高い声の悲鳴を上げて倒れる鉄トカゲ……だけど、穴からは新たな鉄トカゲの顔が覗かせていた。


「やっぱり……ピッケル部分だといけそう! でも……数が多いよー!!」


 まるでモグラ叩き。刺しても刺しても上からのしかかるようにのそのそとやってくる。

 私も反対側からツルハシを振り下ろしてみる。けれど刺さらずに弾かれてしまう。


「これは! アタシがやるから……ヴィナちゃんは、いざっていう時に逃げれるように……ってえ!?」


 ここに来て計算外のことが発生。穴に鉄トカゲの死体がぎゅうぎゅうに詰まって、出てこれなくなってしまった。

 壁の向こう側からはまだ鉄トカゲの鳴き声が。


「アタシの予想では……もう少ーし数が少ない予定だったんだけど……もしかして、マズい?」

「かも……?」

「に……逃げますか……?」


 崩落した穴をガリガリと破ってくる音。この狭い場所で横に広がって戦うのは難しい。鉄トカゲに分がある場所だとは思うけれど……。


「うん……どうしようか?」

「ライラちゃん!?」

「な、悩んでる暇ないですよ!?」


 ほら、今にも出てきそうなくらい音が近……っていうか出てきたぁ!?

 ジリジリと下がっていくと……十、二十……!?

 一体どれだけいるの!?


「に、逃げよう……ライラちゃんヴィーナちゃん、逃げよう!!」

「そ、そうだね、これは無理かな!」

「二人は先に! 私が出鼻を挫きます!」

「ヴィナちゃん!?」


 剣を抜き、集中する。けどあまり時間はない。

 ……すると、剣の力が私の手に集まってくる感じが。

 なんで? 練習では全然成功しなかったのに……って、そんなこと言ってる場合じゃない!


「てりゃあああ!!」


 斜めに剣を振り下ろす。

 その剣の道筋は、坑道の壁から反対側まで斬り裂いて、鋭い穴を開く。

 道筋はそして、崩落した岩にまで――


「あっ」


 確か言ってたような……なんだっけ。

『……ガスがここから出てるから、ここは何も触れずに……』


「あっ!!」


 壁にかけていたランタンが衝撃で地面に落ちる。

 確か、このガスって可燃性だって言ってたような……?


「…………あああああああっ!!」


 ま……マズいマズいマズい、逃げなきゃ!!

 粉々になった剣を放り投げ、一目散に坑道から走って逃げる。


「ヴィ……ヴィナちゃん!?」

「ば、ばく、ばく…………爆発しますっ!!」

「ええー!?」


 私たちの背後では。

 揺れたランタンは地面に落ちて、中の火種が空気に触れ――

 ガスに引火した。響き渡る鉄トカゲの悲鳴と……吹き荒れる炎。


「きゃああああああ!?」


 私たち三人は飛び出すように坑道から脱出。その直後。

 洞窟からは爆発音と、瓦礫が崩れる音が。


「…………たぶん、あれで全部倒しました、たぶん」


 呆然とした後、そんなことを言ってみると。


「あっははははは!! ヴィナちゃん……あはははっ!! もう、最高……!!」


 真っ黒になったライラさんが大笑い。それにつられてリースさんも笑い……。


「あは、あはははっ!!」


 私も笑うしかなかった。

 私たちの笑い声にあてられ、鉱夫の人たちも笑う。

 やることはまだまだ山積み、だけど今だけは笑おう。

 崩れ落ちた坑道の前で、みんなの笑い声が響き渡った――

読んでいただきありがとうございます。


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