12話 魔物との戦いって、アリですか!?
見上げるほどの大きな体。周囲の木よりも大きいかも。
緑色の肌は確かにゴブリンの特徴……だけど、こんなに大きかったっけ?
どうやって穴の中に入ってたんだろう……ってそうじゃなくて!
「気をつけろ……こいつは、ゴブリンロードだ!」
「ゴブリンロード……?」
「ああ、ゴブリンの群れのトップが時折突然変異するらしい。通常のゴブリンなんか目じゃねえ……仲間は全員……クソッ!!」
片腕を失くした冒険者の人は、悔しそうに歯噛みする。
全員で背を向けて逃げたいところだけど……ゴブリンロードの顔を見る限り、そう簡単には逃がしてくれなさそう。
となると……優先順位は、まずは怪我人から。
「馬車のあった野営地まで逃げてください! 状況の報告と、応援の要請を!」
「バカな! 嬢ちゃんたちなんぞ相手になるわけねえだろ!」
「言ってる場合ですか!? 今すぐ止血しないと命に関わりますよ!」
そう、ここで言い争いしてる時間はない。
ゆっくりと、だけど確実に私たちに近付いてきている。
のんびり喋ってたら、全員ゴブリンロードにぺしゃんこにされてしまう。
「……死ぬんじゃねえぞ!」
言い争いをしている時間はないと理解してくれたみたいで、背を向けて走り去って行った。
その背中を見て、ゴブリンロードは大きく吠えた。
それもそのはず。あの冒険者の人は、ここにいる唯一住処を荒らした人物。
逃がすわけがない。
だけど私は間に入ってゴブリンロードの足を止める。
「……っ」
予想通り足は止まった。
感情が読めない視線を送ってくる。
怖い。初めての魔物との戦闘が、こんなに巨大なんて。
でも逃げるわけにはいかない。今あの人をゴブリンロードが追いかけたら、そこにはシルフィさんがいる。
「出来るだけ……っ、ここで抑えます! ユノさんは援護を! ライラさんは背後から攻撃! リースさんは……っ」
私が最後まで言い終わる前に、リースさんは私とゴブリンロードの間に立ちはだかった。
……待って、私が言いたかったのはそうじゃない!
「任せて! リースが皆を守るから!」
「リースさんダメ! 貴女みたいな小さな体で――!」
煩わしそうに振るったゴブリンロードの腕が、リースさんの構えた盾に当たる。そして……。
「きゃあああぁぁっ!!」
「リースさんっ!!」
盾は彼女の手から離れて、くるくると空中を舞う。
そしてリースさんは……遠く離れた木にまで吹き飛ばされ、背中を強く打ち付けていた。
「……っ!」
ユノさんが何処かの木の上から矢を放つ。
その矢はゴブリンロードの右目に刺さる。痛みによる絶叫で、周囲の大気がビリビリと震えた。
ここでようやく、私たちを敵と認識したみたいだ。忌々しそうに私を見下ろす。
「ユノさん、リースさんは無事ですか?」
「うん、気絶してるだけ。外傷は特に無い」
「よかった……リースさんを野営地まで連れて行ってもらえますか?」
「二人で平気?」
「わかりませんけど……頑張ります!」
「……ん、了解。すぐに戻って来るから」
リースさんを担ぎ上げて、ユノさんは素早い動きで森の中へ消えていった。
怒り狂うゴブリンロード。その向こう側にはライラさんが斧を握りしめている。
「お願いします、ライラさん……!」
「サボるわけにもいかない、か……町に戻ったら美味しいもの奢ってよね!」
「はい! 全員でお疲れ様のパーティーしましょう!」
ゴブリンロードが腕を振り上げる。
慌てて後ろに飛び退くと、さっきまで私が立っていた場所に拳が突き刺さっていた。
好機とばかりにライラさんが後ろから迫り、斧を足に振るうけれど……。
「……ダメだヴィナちゃん! 皮膚が堅くて攻撃が通んない!」
「そんな……!?」
隙をついての攻撃が出来ないとなると……いったいどうすれば……。
私の考えは、交互に前後から攻撃して撹乱しながら削っていくっていう作戦だった。なのに……。
「でもその作戦って、ヴィナちゃんが武器壊さないのが前提だよね?」
「……あっ」
それもそうだった。
じゃあ最初から作戦って機能してなかったんじゃない? どうしよう!?
考えている間にもゴブリンロードは何度も拳を振るう。
振り下ろしたり、横に振るったり。
大きい分動きが緩慢なおかげで、避けることだけは出来る。このまま応援まで待つのもあり……なのかな?
ずっと避けられ続けてイライラしてきたみたいで、大振りの隙だらけの右拳が振り下ろされた。
「っ…………ええいっ!!」
体をずらして拳を避ける。地面に突き刺さった拳に向けて、剣を振り抜いた。
肌も、肉も、骨も無かったかのように、剣はスッと横に抜けていく。
でも私の剣は、確かにゴブリンロードの腕を斬り落としていた。
だからやっぱりというべきか、剣は粉々に砕け散る。
「武器が……っ!」
「ヴィナちゃんパス!」
「わわわ……って、これ冒険者の人の剣じゃないですか!?」
「いいのいいの!」
いいのかなあ!?
