30話 ライラさんに悲しい過去なんて、アリですか!?
「ごめんね、落ち着かなくって」
夜更けに起こされて、ライラさんに連れられて家の外へ。
寝ぼけ眼をこすりながら夜風を浴びる。少し冷たい風に乗って、鉱山の岩の匂いが運ばれる。
今は背中を向けているけれど、さっき見た目は赤く充血していて……きっと休んでいないんだと思う。
背中を向けたまま、ぽつりぽつりと呟くのは……過去の後悔だった。
「アタシね、この町から逃げ出したんだ」
「逃げ出した、ですか……?」
「うん、この町の人間はほとんどの人が鉱夫になる。親も、その親も鉱夫として働いてるんだから、自然な流れとも言えるよね。アタシも他の人と一緒に鉱夫として働き始めた。鉱夫見習いだね」
月明かりにライラさんの横顔が少し見えた。
懐かしむように微笑むその表情は……今にも泣き出しそうにも見えた。
「父さんの仕事が誇らしかった、鉱山の仕事はただ石を掘って鉱石を掘るだけ。他の人からはそう見えるだろうけど、汗水流して土やホコリに汚れながら笑顔で帰って来る父さんが輝いて見えた」
「……立派な仕事ですよね」
「うん、鉱夫の仕事が鍛冶に繋がる。鍛冶だけじゃない、石炭を取ればありとあらゆる場所で使われるし、宝石が混じった石を掘れば細工商人の仕事に繋がる。アタシたちが繋げてるんだって胸を張って言えたしね」
でも逃げ出した。それがライラさんの胸にずっと引っかかってるんだろう。
それに、仕事を誇らしげに言う姿は普段のライラさんとは違って見える。ライラさんといえば自堕落でサボり魔として傭兵団の中では有名だし。
「で、鉱夫見習いとして働き始めたんだけど……アタシには、なんとなく見えたんだよね」
「見えた……何がですか?」
「何処を掘れば鉱脈に辿り着くか、何処を掘ったらガスが出るか、崩落するか。なんとなくわかったんだ」
「それってすごいことじゃないですか」
心からそう思う。事故を格段に減らせるっていうのは、鉱夫の人からしてみれば大助かりのはず。
だけどライラさんは自虐気味に笑った。
「あっはは、だよね。だからアタシも父さんと母さんに言ったんだ、そしたらすごく褒めてくれて、喜んでくれてね。ああ、この見える能力は皆のために使うべきなんだって思った、だからそうした」
「それで?」
「全員から非難された。同じ見習いだけじゃない、先輩たちからも。褒めてくれたのは鉱石を引き取る商人だけ」
どうして。鉱石が取れて、事故も防げるなら良いこと尽くめのはず。
感謝こそされるとしても、ましてや避難なんて……。
「アタシのこの見える能力は、仕事の効率を格段に上げた。それはね、現場を見てない人間からすれば『もっと取れる』ってことになるんだ。見習いのあたしが一日でカゴ一杯取りました。先輩はカゴ半分にも満たなかった。するとどうなると思う?」
「あ……」
「わかるでしょ? 見習いのアタシがこれだけ取れたことでノルマが上がって、達成できない先輩たちは商人に小言を言われる。その小言のイライラは、アタシにぶつけられた」
……私には想像もつかない。すべてから目を背けて引きこもっていた私には。
だけどライラさんは踏ん張るしかなかった。この仕事が好きだから。
「その時はアタシも若くてバカだったからさ、商人に褒められて舞い上がってたんだよね。だから周りで陰口を言われてることに気付けなかったんだ」
「だけど、気付いてしまった?」
「うん。最初は陰口、次は道具を隠されたり、最後には背中を突き飛ばされたり。バカなアタシでもわかった、ここでは不必要なんだって」
だから逃げ出した。すべてを捨てて、走って逃げた。
それが悪いことなんて言わないし、言えない。
「それからアタシは頑張ることをやめた。てきとーに働いて、その日暮らし。それでクビになるんならそれで良かったし、頑張る意味もなかった」
「ライラさんのサボり癖のルーツって……それなんですね」
「そうだよー、アタシは実はやれば出来る子なんです。もう子っていっていい年齢でもないけどね、あはは」
「でも今は傭兵団で頑張ってくれてますよね?」
苦く笑っていたライラさんだったけど、私のその言葉でピタリと止まる。少し考える仕草。
それからイタズラっぽく私を見て笑った。何故?
