第17話 吸血鬼は休ませない、私は休めない、お姉さんは眠れない(退魔の巫女、ブラック労働の実態に迫るッ!)
警察を飛ばして直接真澄ちゃんに連絡すること数十分後、お巡りさんや仙ちゃん達と一緒に現れた上司が現場検証を開始した。
私? 帰ろうとしたら一番重要な人間だから立ち会い中。
「なるほど……街中で不審な男を追いかけたら巫女狩りヴァルクだった、と」
「能力は植物操作、マンドレーク……とか言ってたかな? 複数人で対処しないとヤバいと思うよ」
「お前が巫女刃術まで使ったってことは相当だな……んで」
不意に、真澄ちゃんが私の首に腕を回す。今回は素早く締められ、見事なヘッドロック。
「自宅待機っつってた朝緋ちゃんはなぁんでぶらついてんだぁっ⁉︎」
「ぐぎぎぎぎ──!」
すっかり忘れてた。お姉さんと一緒にいてテンション上がりすぎてましたねこりゃ。
「噛み痕も戻ってない状態で巫女刃術までやりやがって……死んだら元も子もないだろ」
「へーきへーき。血炎程度じゃ失血しないってば」
「……で、情報通りだったんだな」
真澄ちゃんと仙ちゃんには巫女狩りヴァルクが植物を操る光景だけ共有しておいた。お姉さん見せたらアウトだからね。
「植物やその種に血を吸わせて意のままに操る能力は聞いたことがある。コンクリートをぶち抜くってなると、場所を限定しても無駄そうだな」
「あとは私に興味持ったみたいだから、そのうちあっちから出向いてくれるんじゃない?」
なはは、と笑ってたら首を締める力がさらに増した。手加減抜きで落としにかかってきてるぞこの人っ!
「おーまーえは! なんでそういう大事なことをすぐ言わねぇんだッ⁉︎」
「いいいいまいったぁぁぁぁぁぁ」
「事後報告は朝緋の得意技ですよ、真澄先生」
ようやく締め技から解放されると、現場検証に立ち会っていた仙ちゃんと千尋ちゃんがやってきた。ちっひーしっかりお仕事中だね。
「マークされたなら好都合よ、朝緋。ワタシ達と組みなさい」
「んー? ……まぁ、それはいいかな」
「また一人でやるつもり?」
「だって私に興味あるって言っただけですぐ襲うなんて言ってないし。今日吸血できなかったから、他所のとこ行くかもだよ? 仙ちゃん私と寝るぅ?」
「な、なんでそうなるのよ⁉︎」
「二十四時間守ってくれるんでしょ〜ぉ? 久々に枕投げしようよぉ~」
「冗談……あんたの寝相に付き合えるわけないでしょ」
「仙果さん、一緒に寝なくてもいいんじゃ……?」
千尋ちゃんの冷静なツッコミで、仙ちゃんが固まっちゃった。久々にわなわな震える姿見られたかも。
「せっかく狙ってくれるんなら巻き込まない方がいいでしょ。いつも通り、ひとりで大丈夫だって」
「朝緋……」
「それに、他の吸血鬼が出てこないとも限らないしね! 真澄ちゃん、術使って疲れたから帰っていい?」
「……分かった。無理するなよ」
必要以上に言わない先輩は助かるね。ひとりの方が気を遣わなくて済むもん。
◇ ◇ ◇
玄関を開けて、明るいことにホッとする。いつもの言葉は相手に向けて。
「ただいま~っと」
「おかえり朝緋」
夕方になって帰ってみると、お姉さんがまたエプロン姿で出迎えた。安心したような表情がまたなんとも……新妻感というか。どうしてこんなに色っぽいんですか。むしろここからR指定?
