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13.洗濯

 月曜日の朝。

 普段より早く起きた。益子さんは六時には起きるので、五時に起きた。


 エプロンをつけて、洗濯室に向かう。

 『蔵』のように鍵がついていないのは、昨夜の内に確認済だ。


 洗濯室はお風呂場の横にあって、洗濯物が入った籠は、すでに運び込まれていた。


「これを洗濯機に入れて、スィッチを入れればいいのでしょう?

楽勝じゃないの」


 私は決して、新堂家のよき嫁になりたくて頑張っている訳ではない。

 ただ、人間として最低限のことを習得したいのだ。


 洗濯籠は予想以上に重かったので、中から衣類を何枚か取り出さないといけなかった。


 その前に、自室から持って来た自分の洗濯物を入れる。

 私は未だに自室に併設されているお風呂場を使っていて、家族用の大きなお風呂は使わせてもらえないからだ。

 普段は久保田さんが回収して洗ってくれるのだ。


 今日、私が一人で洗ったと知ったらビックリするだろう。


 ほくそ笑みながら、籠から衣類を引っ張り出す。 

 

 湿ったタオル。黒い靴下。白いワイシャツ。

 益子さんのものだと思われる、ハイビスカス柄のムームー。

 それから、これまた派手な布……を、洗濯機に投入しようとした時、叫び声が聞こえた。


「何やってるの!!!」


 いきなり大声が聞こえたら、誰だって驚くが、それまで甘く蕩ける声か、普通の声しか聴かせてくれなかった幸太郎さんの声だったので、さらにだ。



「お……はようございます」


「じゃなくって! 何をしてるかって、聞いてるの!

言ったよね? 洗濯はしないでって!!!」


「洗濯くらい、出来ます!」


「そうじゃないの!」


 大声で言い争ったせいで、益子さんが起きてきた。久保田さんもだ。


「何を朝から喧嘩しているの?」


「母さん! 雪花ちゃんが勝手に洗濯をしようとしてる!

嫌な予感がしたから気を付けていたら、案の定、これだ!」


 まるで私が家宝を盗もうとしているみたいに母親に報告するのね。

 うちのものを勝手に持って行ったのは新堂の家じゃない。

 私は盗もうなんかしていない。綺麗に洗ってあげようとしているのに。


「まぁ、熱心ねぇ」


 益子さんが微笑ましいとばかりに笑った。

 誤解しているみたいですけど、私はいい嫁になるために、こんなことをしている訳ではありませんから。


「笑ってる場合じゃないですよ」


「益子さんだって、賛成してくれているみたいですよ。

私が洗います!」


 ちょうど手にしていた布を奪われない様に、ぎゅうっと握った。


「―――っ! 雪花ちゃん……お願い、それ、離して」


 ここまで動揺する幸太郎さんは珍しい。

 ちょっと面白い。


 しかし、その優越感も次のセリフで、大きく変わった。


「それ、俺の……パンツ……だから」


「きゃあああ!!! いやだ!!!」


 思わず、放り投げてしまった。


「だから言ったのに! 洗濯はしなくてもいいって!」


「やだ、もう、お嫁にいけない!」


 男の人のパンツを握りしめるなんて! 汚らわしい!!!


「大丈夫よ。雪花さんは幸ちゃんのお嫁さんになるんだから」


「母さん!!!

大体、君、いくら世間知らずだからって、男のパンツくらい見た事あるだろう?

父親が健在なんだから!」


「幸ちゃん、式部家の旦那さまはふんどしなのよ」


「はぁ!? 何それ? いつの時代だよ!」


 私の代わりに益子さんが答えてくれ、そして、その内容に、幸太郎さんの目が見開かれた。


「そうでもないみたいよ。

お父さんがね、式部の旦那さまに勧められたの。

それで、ええ、母さんもちょっと困ったんだけど、でも、ほら、式部の旦那さまのお勧めだからどうしても、ってお父さんに言われてね。

デパートに買いに行ったら、今はクラシックパンツっていう名前でいろんな柄のが売っていてね。

健康にもいいらしいから、買っていく人も多いんですって。

だから、ほら、ふんどし」


 洗濯籠の中から、父のものとは違う、派手な柄のふんどしが現れた。

 この家の人って、下着が派手なのね。


 それを見た幸太郎さんは、ふんどしよりも気になることを見つけたようだ。


「……まさかと思うけど、父さんや俺のと一緒に雪花ちゃんのし……洗濯物洗ってなんかないよね?」


「え? 洗ってるわよ」


 ごく当たり前のように言った母親に息子は顔色を失った。


「どうして! なんで分けないの!?」


「分けろですって!? お母さん忙しいのよ。

それでも、タオルと色柄ものは分けて洗っているの。

それ以上、分けるなんて、手間だし、電気と水の無駄じゃない」


「うちは金持ちになったから、光熱費のことは考えないで下さい!

