【51】 大きな誤解
奈美「えっ! それってどういうことなんですか?」
河津「ちょっと、あちらの戸籍相談窓口までお越しいただいていいですか?」
奈美「はい」
奈美は、550円のお釣りと領収書をもらうと、海斗を連れて戸籍相談窓口に腰掛けた。カウンターの中の係員席には、河津と由利が座った。
由利「社会科見学の日のことなのですが、お子さんを含めたグループは、ちょうど私の所属する税務課に来ました」
奈美「はい」
奈美は真剣に由利の話を聞き始めた。海斗は下を向いていた。
由利「社会科見学のグループは、あそこの税務課のカウンターの前に、集まりました」
由利が、住民課戸籍の相談窓口から15mほど離れた税務課のカウンターを指さした。
奈美「はい」
奈美が税務課の方を振り返った。
由利「全部で20人ぐらいのグループでした。そして、一番後ろに、国民健康保険課のマスコット人形ジョーブ君が立っていました。その、ジョーブ君のすぐ前にお子様が立っていたようです」
奈美「はい」
由利「そのグループの中の伊織ちゃんという女の子が、グループを代表して私に質問をしました」
奈美「伊織ちゃんね。頭の良い子です」
由利「伊織ちゃんが質問して、私と同僚の笹倉が答え終わった時でした」
河津「そこからは、私が話しましょう」
由利「お願いします」
河津「私は、その時、ちょうどこちらの住民課からその様子を見ていたのです。お宅のお子さんがどこに立っていたのか、私は知りません。ただその時の状況を話すと、そこの通路を高校生二人が全速力で走って行ったのです」
奈美「高校生二人が?」
河津「はい。税務課にはいくつかカウンターがあるのですが、一番奥のカウンターへ向かっていたようです」
奈美「はい」
河津「高校生二人は、まるで運動会の競争のように競って走っていました。ところが、社会科見学の子たちが通路をふさいでいました。高校生の内のひとりが、ジョーブ君を思いっきり突き飛ばし、通路をこじ開けて走ったのです」
奈美「ひどい!」
河津「当然、ジョーブ君は倒れました」
奈美「……」
河津「お宅のお子様は、ジョーブ君の前に立っていたようですので、ドレミ式に倒されたんだと思います」
由利「それ、ドミノ式です」
奈美「ふふふふふ」
河津「そうか、まぁいいではないか」
奈美「なんで、高校生は、そんな所を全力で走っていたのかしら?」
由利「それは、良いナンバープレートを取りたかったからです」
奈美「良いナンバープレートって、何ですか?」
由利「ちょうどその頃、税務課ではバイクのオリジナルナンバープレートを発行しまして、早い者から順に、在庫の中より好きな番号を選べるようになっていました」
奈美「……」
由利「それで、二人は競っていたのです」
奈美「その高校生二人の名前はわかりますか?」
由利「はい、わかります。ですがお教えすることはできません」
奈美「なんでですか?」
由利「未成年者ですので」
奈美「そう、わかりました。とにかく、悪いのはその高校生ってことですね」
由利「はい。いくら小学生が通路をふさいでいたとは言え、高校生が通路を歩いていればこんなことにはならなかったでしょうね」
海斗「学校に『廊下は歩こうね』って書いてあったよ」
海斗が初めてしゃべった。
奈美「うん、そうよね」
河津「でも良かった。元気そうで。あのときは、おじさんびっくりしたんだよ」
奈美「私もよ」
その後、少しして、奈美と海斗は市役所を出て行った。
帰り道、奈美は考えていた。
奈美(私、大きな誤解をしていたんだ)
奈美(小学校から『ジョーブ君が海斗を蹴飛ばした』って聞いていたもんだから)
奈美(あれ、嘘だったんだ)
奈美は、自分が坂口大輔に言った言葉を思い出した。
『あなたが海斗を蹴飛ばしたのね! 偽善者!』
奈美(なんて、ひどいことを言ってしまったんだろう)
自分で自分を軽蔑し始めた。自己嫌悪にさいなまれた。




