9.コスモス(4)
おそらく城内のほとんど全ての人が、国王が皇太子に叱咤したことを知っているだろう。ディアンもそのうちの一人だった。
ディアンはひどく躊躇った。今、欄を埋めた契約書を渡しに行くのが良いのか、そうではないのか。
しかし、今だろう。今、こんなにも国王は自分の政治について考えている瞬間は他には無い。自分の治めるこの国を心から想っている時間は、この瞬間だけだ。それを逃すことはできまいと、ディアンは執務室に走った。
ディアンはいつも通りノックをして、部屋に入った。
「なんだ、ディアン。今私の機嫌が最悪だということは分かっているだろう?」
「それは承知しております」
いつもと違って国王は足を組んで座っていた。その威厳はいつもよりも強く、圧倒されるように感じた。ボルナトは手に持っている紙を見て、すぐに察した。
「契約の話なんだな。分かってる。そこに置いておきなさい」
「あのっ!」
ディアンは緊張のあまり声が裏返っていた。国王はそれに少し笑ったが、気にせず続けた。
「こんな機会ですから、話したいことがあるのですが」
「後にしてくれるか?」
「いえ、今です!」
ディアンはこの機会を逃したくないと、蛇のようにしつこく回った。
「もう、ならしょうがない。少しだけなら構わないぞ」
「ありがとうございます」
ディアンは執務室の外に置いてあった、コスモスの絵を持ってきた。さっき、模写した昔描いた作品だ。
「これは……」
「陛下、覚えていらっしゃいますよね?」
「君が私に見せてくれた、初めての作品だな?」
「その通りです」
ボルナトは額縁の外側を両手で持って、懐かしさを噛み締めながらそれを見た。
「懐かしい……」
♢♢♢♢
それは前の宮廷画家をクビにした直後のことだった。誰かその職に見合う画家を見つけたいなとぼんやり考えていた。宮廷画家の絵は国王の私生活を豊かにするためだけではない。政治を豊かにするためにも、つまり外交の切り札としても存在している。
前の宮廷画家は人物画ばかり描いたが、部屋に飾り終わったあと、他の国の貴族に渡すときに、あまり喜ばれない。特にペルカの王にはそれが顕著だった。
国内では人物画を人気にさせた。国王自身の手によって。これで、花の絵を国として回収しやすくなったと、ボルナトは安堵していた。
ある日、コスモス畑の周辺を馬で移動していた時のことだった。前を走るケレルが突然馬を止めた。
「陛下、とんでもないものを発見しました」
「なんだ」
ケレルが指した先には、まるでコスモス畑をそのままコピーしたような絵が置かれていた。
「誰だ。これを描いた画家を呼んでこい」
すぐに指示をして、見入っていた。仕事とか、外交とか、身の回りにあるものを全て忘れてしまうほど、惚れ込んでしまった。