「現場は大丈夫でした?」
「うん。ヴァルクについても共有したけど、お姉さんのことは言ってないよ」
「そう……ありがとう。お風呂が沸いてるから、先に入ります?」
「そうする〜」
あ~家に帰ったら全部やってもらってるってありがたぁい。一人暮らしの面倒なとこがお姉さんに消されていくぅ。
濡れた身体を湯舟で温めていく。お湯でしみると思っていた、巫女刃術による左手の傷は、既に傷口も消えて治っていた。自傷行為前提の巫女刃術を使う退魔の巫女が少ない中で、遠慮なく術を使えるのもこれが理由。痛いからやりたくないけどね。羨ましがられることもあるけど、それだけ現場に駆り出されるからあんまり良いとも思えないんだよなぁ…………
「ふぃ~いいお湯でした」
「じゃあ、ご飯にしましょうか」
「うぉ、でっか…………!」
テーブルには大きめのハンバーグ(目玉焼き付き)。ごはんに野菜スープまでついてビタミンもばっちり。お腹はすでに臨戦態勢!
「いっただきまーっす!」
「ふふ、焦らず食べてね」
お昼前のスイーツなんてなかったですよと言わんばかりに箸が進むこと進むこと……もうお姉さんの料理なしの晩御飯は考えられないねぇ! タンパクタンパク、炭水化物、タンパクビタミンタンパクビタミン……おかわり挟んでハイ完食。ごちそうさままで30分もかからなかったよぉ。
「はぁ~お腹いっぱい、幸せ。お姉さんの料理大好き」
「ふふ、作った甲斐があるものです」
戦いの後にお買い物行ってくれたのかな?
試しに冷蔵庫を見てみると、自分のそれとは思えないほど食料品がぎっちり入っていた。
「たくさん買いましたから、安心してくださいね。栄養補助食品はほどほどに」
「はぁ~い」
いっぱい買ってきてくれたんだ。
…………戻って来られるか分かんないから、あんまり中に残したくないんだけどね。お姉さんの好意には甘えとこっかな。
夜になるにはあっという間で、気づけば自然と二人でベッドに寝ていた。
明日からまた巫女と学生の並行……やっぱブラックですなぁ。ええと、明日の授業って何だったかな。綾ちゃんに授業のことも聞かないと……
「ぐっ…………ぅ…………っ」
「お姉さん?」
深夜も近づいた頃、お姉さんのうめき声が聞こえた。私に背を向けるようにしていたから覗き込んでみると、両手で身体を抑えて歯を食いしばってる。
「だ……大丈夫?」
「心配ありません……久々に好きな人の血を飲んで…………昂ってるだけですから」
「……大丈夫じゃないじゃん」
そりゃ十年我慢してたんだから、1~2回血を飲んで満足できるわけないよね。昼は壁ドンしといて、夜は気遣いの鬼かっての。まぁ吸血鬼ではあるけど。
「少し我慢していれば収まりますから……気にしないで」
「いやいや気にするってば」
隣で美人のお姉さんがハァハァ言ってたらドキドキしちゃうよ。いろんな意味で。それに……協力するつもりで一緒にいるんだから、頼ってほしいよね。
「飲む?」
一杯どう? くらいのテンションで問いかけてみる。身体を起こしてこっちを見たお姉さんは、少し考えた後に視線を逸らした。
「……いいえ、やめましょう。昨日も頂いて、午後は戦闘で自傷、今夜も飲んだらあなたは……」
「大丈夫。お姉さん、まだ足りないんでしょ? ご飯作ってもらったし、いいよ。いっぱい食べて血も作れただろうし!」
どっちにしたって、死なないと思うし。
お姉さんが万全じゃないと、復讐だってうまくいかないでしょ?
「……でも」
「──私が飲んで欲しいの。だめ?」
赤い瞳が暗い部屋で輝いていく。ホントに宝石みたいにキラキラしながら。お互いにじっと見つめるだけで、何も言わない。小さく笑って見せると、お姉さんは起き上がって私を見下ろす。胸は少し高鳴って、顔が熱いけど、きっとお姉さんには見えてない……と思う。見えてたら恥ずい。
「……………………ありがとう」
そしてお姉さんの牙は、私の首筋に残る噛み痕を抉る。
本能に従った、力任せのものじゃなくて……吸血鬼らしくない、優しい吸血。一気に啜らず、ゆっくりと、私の息遣いを気にしながら……お姉さんは必要な分だけ、私から血を飲んでいく。
「ぁ………………あぁ…………ッ!」
力が抜けていき、そして意識は薄れていく。
少しずつ癖になっていくその感覚は、疲れた身体を眠りに落としていった。