それに、久保田さんもいるでしょう?

フラダンス踊ったり、ハワイアンキルトをしたりする暇があるんですから、洗濯一回分増えても平気でしょうがっ!」


「……ひどい! 幸ちゃん!!!」


 ひどい、幸太郎さん。

 益子さんの楽しみを暇つぶしみたいに言うなんて。

 さすがに幸太郎さんも言い過ぎた気が付いたようだ。


「母さん……ごめ……」


「光熱費の問題じゃないの! 地球の為なのよ!!!

限りある資源を大事にしないと、大変なことになるんだから!

私は、それに加え、水の汚染を最小限にするために、石けんで洗ってるのよ。

幸ちゃんはそんなことも知らないでしょう。

毎日、汚れた服を籠に入れれば綺麗な服が出てくると思ってるんだから。

男の子って、嫌だわ。小さい頃は可愛かったけど、大きくなったらむさくるしくなるばっかりで、全然、可愛くないの。

母さん、ずっと女の子が欲しかったの。

雪花さんが来てくれて、うちの中が華やかになって、本当に楽しいわ!」


 欲しかった女の子に怯えまくっていた女性は、すっかりいなくなってしまった。

 これが本来の益子さんなのかしら?

 幸太郎さんもたじたじだ。

 けれども、引かない。

 一体、何を拘っているのか、全く分からないわ。


「でも、これからは分けて下さい!

実の父親の洗濯物だって、一緒に洗われるのが嫌な年頃の女の子なんですよ!

他人のおっさんと同じ洗濯機に入れられるなんて、嫌に決まってる!

ねぇ? 雪花ちゃん!?」


 ですから、何が駄目なのか、私には分かりませんって。

 益子さんも気にしていないということは、世間の常識から外れてもいないはず。


「うちでは洗濯はすべてクリーニングに出していましたから」


 幸太郎さんが脱力したように膝をついた。


「幸太郎さま。

雪花お嬢さまはそのようなことをお気になさる方ではありません」


「俺のパンツは触りたくないのに?」


「それはそれ、です。

洗ってしまえば、綺麗じゃないですか」


 問題はそれを投入する時は、掴まないといけないってことなのよね。

 うーん、手袋でもはめる?


「そうよ! 私の源一郎さんをばい菌みたいに言って!

一緒に洗って欲しくなかったら、幸ちゃんの分は、幸ちゃんが洗いなさい」


「そういう意味じゃないんですって……」


 自分のパンツ、しかも使用済みを握りしめて、何を落ち込んでいるのだろう、この人。


「奥さま? 石けんで洗うのはコツが必要です。

雪花お嬢さまには、もう少しじっくりとした時間に……」


「そうだったわね。

残念だけど、合成洗剤と違って、コツが必要なの。

だけととてもエコなのよ。

今日は干すのだけ、手伝ってね」


 幸太郎さんはスィッチ一つで出来るって言ったのに……益子さんの言う通り、彼もよく分かってないんだわ。

 ふん、だ。


 それに益子さんが洗濯機を覗いて言った。


「あら、これじゃあ、駄目よ。

うちではタオルと色柄物は分けて洗っているの。

他の衣類に色移りしたり、繊維がついちゃうからね」


 手早く、先ほどいれた洗濯物を出される。


「あとね、これは洗濯ネットに入れて欲しいわ」


 決まり事が次々出てくる。


「難しいじゃないの! また私を騙して!」


 思わず幸太郎さんに非難してしまった。


「ああ、俺の簡単という定義と雪花お嬢さまのそれには大きな隔たりがあったようだ。

お詫びして訂正するよ」


 何よ! 自分の下着を握りしめた人に嫌味くさく言われたくない。


 そう怒っていたら、益子さんが私に何か差し出した。


「それと、ブラジャーは手洗いが基本よ。

型が崩れちゃうの。

別にしておいてね」


 きゃああああああああああ!!!!


 奪うように益子さんの手から、自分のブラジャーを取り返すと、幸太郎さんに見えない様に胸元に抱いた。


「……?

雪花さんは幸ちゃんのお嫁さんになるんだから、そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」


 益子さんは不思議そうだけど、私たちは愛し合って婚約した訳ではない、ただの偽装結婚組なのだ。

 押し倒されたりもしたけど、そういう関係はない。断じてない。

 

 そうよ、幸太郎さんは私のこと好きじゃないんですもの。

 無能っぷりもさらけ出したし、これはそろそろ二回目の婚約破棄の日も近いかもしれない。

 嬉しいわよ?

 ただ、無能という理由で婚約破棄はどうかしら、ね?



 とりあえず、幸太郎さんには謝っておこう。


「勝手なことをしてごめんなさい」


「分かれば……いいよ」


 拗ねたような幸太郎さんは……大きくなっているけど、可愛い男の子に見えた。

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