【48】 夫が居なくても離婚は出来るの?
数日後の午後。
松島奈美は美浦市役所に行った。奈美が市役所に入るとロビーで『血管年齢診断』という催し物が開催されていた。
それを横目に、奈美は、くらし応援課に向かった。くらし応援課は、2階の隅のほうにあった。
くらし応援課のカウンターで
奈美「今日、無料法律相談の予約をしてある松島ですが」
職員「今、確認しますね」
そう言うと、職員は予約簿を見始めた。
職員「はい、わかりました。では、今、相談室にご案内します」
奈美は、案内され相談室に入った。部屋の中に弁護士がひとり座っていた。
弁護士「どうぞ、おかけください」
奈美「よろしくお願いします」
弁護士「『夫、失踪の件』ということで、承っておりますが、時間が30分と限られておりますので、簡単な経緯と相談内容を話してもらってよろしいですか?」
奈美「はい。3年前に夫が突然失踪し、消息不明になりました。失踪する前日までいつもどおり税務署に出勤し、いつも通り帰って来たのです。ところが翌日『今日から泊まりがけで税務研修があるから』と言って夫は出勤したのですが、帰ってきませんでした。
数日後、税務署から「主人が出勤してない」と電話がありました。それ以降いっさい私は主人の姿も見てないし、声も聞いておりません」
弁護士「そうですか、それはご心配ですね。警察に届けは出しましたか?」
奈美「消息を絶って一週間後に出しました」
弁護士「すみません、口を挟んじゃって。それで?」
奈美「今日、相談したいことは、そろそろ離婚も選択肢のひとつと考えているのですが、相手が居なくても離婚は出来るのでしょうか? また、離婚出来るとしたら、どのような手続きが必要でしょうか?」
弁護士「わかりました。警察への捜索願が出され、失踪から3年が経ち、3年間まったく連絡も無く、手掛かりも無ければ離婚は可能です。離婚請求の裁判を起こすことになりますね」
民法第770条1項3号で『配偶者の生死が3年以上明らかでないとき』には離婚の訴えを提起することができると定めている。
奈美「裁判ですか?」
弁護士「はい。弁護士に頼むと良いでしょう。ただし、そこからは有料になります」
奈美「もし、主人が現れたらどうなるんですか?」
弁護士「離婚が認められていれば、くつがえることはありません」
奈美「そうですか」
弁護士「はい。それと7年以上経過すれば家庭裁判所に申し立てをし、『失踪宣告』と言って、ご主人を法律上『死亡』とみなすこともできます」
奈美「そんなことも出来るんですか?」
弁護士「はい。省略して簡単に言えば、失踪から3年以上経過で『離婚』とするか、7年以上で『死亡』とするか、このふたつですね」
奈美「『離婚』と『死亡』の違いですね」
弁護士「ええ、それぞれメリット、デメリットがありますから、よく考えて決断されたら良いと思いますよ」
奈美「後者の『死亡』扱いにした場合、その後に本人が出てきたら?」
弁護士「また、夫婦関係が復活します。ただし、再婚した当事者双方が、前夫の生存を知らなかった(善意であった)場合に限り、再婚の方が優先されます」
奈美の頭に大輔の顔が浮かんだ。
奈美(もし坂口さんと再婚したら、夫よりも坂口さんが夫として認められるわけね)
奈美「ふーん、いろいろ難しいんですね」
弁護士「なんでもそうでしょうが、細かく言えばキリがなく、とても複雑です」
奈美「いろいろとありがとうございました。また、相談するときは、先生にお願いします。もちろん有料で」
弁護士「わかりました。あせらず、冷静に考えてみてください」
奈美「はい」
そう言うと、奈美は一礼して部屋を出た。
奈美(『離婚』にするケースと、『死亡』にするケースがあるんだ。やっぱり弁護士さんて、頭がいいんだな。私じゃ、さっぱり考えつかないわ)
奈美は相談室を出て、市役所内の廊下を歩きながら、
奈美(再婚かぁー。私は、主人に出てきて欲しいの? それとも出てきて欲しくないの? どっちよ?)
奈美は自問していた。
奈美は、市役所出口へと向かって歩いていた。その時、市役所ロビーで『血管年齢診断』というイベントにマスコット人形が、立っているのを目にした。
イベント会場の看板には『国民健康保険課』と書かれてある。
奈美(あらっ! このイベント『国民健康保険課』でやっているんだ。どこかに坂口さん居ないかしら?)
奈美は、遠くから坂口大輔が居ないかと探したが見つからなかった。
イベント会場で係員がマスコット人形に話しかけていた。
係員「ジョーブ君、今日は終わりよ」
その声で、ジョーブ君は通路を奥へと歩いて行った。
奈美(あいつだ、あいつが海斗を蹴飛ばして倒したんだ!)
突然、奈美の心に怒りがこみ上げて来た。
奈美(どんな奴か、顔を見てやる!)
自然と足がジョーブ君の後を追いかけて行った。ジョーブ君は、フロアーの端にある相談室に入った。奈美は、その相談室の前に立ち、誰が出てくるかを待った。
何分も経たないうちに、相談室のドアが開き、中から坂口大輔が出てきた。
奈美「えっ!!!」
坂口「あっ!」




