10話 いらない子なんて言うの、ナシです!
――カルディラ傭兵団邸、中庭にて。
「リースさん、準備いいですか?」
「うんっ!!」
「じゃあライラさん、お願いします」
「はーい……っと」
中庭の真ん中で、盾を構えたリースさんを囲む私たち三人。
決してイジメとかじゃなく、彼女の弱点を克服しようと思った次第なわけで。
で、その弱点が何なのかというと……。
「リースさん、目を閉じちゃダメですってば!」
「わ、わかってるけどぉぉ!」
盾を深く構える時、怖いからか目を閉じてしまうみたいだった。
怖い気持ちはわかるけど、でもそうすると……。
「…………」
あれ、ユノさん?
ユノさんがリースさんの背後に回り込んで、そして……。
ぷすり。
「きゃん!?」
「ユノさん何を……!?」
「隙だらけだったから」
「隙狙わなくていいんですよ……」
「大丈夫、さきっちょは丸くしてある矢だから」
そういう問題じゃない。ほら、リースさんがお尻押さえながら睨んできてる。
とはいえ、目を閉じているとやっぱりそういう危険があるわけで……。
「ほいっと」
「わきゃっ!?」
「ライラさんまで……!?」
「ゴメン、隙だらけだったから」
木剣を頭にぽかり。
お尻抑えるのに必死で、盾からもう手を離してるしね……。
「うーん、やっぱり目を閉じちゃうんですねぇ……」
「閉じちゃダメって、わかってはいるんだけど~」
体が勝手に反応してしまう……と。
一体どうすれば良いんだろう。ライラさんを見てみても、肩を竦めるだけだし、ユノさんは目すら合わせてくれない。
「これはもう、ヴィナちゃんが代わりにやった方ががいいんじゃないかな」
「えっ……絶対やめた方がいいと思うんですけど」
「試しに、ほら」
そう言ってライラさんは手に持っていた木剣を渡してくる。
リースさんは目をキラキラさせて木の盾を構えるけど……嫌な予感しかしない。
「……いったん、置いてもらってもいいですか?」
盾を置くように頼む。
その盾を立てかけた後、誰も持っていない盾に向かって木剣を振りかぶり……。
「絶対やめたほうがいいですって……」
「あっははー!! だよねー」
「…………ひぃぃ……!」
無惨に砕け散った木剣。木の盾がどうなったかは言うまでもない。
これ……リースさんが持ってたら、怪我じゃすんでないよね。
ライラさんは大笑いしてるけど、当事者であるリースさんはガタガタ震えていた。なんかごめんなさい。
「……もう良いよ。ありがとう、みんな」
「そんな……」
そもそも、どうしてこんなことを始めたのか、そこから説明したほうがいいかもしれない。
それは今日の朝のことだった、シルフィさんが訪ねてきて、そして……。
『真面目に訓練してないヤツ、訓練の成果が見られないヤツは、クビにするからね』
開口一番そう言ったあと、そのまま去っていったのだった。
というわけで、不真面目代表ライラさんと、隠れ身代表ユノさんもこうやって真面目に……? 訓練に参加してるわけだけ、なんだけど……。
リースさんだけが、どうしても悪循環のループから出られないみたいだ。
盾を構えて目を閉じる、敵の誘導も出来ないし攻撃を避けることも受けることも出来ない。
わかってはいるけど、どうしてもしちゃうみたい。
「リースね、故郷では“いらない子”って呼ばれてたんだ」
「なんか急に重そうな話始めた」
「ユノさん」
横槍を入れるユノさんを窘めて、彼女の話の続きを待つ。ひょっとしたら、目を閉じてしまう理由がわかるかもしれないし。
何かキッカケだけでも掴めるかもしれない。
「ストレニア村はね、おっきな畑があるんだ。村の人全員で耕す大きな畑と、各家に一つずつの小さな畑」
「あー、そういえば農村だって言ってたよね?」
「うん、そう。でもリースは、いつも見てるだけだったの“いらない子”だから」
「その……いらない子、というのは?」
その話は、彼女にとってのトラウマなのかもしれない。
いつものように笑顔を見せるリースさんだけど、その笑顔には色彩が無い。
明るさはなく、ただ日常の笑顔を貼り付けたような……そんな、薄っぺらさがあった。
「何しても失敗するの。畑を耕せって言われたら全然違う場所耕すし、洗濯物を取り込めって言われたら転んで全部泥だらけにしちゃうし、指示されてそのとおりにしようとしても全然うまくいかないの」
「あー、あったね。熱々のスープを運んでたら転んで全部こぼしたり」
「……うん、あれは熱かった」
「だねー。火傷しなかったのが救いだったよホント」
「……あ、あははは……ごめんね……?」
そんなことあったんだ。私が来る前の話なのかも?
