第22話 桜散り、吸血乙女は陽に灼けて(ごめんねお姉さん)
「ぁ……ぐっ」
「分身の中でも特に優秀で、実に忠実だった。時代遅れの能力でも、よく仕事をしてくれたものだ」
袖を捲った白シャツ姿に白パンツなんて、吸血鬼のくせにいかにもらしくない格好で悠々としてる。それに淡々とした喋り方がムカつく。服装は清潔感があるのに、髪型は無造作。こっちのことよりも、足もとの分身を気にしていた。
「この強烈な血の匂い…………貴様が本当のヴァルクか⁉︎」
「今では人間がつけた『巫女喰らい』の渾名の方が知られているがな。ヴァルク・イオネスク……正真正銘、オレの名で間違いない」
「ッ────!」
お姉さんが怒りで前へ出ようとする……けど、不意に雲間から差し込んだ日光で退く。ロングスカートのスリットから覗く足が、わずかに焼けてしまっていた。
「やめておけ。匂いで分かるぞ……貴様が『鬼狩り』か。何の恨みがあってか知らないが、太陽に愛されていないお前ではオレには近づけない」
「なん、の…………恨み……ですって…………?」
「ここ何年、各地の分身を壊されたこちらの身にもなってもらいたいものだ…………鬼狩り、なぜオレを憎む? 飼っていた人間でも盗ってしまったか?」
「天崎栞……この名に覚えは?」
「知らないな。人間の名前を覚えるのは苦手だ」
「十年前……喫茶店を営んでいた女性を噛んだ記憶は…………⁉︎」
今にも飛び掛かりそうなお姉さんを前に、巫女喰らいは平然としてる。それどころか、聞かれた内容にわざとらしく思い出すような仕草を見せた。
「十年前? 喫茶店……? あぁ! 不味い巫女の血を飲んだ後に立ち寄ったかな……紅茶が旨かったのはよく覚えている。淹れてくれた人間の女の血も旨かったよ、普段巫女しか食わないからな……雑味のない、いい口直しだった」
最っ低……金髪や白髪の分身以上に、この黒髪は純粋な吸血鬼だ。
混じり気なし、純粋で最悪な感想に、お姉さんの赤い瞳が鋭くなっていく。その目に優しさは、ない。
「貴様ァッ──!」
地面を砕いて、お姉さんは一直線に仕掛ける。吸血鬼としての身体能力に物を言わせた助走で空を裂きながら、黒髪の吸血鬼へ踵を落とす。
「見事な身体の使い方だ。しなやかで美しい……だが、直線的過ぎる」
「黙れぇっ!」
頭なんて簡単に砕けるお姉さんの蹴りを前にしても、ヴァルクは冷静だった。瞬間、白い服から伸びる腕を、ヴァルクは自分自身で切り裂き、血を流す。それはまるで、私が技を使う前のように。
「刃術起動」
ヴァルクの血液が固まり、一本の槍になってお姉さんを迎え撃つ。紙一重で踵落としを躱して、お姉さんの横腹を裂いた。血を使った戦い方……刃術…………あれは、巫女刃術⁉︎
「ぐっ…………ぁ!」
「太陽に愛されず、能力もない同胞に遅れをとるわけもあるまい。また分身を作って壊されても面倒だ、いい加減消えてもらおう」
ヤバい──巫女刃術が使えるなら、あれはお姉さんの天敵! お姉さんが危ない……動け、動け私の身体! 恐怖なんてない、激痛だって関係ない。
「動け、このポンコツがぁっ」
お腹の血を刀に流して、残った力を振り絞る。姿勢は低く地面を滑るように駆ける。チャンスは一回きり、巫女喰らいの意識がお姉さんに向いてる今しかない。
「はぁぁっ!」
血刃を下から振り上げる。けれど、不意打ちで出力の下がった斬撃は、ヴァルクの血の槍に受け止められてしまう。
「動けないよう失血させたはずなのに侮れないな。巫女刃術の使い手は各地で見てきたが…………お前ほどの剣筋はもう何年と見ていない……オレが出会っていないだけかもしれないが」
「そりゃ、どう……も」
切り返すよりも速く、ヴァルクのもう片腕から伸びた血の槍に胸を刺され蹴飛ばされる。
出血が激しい、内臓が裂けてる。巫女刃術の必要経費なんて比べものにならない…………血の物質化? いや違う。吸血鬼による巫女刃術だ。男が巫女って意味不明!
