【53】「係長、坂口さんに対して本気モードですね」
美浦市役所、国民健康保険課。
小竹由夏係長が電話で謝罪していた。
由夏「大変申し訳ございません。はい。はい。おっしゃる通りでございます。すべて私どもの不手際でございます。今後そのようなことが無いよう気を付けます。はい、はい、すみません。今日の夕方6時に伺います。申し訳ございませんでした。では、失礼いたします」
由夏が電話を切るとすぐに渡辺育美(わたなべ・いくみ・27歳)が、
育美「どうしましたか?」
由夏「お客様が支所に電話で、会社をクビになったから、社保(社会保険)から国保(国民健康保険)に切り替えたいと電話をしたんですって」
育美「それで?」
由夏「支所の職員が『はい、切り替えできます。もし、会社の都合で退職されたのなら保険税は安くなりますよ』と答えたらしいの」
育美「そうですね。『雇用保険受給資格者証』の『離職理由』が『11(解雇)』と、受付職員が確認できれば保険税は安くなりますね。ただし『雇用保険受給資格者証』を必ず持参し、支所の職員に見せないといけないけれど」
歩み「給与所得を100分の30に軽減して、保険税を計算しますからね」
森口歩み(もりぐち・あゆみ・26歳)が、軽減について補足した。
由夏「そう。でも、お客様は『雇用保険受給資格者証』を持参するなんて、ひとことも聞いてないし、辞めた時にもらった源泉徴収票だけ持って保険の切り替えを、支所に手続きに行ったらしいのよ」
育美「それでは、保険税は安くなりませんね。それは、もめますね」
由夏「そうでしょう。支所の職員は、ひとことも『雇用保険受給資格者証』の話をしなかったらしいのよ」
歩み「お客様にとっておいしい部分だけ、職員が話しちゃったんですね」
由夏「ええ、肝心な必要書類を伝えてなかったのよ」
歩み「それじゃあ、お客様も納得しないでしょうね」
由夏「それに輪をかけて、支所の職員が『退職したら雇用保険受給資格者証を持ってくるのは常識ですよ』と、言ったらしいのよ」
育美「うわーっ、最悪! しかも相手は会社をクビになった人でしょう。性格も悪そうだし、心理状態も良くないでしょうね」
歩み「それで、こっち(市役所)に文句を言って来たんですね」
由夏「ええ、そうなのよ」
育美「それで?」
由夏「夕方6時に『お詫びに来い』というから行って来るわ」
育美「大丈夫ですか?」
由夏「うん、坂口さんと一緒に行くから」
育美「坂口さんと?」
由夏「相手が女性なのよ」
育美「えっ! 相手、女性だったんですか?」
由夏「そう、女性。だから、ちょっとかっこいい男性を連れて行った方が丸く収まるのよ」
育美「なるほど、さすが係長ですね」
由夏「坂口さーん」
由夏が坂口大輔を呼んだ。
彼がやってくると由夏は事情を説明した。
由夏「時間外勤務になるけれど大丈夫?」
大輔「はい、大丈夫です。予定は何も入れてませんから」
由夏「悪いわねぇ」
大輔「いえ、とんでもありません。大事な業務のひとつですから」
由夏「じゃあ、時間になったら一緒に出ましょう」
大輔「はい、わかりました」
それを聞いて小竹由夏係長が席を外した。
歩み「小竹係長って『美貌と才能』があるわよね」
大輔「そうですね。仕事の判断力と実行力がすごいですね」
育美「それに比べ私なんか『ビンボーと滞納』しかないわ」
歩み「ははははは」
大輔「ははははは」
業務終了時間の5時15分に、由夏と大輔は、クレームの入った家へと向かった。
国民健康保険課の事務室では、
育美「やっぱりね」
歩み「ですよね」
そこに姫野祐希(ひめの・ゆき・25歳)も加わり、
祐希「係長、坂口さんに対して本気モードですね」
歩み「あのぐらい積極的にいかないと恋愛はダメなのよ」
育美「坂口さんは係長のこと、どう思っているんでしょうね?」
歩み「そこよね?」
育美「ラブラブなんですか?」
そこに平沼潤平が、受付窓口から戻って来た。
潤平「誰が『ラブラブ』だって?」
育美「坂口さんと係長ですよ」
潤平「そうだよね。見ていてわかるよ」
育美「ところで、平沼さんは彼女がいるんですか?」
潤平「うん?」
育美「いる訳ないですよね」
潤平「居ないよ」
潤平にはレンタルビデオ店の店長と言う彼女が出来たのだが、ここでは嘘をついた。育美から変に突っ込まれても困るからだった。
育美「いつから?」
潤平「そうだな、いつからだったかな?」
育美「私と一緒で、もてないんですね」
潤平「大丈夫、そのうちすごい美人が向こうから寄って来るから」
育美「ここにいる私たちより美人が、ですか?」
潤平「いや、あなた方ほどではない美人が、です」
育美「今、なにか無理してません?」
潤平「さて、帰ります」
潤平は『形勢悪し』と判断し、早々に帰って行った。




