【61】 キスでクレーム?
由夏「坂口さんのシャンプーが良い香り」
大輔「小竹さんも」
由夏「『由夏さん』と、呼んでもらってもいいかしら」
大輔「それなら、私も『大輔さん』でお願いします」
由夏「わかりました」
大輔「なにか、仕事みたいですね」
由夏「ふふふふふ」
大輔「へへへへへ」
由夏「念願が叶ったわ」
大輔「それなら、良かった」
由夏「キスが下手でごめんね」
大輔「それは、私もだと思います。不慣れなもので」
由夏「いいえ。ねぇ、もう一度」
由夏は恥ずかしかったが、言ってみた。
大輔「はい」
大輔が唇を寄せて行った。由夏はうっすらと唇を開いた。
『カチッ』今度は、歯が当たった。
由夏「ごめん。私の不手際で申し訳ありません」
大輔「こちらこそ、ご無礼しました」
由夏「クレーム対応みたいね」
大輔「癖ですね」
由夏「ふふふふふ」
大輔「ははははは」
由夏「なんでも練習ですよね」
大輔「そうです、練習ですよ」
由夏「たくさん練習しましょう!」
大輔「はい」
小竹由夏、34歳。坂口大輔、28歳だった。
◇
2週間後。
小竹由夏と坂口大輔の2回目のデート。前回とまったく同じコースでデートした。今度は、大輔も家を出る時からマスクをした。
由夏のマンションから。30分ほどのドライブ。
由夏「坂口さんもマスクしてきたのね」
大輔「うん。絶対にばれない方が良いと思って」
由夏「そうよね。絶対に、誰にも知られたくないな」
大輔「いつどこで、誰に見られるかわかりませんからね」
由夏「そうよね」
大輔「しかし、やはり4月は忙しいですね」
由夏「そうね。『離職』に『引っ越し』人の動きが激しいからね。でもここさえ乗り越えれば、あとはなんとかなるわ」
国民健康保険課、保険証発行担当にとって、『離職』と『引っ越し』は、保険証を発行または回収する大きな要因であった。
大輔「『離職』に『引っ越し』も、忙しい原因のひとつですが、その忙しいときに、新規配属職員が二人というのも、毎年のことながらきついですね」
由夏「そうよ、戦力にならないですもの」
大輔「でも由夏さんが頑張っているから、なんとか持ちこたえてますね」
由夏「いいえ、坂口さんこそ、二人分の仕事をしてもらって、ほんと助かってるわ」
やがて車は、この前と同じ、荒川べりのちょっとした駐車場に着いた。二人は、すぐに抱き合った。もはや、そこまでの過程に気を遣うことも気をもむこともなかった。
由夏「こうしているときが、一番いいな~。職場での今日の疲れが消えていく感じ」
大輔「ええ、何もかも忘れて、ほっとしますね」
由夏「ずうっと、こうしていられたらいいのに」
大輔「うん」