「そりゃーヴィナちゃんがいるからね、愛でて良し、からかって良し、いじって良しの三拍子の子がいるなら頑張るしかーないでしょ」
「もうちょっと純粋な理由で頑張ってほしいんですけど」
「純粋も純粋、超純粋だよ。アタシは昔父さんに褒めてほしいから頑張った。今のアタシはヴィナちゃんに認められたいから…………褒めてほしいから頑張ってるだけだよ。アタシなりにね」
アタシなりに。それはつまり、手を抜くときは抜くけど……ってことかな。
それはもう、構わない。やるときはやってくれるし、いざってときに頼りになるのは知ってるから。
「アタシも考えが少しは変わったからさ、過去にケジメをつけたいなと思ってた時にこの事故でしょ? だから居ても立っても居られなくなってね」
「ライラさんは、この町が好きなんですね」
「え?」
きょとんと。
目を丸くしてから、私に向かって満面の笑みで。
「……うん、どうもそうみたいだね」
力強く頷いたんだ。
大好きな町、大好きな鉱山、大好きな家族。
助けたい。ただその一心でやってきたんだ。
「じゃあ……明日、ライラさんを傭兵団の代理リーダーに任命します」
「……えっ? なんで?」
「私は鉱山のことは専門外ですし、何から手を付ければいいかわかりません。ライラさんのその目があれば、今救助作業にあたってる誰よりも早く助けられるはずです」
「でも、アタシたちってただのフォローじゃ……」
「言ってる場合ですか!」
ぴしゃりと、強く言い放つ。私がそんな声を出すと思っていなかったのか、ライラさんの体がビクリと跳ねた。
他の人の事情なんて知ったことじゃない。あの奥にはライラさんの家族がいるんだから。
「言いたい人には言わせておけばいいんです。いま大事なのは周りの目じゃない、崩落の向こう側にいる人を安全に助けることなんです」
「ヴィナちゃん……」
「それを素早く、そして完璧にこなすためには貴女の目が必要なはず」
「でも、シルフィちゃんが許すわけが……」
「――許さないわけ無いでしょ」
家の方から、声がした。
振り向けば……そこにいるのはシルフィさんとユノさん。たぶんリースさんは寝てる。
「最優先は人命の救助。その道を邪魔するヤツがいるのなら……カルディラ商会の権威を使ってでも押しのけてやるわよ」
「シルフィちゃん……」
「しおれてるライラは、微妙」
「ユノちゃん…………え、それって励ましてるんだよね?」
「知らない」
この場にはいないけど、リースさんが拒否をするわけないし。
全員が、ライラさんの力になりたいんだ。
「あ、そうそう。フェンから預かってきた物があるんだった」
そういってシルフィさんは、包んだそれをライラさんに手渡す。
なんだろう? とっても大きな物に見えるけど……。
包みを解くと、出てきたのは…………斧?
「新しい武器だって。後ろはライラの生まれをモチーフにしてピッケル状にしたみたいよ」
「こういう時に武器って…………アタシたち、つくづく傭兵団なんだねー……」
「そりゃそうよ、カルディラ傭兵団代理団長殿?」
片側は普通の斧だけど、反対側はツルハシのように尖っていた。
こんな時に武器を渡すのは何故かと思ったけど、その尖った部分なら採掘だって、きっと……。
「……よし、皆! 力を貸してくれる!?」
「もちろんです!」
「あ、でも朝からだからね、それは守りなさいよ?」
「ちょっと……シルフィちゃん……そこで腰を折るのやめないー?」
思い詰めていたライラさんの表情が、和らいだ。
星が包む夜空の中、赤く充血していた目は、優しげに揺れていた。
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