9.コスモス(5)
その頃、アーネはデビンの部屋にいた。ウィリアムス家を捜索しに向かうと聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。彼女は相当憔悴していた。
「大丈夫だ。お前には何の害もない」
「分かってます。それでも不安で仕方ないんです」
「弟はちゃんとここに連れてきてやる」
デビンがしれっと言った言葉に、アーネは目を丸くした。
「ハモン……弟を助けてくださるんですか?」
「ああ。私が兵を出す前に、ディアンが言っていた。それが無かったら危なかったな」
それを聞いて、アーネの目から涙が溢れた。デビンは彼女の肩をさすって、呟くように言った。
「今日でいろいろ変わる。ディアンも何か動いてるはずだ」
「変わる……」
「そうだ。君のその苦しみも、きっと良くなる」
アーネは今までの辛かった日々を思い出した。やりたくもないのに、家のために城に入れられた日。隠していた身分がいつのまにか伝わって、したくもないのに昇進した日。絵を描きたいと思っても、筆を取ることも諦めるほど忙しかった日。
アーネは切に願った。
「心から毎日を楽しめたら良いですね」
「ああ、そんな日も遠くない」
デビンも優しく頷いた。
執務室では、国王がディアンの絵を見た日のことを思い出して感慨深い気持ちになっていた。ディアンはそれを見て、優しく尋ねた。
「単純に、初めて僕の絵を見た時、どう思っていたんですか?」
「そうだな……」
ボルナトは珍しく言葉に詰まった。
「上手く言葉に出来ない。けど、私の目にはこの世で一番美しいもののように映った」
ディアンはそれを聞いて照れるわけではなかった。むしろ表情は変わらない。
「そうでしたか」
するとディアンは絵を指さして、話し始めた。
「では、なぜこの絵に陛下が心を動かされたのか、自分なりに説明いたします」
「ほう」
ディアンは人差し指を絵の右端に持ってきた。
「この花は、もうすでに枯れてしまっています。左側にもありますね」
「本当だ」
「あと奥の方には、折れてしまったコスモスもあります」
ボルナトはそれをひとつひとつ確かめて、唸った。
「これは君が見たのか?」
「ええ。陛下が実際に畑に来たときも、同じ所にあったと思います」
ディアンは両手で絵を持った。その顔はコスモスを愛でるようだった。
「僕は、この絵に一つも嘘をつきませんでした。汚くても、折れていても、ありのままを残していました。たぶんこのコスモス畑が全部枯れていたとしても、僕はそれを描いたと思います」
「対象に嘘をつかない。だから綺麗なんだな」
ディアンは大きく頷いた。
「そういうことです」
ディアンは傷つけないよう静かに絵を自分の後ろに置いて、国王の目を見た。
「僕は、この城の人が、これ以上嘘をついて働くのを見たくないんです」