ライラさんもユノさんも特に気にしてる風は無いけれど、リースさんの笑顔はますます陰る。
……私はリースさんしか知らないし、生まれ故郷の村には家族もいるだろうから、あまり悪く言いたくもない。
“いらない子”と呼ばれるまで、幾度となく失敗を重ねてきたのかもしれない。やむにやまれずそう呼ばれ出したのかも。でも……。
彼女に、そんな引きつった笑顔は似合わない。
そう思ったら、思わず私は足を進めていた。
リースさんの傍に歩み寄り、そして……。
「にゃ……にゃに?」
「リースさんは、おバカなだけです」
「にぇ?」
両方のほっぺたをぐいっと左右に引っ張る。
「おバカでドジで空気が読めなくて声が大きくて」
「ヴィ……ヴィーナ、ちゃん……?」
「お風呂の時に体を洗ってから、って言ってるのに聞いてくれないし、掃除の時は上からって言っても床の掃き掃除から始めるし、盾構える時に目を閉じちゃうけど、でも……っ!!」
「な、なんかお口悪くなったね……ヴィーナちゃん……?」
「だとしたらライラさんの所為です」
「なんかアタシに飛び火したんだけど」
「自業自得」
でも、そんなことは問題じゃない。
ギュッとリースさんを抱きしめていた。
「でも、私たちにとって“いらない子”なんかじゃないです。家を明るくしてくれるムードーメーカーで、いつも誰かを気にしてくれてる優しい人で、この家には絶対に必要なんです」
「……ま、そうだねー。アタシみたいなズボラにも無条件で優しくしてくれるのはリースちゃんくらいだよ」
「わかってるなら直せばいい。……でも、リースがいなくなったらシルフィが悲しむ、きっと」
「みんな……」
耳には届いた。けど心に届いたかはわからない。
でも今回もし届かなかったのなら……。
届くまで、何度でも何度でも。リースさんがもう嫌だって言うまで……言い続けるんだ。
「目を閉じちゃうくらいなんですか。その時はお尻に矢が刺さって涙目になればいいんです」
「それはちょっと嫌なんだけど……?」
「なら目を閉じないように努力しましょう。一朝一夕じゃ無理なら、一年かけましょう。一年じゃ無理なら十年です」
感情論だっていうのはわかるし、最終的な決定権はシルフィさんにある。
でも、この傭兵団を諦めて欲しくない。故郷で“いらない子”と呼ばれたのなら、ここで“必要な子”になってほしい。
傭兵団に来てすぐ、優しくしてくれたのはリースさんだ。だから……。
「私は諦めません。絶対にリースさんの手を離したりしません」
「ヴィ……ヴィーナちゃん、ありがとう……ぐすっ」
「絶対にまずは体を洗ってからお風呂に入ってもらいます」
「……結構気にしてるんだね、それ……」
「当たり前です、お湯が汚れちゃいますからね」
少し冗談を交えて、湿っぽい空気を振り払うようにしてみる。
……とはいえ、言っている内容は冗談じゃないけれど。
「……うん、ありがとうみんな。リース、もっと頑張ってみる! 今日無理なら明日出来るように、日進月歩の気持ちで頑張るね!」
「頑張れリースちゃん。キミが頑張ったらアタシはもっとサボれるようになるからねー」
「わたしの矢は、いつでも貴女のお尻を狙ってるよ」
……そして、数日後。
中庭には向かい合ったリースさんとライラさん。お互いに自分の得物を持って睨み合う。
ライラさんが振り上げて下ろそうとする時……!
目を閉じそうになるのをグッと堪え、そして……。
「今です、避けてください!」
「ん……っ!!」
下唇を噛み締めながら、後ろに大きく飛び退った。
ライラさんの攻撃は空振り。それは……リースさんが成長したという証でもある。
「えっへへー!!」
私に向けて満面の笑顔とVサイン。
「……あはは」
成長した彼女に向けて、私もVサインを返す。
……うん、やっぱり彼女にはああいう笑顔の方が似合ってる。
心から、そう思う。
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