第8話 ライブハウスに突入せよ(マルビ、名前だけでも覚えて帰ってください)
「じゃあ、見させてもらうよ千尋ちゃん」
「はい……」
◇ ◇ ◇
退魔の巫女は同じ巫女の見たものを一時的に覗き見ることができる。もちろん相手が許可した場合だけ。強敵と対峙してなんとか撤退できた時なんかには、情報共有に便利らしい。他人の記憶を見るの、あんまり好きじゃないけどね。
今は仙ちゃんと一緒に千尋ちゃんの手を取って少し前の現場を読み解いてる最中。なんていうのかな、相手の意識に潜るって言えばわかる……?
一瞬の暗闇を通り抜けて、記憶の視界は千尋ちゃんと重なる。多分巡回中だったんだろうね。
気づいた時にはチームを組んでいた女の子は吹き飛ばされて、千尋ちゃん自身も謎の力で身体が動かなくて…………必死に身体を動かそうとしている中で、目の前の女の子の背後に金髪の男が組み付き、そして……首筋に噛みついた。
『ち、ひろ…………にげ、て…………!』
『だめだよ…………動いて…………動いてぇッ――――!』
『ハハハハハ! やはり巫女の血は良い! よく見ておけ、貴様ら巫女はオレの食事だ!』
見た目だけは二十代前半くらいかな。黒いTシャツに黒いスキニー。
顔立ちは整ってるけど、全体的に白い。あと笑い方がキモい。女の子から血液を吸いつくしてるのに、男の身体から黒い靄が出てきてさらに女の子を嬲ってた。
食事に満足したのか、男は千尋ちゃんを放って消えていった。
◇ ◇ ◇
「……今のが巫女喰らい」
「うん、覚えた。それとごめん千尋ちゃん……頑張ってたんだね」
「は、は…………ぃ」
ようやく心が緩んだのか、千尋ちゃんはその場で気を失ってしまう。咄嗟に受け止めると小さな呼吸が聞こえる。
「ありがと千尋ちゃん」
「急いで似顔絵を共有するわ」
「私が描こっか?」
「美術は1でしょ、こっちでやっておく」
2なんだけど……ま、いいや。仙ちゃんの方が絵描くの上手いし。太陽下で活動してた謎は残ってるけど、ひとまず千尋ちゃんを親友に預けて私は私で行動しますか。
「……悪かったわね」
「仙果お嬢様は気苦労が多くて大変ですわねー。私は適当にぶらついてみる、進展あったら教えて。じゃあね〜」
昨日の今日でまたまたお仕事です。
さーてと、警察に情報が回るまでお散歩かな。
◇ ◇ ◇
夕方になっても連絡はなくて、仙ちゃんから電話が掛かって来たのが午後七時。千尋ちゃんの記憶で見た情報を共有して市内の監視カメラ、警察と巫女による捜索の結果で位置特定に成功したってさ。対魔の巫女だけじゃこうも簡単にはいかないのです、まさに警察様々。
「早かったね見つかるの」
「まるで見つけてくれと言わんばかりの写り方だったわ」
仙ちゃんからプリントされた監視カメラの写真を渡される。繁華街の映像に千尋ちゃんの記憶にいた金髪が確かに写ってる。一目見ただけじゃわかりにくいけど、周りの人間より顔は白い……っていうか青い。
「それで、この吸血鬼がここにいるの?」
「最後に入った建物はここのはずよ。知ってるの?」
「知ってるも何も、昨日来たし」
警察の異形対策課がすでに建物の周りを囲んでる。ホントは中の人たちにも連絡したいけど……繋がらないみたい。中が盛り上がっててコールが聞こえないだけならいいんだけどね。
場所はライブハウス『ブラックボックス』。
四角く黒い外観は何のお店かよく分かりにくい。分かるやつだけ入れと建物からシャウトしてるぜぃ。何を隠そう昨日行こうとしていた『マルチビタミン』のライブ会場! 入口の看板を見てみれば、見慣れたバンド名があるではありませんか。
「なぬっ、今日もマルビのライブあるーっ⁉︎」
「……なに、そのマルビって?」
「マルビっていうのは正式バンド名を『マルチビタミン』って言って邦楽ロックバンドなんだボーカルのビタミンCギターのビタミンDベースのビタミンAにドラムのビタミンB2の四人組なんでマルチビタミンって名前なのかはリーダーでボーカルのビタミンCが栄養はちゃんと摂ろうねっていう曲のイメージからは想像できない真面目な考えとかでバンドメンバーの食事もボーカルが毎日作ってるんだってしかも何がすごいってその料理がSNSでバズって」
「ストップ……! すごい熱ね、いい歌でも書いてるのそのバンド?」
「いや、全然」
おっと、お仕事お仕事。私のマルビ熱はまた今度ね。語ったら2章中盤になっちゃうから、今日は名前だけ覚えておいてマルチビタミン。あーぁ、マルビのライブゆっくり聞きたかったなぁ。
「ん? ……よく見なさいよ、その栄養素バンド欠席だって」
「え⁉ マジだ」
マルビの文字だけで興奮してしまったね。もう一回見直したら矢印が引かれて『ビタミン不足によりキャンセル』だって。どんな理由? 代わりにガールズバンドが急遽出演になってるみたい。
「まぁ……マルビに何かあっても嫌だし」
「そのバンドへの情熱はなんなの……?」
「あ、あの……」
ちらっと振り返れば、私と仙ちゃんの後ろで千尋ちゃんが狼狽えていた。あの後しばらくして、千尋ちゃんは目が覚めたらしく、手伝いたいっていうから同行してもらってる。仙ちゃんいるから大丈夫だと思うけど、本人の意思で来たならもう何も止めないよ。めんどいし。
「戦闘前なのにいつもこんな感じなんですか…………?」
「まぁね、変に黙っても意味ないし」
私はいつでもマジメのつもり。いやホントに。やっぱり変かな私達。
「私達って言うのやめてくれる?」
「友達甲斐がないんだから…………さて、千尋ちゃん? 千尋ちゃんにとって相手は格上、ならできることは?」
「中のお客さんの避難、ですか?」
「正解。標的が暴れた場合には民間人の保護、避難優先でね。ま、お客さんが生きてれば…………だけど」
復讐できるならさせてあげたいけどね、経験者としては。でもさすがに未来ある巫女を無駄死にさせらんないよ。先陣切るのも、吸血鬼を切るのも私の仕事。
「じゃ、突入~」




