11話 初めての魔物って、アリですか!?
前に、国の話をしたのを覚えているかな。
西と東と南にそれぞれ国があり、それぞれの領地を治めているっていう話。
あの時、北側だけの話はしなかった。それは何故か?
――北には、魔王がいるから。
そう、北には魔物だけが住まう土地。
西のエルシオン神聖国も、東のウルシーラ王国も。
そして私たちが住む南のヒザーク王国も。
北に住む魔王率いる魔族と、ずっと争いを続けて来ている。そしてそれは、今も。
北への国境に三つの国は大きな砦をそれぞれ建てた。魔物を退けるための堅固な砦を。
魔物が住む土地と人間が住む土地を隔てるのは、深く暗い森。森の中から理性を持たない魔物がただ欲望のために人間へと襲いかかってくる。
どうしていきなりこんな話をしたかって? それはね……。
今私たちが向かっているのも、砦の方角だから。
「…………ごくり」
「ヴィーナ、緊張してるの?」
「し、しししししますよ……してますよ……」
ガタガタと音を立てる馬車に揺られながら、私は何度目かわからない息を呑んだ。
ライラさんは片側の椅子を占領して寝そべってるし、リースさんは外の景色を楽しんでる。ユノさんはシルフィさんにベッタリだ。でも私はこれからのことを考えると、震えが止まらない。
私がこれだけ緊張しているのは理由がある。
「じゃ、今回の依頼の概要を改めて説明するわよ」
全員がシルフィさんに視線を移す。
「今回はダンジョンに潜る冒険者の護衛。といっても、巣の前の安全を確保してキャンプを設営するだけだから、危険は少ないはずよ」
「ダンジョンって……?」
「あ、そっか。ヴィーナは知らないか。魔物が繁殖のために巣を作るんだけど、それを冒険者界隈では“ダンジョン”って呼んでるの。中には魔物が溜め込んだ財宝があるって言われててね、繁殖を防ぐのと財宝を手にする。冒険者にとっても国にとってもメリットがあるの」
「な、なるほど……?」
「で、あんたたちがやるのはダンジョンに潜った冒険者が無事に戻ってきたら休めるように、安心できるキャンプを設営すること。戦うのは前を行く冒険者たちだから、戦闘の機会はほぼ無いと思うわ」
じゃあ良かった。野生動物たちと戦ったことがあるからといって、戦いに慣れたっていうわけじゃない。
ましてや相手は魔物だ、恐怖は二倍増し。いやもっとかも。
「だから気楽にやりなさい。あんたたちはまだまだひよっこなんだから、危険な依頼なんて受けてくるわけないじゃない」
「そ……そうですよね」
「でも憧れるよねー、ダンジョンに潜って一攫千金。一山当てれば当分働かなくていいなんて」
ライラさんはそう言うけど、一山当てるまでにどれだけ自分の命を賭ける必要があるんだろう。
それを考えると……やっぱり私は危険が少ない方が良いと思う。
「リースちゃんもそう思わない?」
「え? わかんない!!」
「まー、リースちゃんはそうだよね。ユノちゃんは?」
「シルフィのためならなんでもする」
「うーん、話が合わないなー」
その時、馬車が止まる。
目的地に辿り着いたんだろうか?
「さ、降りるわよ」
シルフィさんの声に応じるように、ぞろぞろと降りていく。
……つ、ついに……始まる……。
久しぶりの大地に足をつけて、周囲を見渡す。そこはとても見晴らしの良い草原。
遠くに見えるのは……砦かな?
