【47】 出入りしている男の正体?
翌日。
太井は坂口を誘って、二人だけで居酒屋「輪多輪多」に居た。二人は、職場ですれ違うことはあっても、話すことは無かった。
太井「忙しいのに、突然すみません」
坂口「いいえ、とんでもない。突然どうしたのですか?」
太井「ちょっとどうしてもお聞きしたいことがありまして、」
坂口「職場ではなく、ここで?」
太井「ええ、周りに職員が居ない方が」
坂口「そうですか」
太井「実は、松島奈美さんのことで、」
坂口「えっ?」
太井「そんなびっくりしました?」
坂口「はい、意外でしたので」
太井「あの家の事情ってご存知ですか?」
坂口「事情って?」
太井「ご主人さんのことは?」
坂口「ああ、そのことなら奥さんから聞きました。失踪している、ってことですよね」
太井「そうです。そう、もうお聞きになっていましたか?」
坂口「はい」
太井「松島奈美さんが、まだ離婚されてないことは知っていますか?」
坂口「はい、そう聞いています」
太井「そうですか。そのうえでなんですが、」
坂口「はい」
太井「坂口さんは、松島さんの家に出入りしてますよね?」
坂口「はぁ、まぁ。もう、市役所で噂になっていますか?」
太井「いえ、誰も知らないと思いますが、」
坂口「よくわかりましたね。国民健康保険課の誰かから聞いたのですか?」
太井「いえ、それは違います」
坂口「そうですか」
太井「私が独自に調べたのです」
坂口「独自に?」
太井「ええ、職務上必要だったので、児童扶養手当法第29条の調査権を基に、張り込み調査をさせていただきました」
坂口「張り込みですか?」
太井「ええ。『児童扶養手当』を支給している関係でです」
坂口「あっ、そうか。松島さん『児童扶養手当』を受給しているんですか?」
太井「ええ」
坂口「それは、知らなかったな」
太井「坂口さんは、松島さんに金品とか援助しています?」
坂口「いや、なにも。ご主人さんは失踪していますが、籍を抜いてなくても『児童扶養手当』って、もらえるんですか?」
太井「はい、籍を抜かなくても、『父親に一年以上遺棄されている児童』。つまり、父親が一年以上まったく消息不明で連絡も無いということは、お子様は見捨てられている状態ですので『児童扶養手当』に該当するということです」
坂口「そうか、なるほどね。1年どころか、失踪して3年になる訳だから『児童扶養手当』をもらっていて当然ですよね。で、なければ、やっていけないですよね」
太井「生活の安定と自立の促進を目的としていますので『児童扶養手当』が役立てば幸いですが」
坂口「松島さんの家に電話をするとかってあるんですか?」
太井「いえ、ないです。それが、なにか?」
坂口「いや、定期的に電話連絡とかするのかな? と思って」
坂口は、質問の意図をごまかした。
坂口「わかりました。太井さんをはじめ、子ども家庭課の職員さんに、私事でご迷惑をおかけしてすみませんでした」
坂口が頭を下げた。
太井「いえ、とんでもない。そんな頭を下げるようなことではありません」
坂口「僕がちょっと、あの家に踏み込み過ぎたようです。まだ離婚したわけでもないし『児童扶養手当』のこともありますし、これからは自重して、しばらくは、そう、離婚について解決するまで彼女とは会わないようにします。ですから『児童扶養手当』の方は、継続して支給していただけないでしょうか?」
太井「むろん、支給打ち切りと決まったわけではないし、坂口さんと松島さんが交際したとしても、それを私たちが止めることはできません。ただ、」
坂口「ただ?」
太井「相手の離婚が成立しておりませんし、市役所の職員という立場もありますし、世間の見る目というのがありますから、個人的には諸問題を解決して、それからお付き合いをされた方がよろしいのかな? と思っています」
坂口「すべて先輩のおっしゃる通りです。お恥ずかしい」
太井「でも『自重する』と言われたので、少し時間を置くのは有効な手段じゃないですか?」
坂口「そうですね」
それからしばらくして、二人は笑顔で別れた。




