【60】 リクライニングシートを倒して……
30分ほどして、運転していた大輔は、荒川べりにちょっとした駐車場があるのを見つけた。もう、東京都に入っていることは間違いないが、それがどこだかはわからなかった。
大輔「ちょっと休んでもいいですか?」
由夏「どうぞ。運転も疲れたでしょう」
大輔「そうでもないですけれど、ちょっとゆっくり落ち着いて、と思って」
由夏「そうよね。運転しながら話したり、聞いたりじゃね」
駐車場には、まばらに車が停まっていた。近くにはいくつかグラウンドがあるようだ。サッカーだか、野球だかが出来るのだろう。しかし、暗くて二人には良く見えなかった。
大輔は、他の車から離れた位置に駐車した。
大輔「ちょっとリクライニングを倒します」
そう言って自分のリクライニングシートを倒した。
大輔「小竹さんも倒しますか?」
小竹「そうね。でも大丈夫、自分で出来るから」
そう言って、由夏も大輔に合わせる角度でリクライニングを倒した。
大輔「用心のため、ドアロックしますね」
『カチャ』車のドアがロックされた。
小竹「マスクも帽子も取るわ。もう、ここなら知っている人に会わないでしょう」
大輔「ここで、平沼さんとかに会ったらおかしいでしょ」
小竹「ふふふふふ。そうよね」
外は真っ暗で、何も見えなかった。
大輔「落ち着きますね」
小竹「ええ。実はね、今日、人事異動の発表が終わってから、すごい落ち込んでいたの」
大輔「そうだったんですか?」
小竹「でも、それを隠すために、ずうっと下を向いて仕事している振りをしていたのよ」
大輔「振りだったんですか?」
小竹「仕事も手につかなかったし、したらミスしそうで」
大輔「係長でもですか?」
小竹「係長というよりも、女性としてだったのかなぁ。なんかうまく言えないわ」
小竹が、大輔と反対の方向を向いた。
大輔が、その時を狙うかのように、左手で由夏の右手を握りしめた。由夏もそれに応えるかのように強く握り返してきた。
由夏が顔を戻し、車の天井を見始めた。大輔が、上体を起こし、由夏の唇にチョンとキスをした。会話が途切れ、真っ暗で、タイミングが良かった。もちろん、潤平の後押しが、大輔に最大の勇気を与えたことに間違いはなかった。
大輔は帰りの別れ際まで待てなかった。今が最大のチャンスだと思った。そして、何より別れ際まで緊張していなければならないことに、耐えられなかった。ここへ来るまでに、もう、緊張の限度に達し、精神力のほとんどを使い果たしていたような気がした。
大輔は、潤平に言われたとおり、チョンとキスした。今度は、由夏が頭を上げ、強く唇を大輔の口に押しあてた。
鼻と鼻がぶつかった。
今度は大輔が顔を近づけ、由夏の頭をヘッドレストに押し当てた。鼻がぶつからないように大輔が顔を斜めにした。
ずうっとキスしたままだった。二人とも鼻で呼吸し始めた。