「朝緋、しっかりして……!」
「『あさひ』? なるほど、その小娘の名前か……太陽に愛される退魔の巫女としては、最上の名前じゃないか! なんという巡り合わせだ、やはり太陽はオレに微笑んでいる!」
「洒落じゃないっつう…………ぐッ!」
さっきの不意打ちがジワジワと身体を蝕む。しくじったなぁ……血が止まんないや。分身のおじいちゃんの方で飛ばしすぎた。造血剤も間に合わないかも。
「太陽に愛される吸血鬼はオレひとり…………鬼狩り、お前はここで果てるがいい!」
それはヴァルクの言葉に従うように、空の雲は晴れていく。日の出のオレンジ色の光が、遮るもののない橋の上を照らし始めた。
「あ…………ぁぐ……!」
「お姉さんっ!」
日光の当たったお姉さんの腕が焼けていく。このままじゃ共倒れだ、考えろ……お姉さんの復讐のために、お姉さんが前に進むために、今すべきことは無謀なことじゃない! 時間稼ぎくらいなら、今の私でもできる。
「は…………はッ…………お姉さん、逃げて」
「嫌です。ヴァルクを目の前にして……貴方を独りにはできない!」
「このままじゃお姉さん死んじゃうんだよ⁉︎」
「ですが……っ!」
「私は大丈夫……お姉さんは生き残ることを考えて! あいつに復讐するんでしょ!」
栞さんをあんな言われ方して怒らない方が無理だよ。ホントに好きだったんだよね。でも、今やるべきじゃない。真っすぐな目で訴えると、お姉さんは苦しそうに頷いた。
「絶対に生きて……必ず、お願い…………!」
「任せてよ。遅刻はするけど約束は守る美少女なんだから、私は」
痛みを誤魔化しながら笑って見せると、お姉さんは振り返らずに橋から飛び降りて下の川へ落ちた。そして……本来なら人間に勝利をもたらす時間に、黒髪の吸血鬼は両手を広げて光を浴びる。
「ふむ……分身越しに見ていたが実に奇妙だ。なぜ鬼狩りと退魔の巫女が手を組んでいる?」
「女の子の秘密を明かすわけないっしょ…………もしかして恋愛未経験の草食系?」
「まだ喚くのか、まるで雛だな。よほど死に急いでるらしい……いいだろう、お前は串刺しにしてから血を捧げてもらう」
足元からおじいちゃんが使っていた種を取り上げて、ヴァルクは血の槍の滴を零した。瞬間、種は一気に膨張して芽吹き、植物は無数の血の槍となって私へ迫る。守ってくれる人はいない、守らないといけない人もいない…………いつもと同じ、気が楽だね。
「ふぅ…………」
地面を抉りながら襲い掛かる血の槍。短い深呼吸の後、向かってきたすべての穂先を切り落とす。そしてもう一度、巫女喰らいに踏み込んで、無駄に綺麗なシャツに本気の一閃。咄嗟に防御のために出した腕ごとぶった切って、力が抜けてしまった。
「惜しかったな、不意打ちを躱されていたらオレが負けていたが……やはりオレは愛されている」
なんなの、この痛い奴…………こんな奴にお姉さん、十年も苦しまされてるの…………
失血で視界の色が消えていく。あぁ……ダメかも。こりゃマジで終わった。ごめんねお姉さん。そう終わりを直感した刹那、黒髪の巫女喰らいの身体に、何かがめり込むと、白シャツが赤くにじみ始めた。
「銀の……弾丸…………?」
「可愛い弟子に近づくんじゃねェッ!」
聞きなれたパワハラ上司の声が飛びそうな意識の中でよく聞こえた。
連続する銃声がヴァルクを狙う。けど、出血から新たに展開した血の盾で難なく防いでしまわれた。
「フゥン、微笑んだかと思えば、そっぽを向く。太陽は気まぐれだ、オレに微笑むだけではないとは……だがそれも魅力だ。まぁいい、ここは退こう。今優先すべきは鬼狩りだ」
「逃げ……んな…………」
「オレは逃げなどしない。単に喰らう巫女がいなくなったら移動するだけのこと……鬼狩りを始末したら今度はお前だ…………ではな、太陽の小娘」
目の前の黒髪は大きく跳躍してどこかに消えていった。
「おね…………さ、ん」
助けなきゃ…………お姉さんに血をあげないと。でも……動かないや。
失血と内臓の損傷で身体は限界を迎える。手から力が抜けて、冷たいアスファルトの上に倒れた。空から差す朝日が、ほんの少し、温かい。
「おい! おい朝緋ィッ、しっかりしろ!」
「千尋、救急車を」
「は、はいっ!」
薄れていく景色は、まるでお姉さんに吸血された時と同じように意識を消していく。何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も味わった中で、一番深くなりそうな眠り。求めてはないけど、どこかで望んでたものが近づいているのが分かった。
そして私は、闇に落ちる。
あぁ…………今回のはヤバいね。お姉さんには悪いけど、やっと……やっとだ、やっとだよ夕緋。
やっとこれで……お姉ちゃん、死ねるかも。




