【58】 勝負パンティ、勝負パンツ
大輔「実はな、」
大輔は、20日ほど前のファーストフード店でのことを話し始めた。
話し終わると、
潤平「そうかぁ、それは落ち込むわなぁ。係長、よっぽど坂口さんのことが好きなんだなぁ。前々から僕は感じ取っていたし、僕が言ったとおりだったろう?」
大輔「うん、平沼さんの観察力は大したものだよ」
潤平「だろ」
大輔「自慢しなければ、もっと良い人になれるとは思うけれど」
潤平「ははははは。自慢じゃないさ。わざわざ電話したのは、見ていて係長があまりにも痛々しいから、助けられるのは坂口さんひとりしかいないと思ってね」
大輔「うーん」
潤平「なんだ、喜ぶと思ったのに、返事が重いね。係長のこと嫌いなのか?」
大輔「いや、そんな訳ないさ。嬉しいよ。ただ、こういうの苦手で、どうしたら良いのかわからないだけさ」
潤平「簡単さ」
大輔「えっ? どうすればいいの?」
潤平「坂口さん、車持っているよね」
大輔「うん、あるよ」
潤平「これから係長に電話して、夜のドライブに誘えばいいんだよ。それで、いろいろ話を聞いてあげて、最後別れ際にキスをしてあげれば、明日は係長、いつもどおりに戻っているよ。これは係長だけのためでなく担当職員みんなのためさ。僕、職場の雰囲気、悪いの嫌いなんだ」
大輔「そりゃぁ、みんな、職場の雰囲気が明るい方がいいさ。でも、簡単に言うけれどねぇー、やるのは私だよ」
潤平「前も家でカレーライスを作って食べた時に言ったけれど『頼むから1回だけエッチさせてくれる』って言うのと違うんだよ。たかがキス、しかも、チョンでいいんだよ。ブチューじゃなくて」
大輔「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った!」
潤平「なに?」
大輔「その表現やめてくれ」
潤平「どうして?」
大輔「心臓に悪い」
潤平「うぶなんだなぁー」
大輔「そうだよ」
潤平「お客様からのクレームの方が、よっぽど心臓に悪いと思うけれどなぁ」
大輔「私にとっては、クレーム処理の方がドキドキしないよ」
潤平「僕と正反対だな」
大輔「きっと、慣れの問題だと思うよ」
潤平「『慣れ』じゃなくて、キスに対する考え方だと思うよ」
大輔「それ、どういうこと?」
潤平「坂口さんとか、みんなは『キス』のハードルを高くし過ぎているんだよ」
大輔「高いな」
潤平「僕から言わせれば、棒高跳びのバーぐらいの高さに、みんなしちゃっているんだよ」
大輔「そうだよ。一生記憶に残るぐらいの大きな出来事だろ?」
潤平「それは『キス』の後のことを考えているからじゃないかな? このあとどうしようとか、ひっぱたかれるかな? とか、その先のことに不安を感じているからなんだな」
大輔「ふむふむ。平沼さん『キス』について研究しているの?」
潤平「ははははは。面白いことを言うね。アメリカの家庭みたく、お休みのキスとか、行ってらっしゃいのキスとか、お久しぶりのキスとか、キスをハードルの高さでなく、階段一段の高さだと思えば、なんとも無くなるんじゃないかな?」
大輔「でも、アメリカみたいな習慣が日本にはないからな」
潤平「そう来たか。そもそも、キスって相手の気持ちを和らげるものだろ? もちろん情熱的なものもあるだろうけれど。キスされることで、子供は眠りにつけるんじゃないかな?」
大輔「やはり『キス』について研究しているんだね。大学の卒論が、それだったとか?」
潤平「ははははは。面白いことを言うね」
大輔「どういたしまして。平沼さんほどじゃない」
潤平「とにかく、係長は精神的にかなりまいっていると思うんだ。だからちょっと話だけでも聞いてあげた方がいいと思うよ」
大輔「それくらいなら」
潤平「そして、できればキスを」
大輔「ムリ」
潤平「おぼれている相手に、人工呼吸をすると思えばいい」
大輔「やっぱり、卒論は『キスの研究』だっただろ」
潤平「じゃあな。とにかく電話だけでもしてあげて。僕のお願いだ」
大輔「わかった」
電話を切った。卓球のダブルス同様、息の合うトークだった。
大輔は、電話を切るとすぐに、小竹由夏に電話した。潤平の『お願いだ』という言葉に背中を押された感があった。いまひとつはっきりしない大輔にとって、潤平のその言葉は、ありがたかった。
大輔「もしもし、坂口ですけれど」
由夏「はい、あら、どうしたの?」
大輔「突然すみません」
由夏「いいえ、私は全然かまわないけれど。あっそうか、この前、私が言ったことね。いいのよ、気にしないで、忘れて、すべて忘れて」
由夏は慌てていた、不意の電話に。
大輔「いえ、忘れていません。二人とも異動しませんでしたが、付き合ってみませんか?」
由夏「えっ、いいの?」
由夏の声色が変わった。
大輔「とりあえず、第一回目として、今夜8時から夜のドライブをしませんか?」
潤平のシナリオ通りに言葉を発した。何も考えないで済むので助かった。
由夏「本当に? いいわ。行こう行こう!」
子どもみたいな返事をした。
大輔「では、これから食事して、ちょっと準備するので、8時に係長の家の前に車を着けます。よろしいですか?」
由夏「わかった。楽しみだわ」
大輔「では。そうそう、白い車でナンバーは『25―25』です」
由夏「わかった。じゃあね」
電話を切った。
由夏は、さっきまでが嘘のように元気が出た。8時までの間、冷蔵庫の食料で夕食を取り、風呂に浸かった。
一方、大輔もコンビニのイートインで夕食を取ると、のんびりと風呂に浸かった。場所こそ違うものの、二人のしていることは同じだった。
由夏は風呂から上がると、
由夏「勝負パンティはと?」
大輔「勝負パンツでも履いていくかな?」
やっていることも二人は同じだった。