北側に視線を移すと、普段見てる森とは似ても似つかない……真っ黒な森が、そこにはあった。
「あたしと向こうの責任者、そして馬車たちはここで野営してるから。頑張りなさい」
「え? シルフィさんは来ないんですかっ?」
「ええ、行っても何も出来ないし。むしろ足手まといになるわ、だからここで待ってる」
「はいヴィナちゃん、これ持って」
ライラさんに手渡された背負うタイプの荷物袋を、言われるがまま背負う。
少しずっしりとした重さ。でも動けないほどじゃない。
御者の人たちが設営を始めるのを横目で見送りながら、既に先行している冒険者たちの背中を追いかけて足を速める。
なんとか森に入る前に追いついた。
「…………」
冒険者の人数は五人。背中でもわかる、鍛え抜かれた体。
チラリ、と後ろを振り返る冒険者の人たち。
その視線はとても鋭く、見られるだけで身が竦む。……だから目を逸らした。
やっぱり死線を越えてきた人たちは違う。視線だけで射殺せそうな眼力だった。
「……はっ、俺たちのキャンプを設営するのがこんな線の細い嬢ちゃんたちとはな。そんな貧弱な手で出来んのか?」
「おいおい、命賭けて潜るってのに、出てきたら貧相なキャンプが出迎えてくれるんじゃねぇのか?」
下品な笑い声。
…………あれ、さっきまで抱いていた冒険者のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
これじゃ女の子に絡む酒場のおじさんたちだ。
「おい、ロクでもないキャンプこさえてみろ、依頼料は払わねぇからな?」
そっか、馬車の手配とかキャンプを設営する人への依頼とか。
全部この人たちが出してるんだ。自分たちのダンジョン攻略を確かなものにするために、身銭を切ってるんだ。
「全力を尽くします」
そう考えるなら、生半可な仕事は出来ない。
出来る限りやろう。それがシルフィさんの傭兵団を背負って立つ、覚悟だ。
森を歩いて一時間ほど、ようやく開けた場所に出た。
地下へと続くぽっかりと開いた穴。……これがダンジョン?
「精々頑張ってくれや、せめて料金分はな」
「はい」
道中から今に至るまで嫌味の連続で、少し……ううん、かなり気疲れしたけれど。
迷いなく潜っていく背中を見送りながら、背中に背負った荷物を下ろした。
「なんというか……嫌味が多かったねー」
「うん、気分悪かった!」
「何度背中に矢を射抜こうかと」
それはやめてほしい。シルフィさんのためにも。
皆の怒りもわかる。
「……でもやるしかないですよ、カルディラ傭兵団のために」
「そうだね、やろー!」
「サッサと終わらせよ、後は寝て過ごせればいいけどね」
「周囲の警戒はする」
ユノさんそれ、設営は手伝わないっていうことなのかな?
もう姿は見えないし、たぶんそうなんだと思う。
…………ま、まあ、ここは魔物が住む森のど真ん中だし、警戒してくれる人は確かに必要かも。
冒険者用のテントを広げて、その後食事を作る。お酒と水の用意も忘れずに。
少し離れたところに私たちのテントも張っておく。
これで準備は完了かな。
日が暮れるまでに終わることは出来て良かった。
後は自由時間……といっても、遊んで過ごすことなんて出来ない。
さっきも言ったけど、ここは敵地のど真ん中。いつ何が襲ってくるのかわからないのだから。
「……帰ってこないねー」
リースさんが暇といわんばかりにポツリと呟いた。
「深さや奥行きがどれくらいあるかわからないしね、ひょっとしたら数日かかるかも」
「作ったスープが無駄にならなければいいんですけど……」
「いざとなったらアタシたちが食べて、新しいのを作るしかないかもね」
「そう、ですね」
その日は戻って来ることはなかった。
順番に見張りをして、翌朝。
冷え切ったスープを温め直して、私たちで食べてる最中のことだった。
「…………ぁ……」
ダンジョンの入り口の方からうめき声がした。
私たちは視線を交わして入り口へと向かう。
するとそこに現れたのは……。
「逃げ……ろ……!!」
片腕を失くした、冒険者の人が一人。
……残りの四人は? そう声をかけようとした瞬間。
「逃げろ!!!」
もう一度冒険者の人が大声をあげた。
その大声に反応するように、ダンジョンの入り口から大きな緑色の手が現れる。
手はゆっくりと伸びて冒険者を掴もうと伸ばし……。
「間一髪」
「ユノさん!」
握り潰されると思った瞬間。ロープに絡め取られた冒険者の人は、ギリギリのところでユノさんが引っ張り出した。
「……ちょっと、これ……」
ライラさんの声。改めてダンジョンへと視線を移すと。
どうやって入っていたんだろう。
それくらい巨大なゴブリンが、ダンジョンから姿を見せた――