痛みに叫ぶゴブリンロードは、私の動きをまったく見ていない。これなら……っ!
今度は剣を右足に払った。やっぱり切った感覚はない、だけど……剣は砕け散った。ということは……?
ゴブリンロードの体は、前のめりに倒れる。
右足と右腕を失い、倒れながらも私を睨む。
「…………っ」
絶対死ぬものか、絶対殺してやる、という執念を瞳から感じる。
これが……魔物……? これが、戦闘……。
「ヴィナちゃん、はい」
隣に来ていたライラさんが、もう一本の剣を手渡す。
トドメをさせ、そういうことだろう。ただでさえ重い剣が、余計重く感じた。
でも、これが戦い……。
剣を振り上げる、歯をむき出しにしたゴブリンロードの息は荒く、迫りくる死に目をそらさないかのように、私を見続けていた。
「――やあああぁっ!!」
剣は砕け散る。
それは、終わったという合図。
キャンプはグチャグチャ。作っていた途中の料理は地面に散乱していて、見るも無残な光景。
「……終わったねー」
「そう、ですね……終わりました」
実感はない。まだ戦闘途中みたいな昂り具合。
心臓はバクバクしていて、荒い息は落ち着く様子がない。
だけど終わった。それは間違いない……はず。
「……とりあえず、片付けますか?」
「えぇー……? ちょっと休もうよー……」
「なんか、なんかしてないと……落ち着かないんです」
「戦闘ハイ……? 実は戦闘ジャンキーだったりして」
「やめてくださいよ……!?」
地面に大の字になって寝そべるライラさんをそのままに、私は無事な道具だけ集めていた。
テント……ダメ、調理道具……まな板だけ無事。食料は全部土に塗れてるけど……洗えば使える。
着替え…………ああ、踏まれてボロボロに。新しく買わないとダメかも。
「――ヴィナちゃん、ありがとね」
「……え?」
「ヴィナちゃんのおかげで死なずにすんだ。だからありがと」
「いえ、そんな……ライラさんがいたから、私も無事だったんですから……」
「そんなことないよ、アタシは何も出来なかった。全部ヴィナちゃんのおかげ」
……なんか、くすぐったい。妙に照れる。
まっすぐ褒められたことなんてなかったし、今日も私が倒したと言うよりも二人で倒したと思ってる。
だから恥ずかしくて、拾った布を握りしめてモジモジしていると……。
「ヴィナちゃん、それ……アタシのパンツ」
「きゃあああっ!? ごめんなさい!!」
「――ヴィーナッ!!」
ガサガサと音を立てて草むらから現れたのは……。
「シルフィさん……?」
「……っ!!」
突然、抱きつかれた。
背中まで手を回されて、強い力で締め付けられる。
痛くて、少し苦しいけど……でも、温かくて、落ち着く。
「バカッ!! 無茶して……バカッ!!」
……どうも落ち着いてる場合じゃないみたいだ。
「ご、ごめんなさい……?」
「怒る前に褒めてあげなよシルフィちゃんー。だって倒したんだよ? ほら」
首を動かす気配。抱きついたまま、私越しに死体を確認したみたいだ。
「ぐす……ホントだ。でも無茶したのは許さないんだから」
「あははは……」
また草むらからガサガサと物音が。
次に現れたのは……冒険者の人だった。
なくなった腕には包帯が巻かれていて、顔色は悪く血が足りないのかフラフラしてるけど……でも、無事だったみたい。
「信じられねぇ……嬢ちゃんたちが倒したっていうのか!?」
「は、はい。まあ、なんとか」
「……………………すまなかった」
「……えっ?」
深々と。
冒険者の人は頭を下げる。どうして謝ってきたのかわからずに、私は呆然としていた。
「嬢ちゃんたちを侮っていた。若い女の集団、荷物運びすらまともに出来ないだろうと、内心見下してた」
「まあ……そんな気はしてましたけど」
でも口に出して言ってほしくなかったかも。
「でもそりゃ大きな間違いだった。すまなかった……そして、助けてくれて……ありがとう」
「……ぁ…………いえ、助かって、良かったです」
このダンジョンの中には、助からなかった四人の冒険者がいる。
でも、目の前にいるこの人の命を救うことは出来た。
……過去がチラつく。
救えなかった村、何も出来なかった悲劇。
アレから……一歩くらいは、進めたのかな?
「ヴィーナ、後は他の冒険者たちが引き継ぐわ……帰りましょ」
「……このままですか?」
まだ抱きついたままなんだけど。
「そんなわけないでしょ」
離れて、私の手を引いて。
シルフィさんの赤い目がチラリと見えた。
「はー、やれやれ、やっと帰れる。そうだシルフィちゃん、リースちゃんは?」
「背中を強く打って気絶しただけみたい。今は寝息立てて寝てるわよ」
「そりゃよかった。じゃ、帰ってお疲れ様パーティーしようか、ヴィナちゃん」
「…………はいっ、帰りましょう!」
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