【41】 海斗君の記憶は戻ったの?
大輔「そうでしたか。ところで、海斗君の記憶は戻ったのですか?」
奈美「それがどうもよくわからないの。でも多分まだ戻ってないと思うわ」
大輔「そうか、まだですか」
そのとき、奈美の息子の海斗が大輔に手を振った。
海斗「おじちゃーん」
大輔は『おじちゃん』はないだろう、と思いながらも、
大輔「やぁー、ゲームは終わったの?」
海斗「うん」
大輔「どれどれ」
そう言いながら、大輔は、海斗の方へと歩いて行った。
大輔「なんのゲームをしていたの?」
海斗「マリオだよ」
大輔「マリオが好きなんだ」
海斗「好きだよ。でも、もう今日は疲れたからおしまい」
大輔「いっぱいやったんだ?」
海斗「うん」
大輔「これから何をやるんだい?」
海斗「何をしようかな?」
ダイニングルームから母の奈美が
奈美「宿題があるでしょう?」
海斗「うん」
奈美「宿題やってよ」
海斗「うん。でもその前に、何かないかな?」
大輔が周りを見渡した。本棚に『エルマーのぼうけん』という絵本があった。
大輔「へぇー、こんな絵本を読んでいたんだ」
奈美「ユーモアと勇気のあるお話で、私も海斗も大好きなの」
大輔「そんなにいい絵本なんだ」
奈美「海斗が小さかった頃は私が読んであげていたんだけれど、去年はひとりで読んでいたのよ」
大輔「どんなお話か、覚えている?」
海斗「うううん?」
大輔「そうか、忘れちゃったか?」
海斗「うん」
大輔「そうだよな、去年のことじゃ忘れちゃうよね。どれどれ、」
大輔がページをめくり始めた。大輔は『エルマーのぼうけん』を読んだことがなかった。
大輔「どんな話なんだ? ちょっと読んでみるね」
大輔が読み始めた。
大輔「エルマーの冒険。僕のお父さんのエルマーが小さかったときのこと。
ある冷たい雨の日に、家の近所の街角で年とった野良猫に会いました。
猫がびしょ濡れでとても気持ちが悪そうだったので、僕のお父さんは言いました。
『僕のうちに来てみませんか?』
これを聞いて猫は驚きました。
こんな年とった野良猫に優しくしてくれた人なんか、今までいなかったからです」
黙って聞いていた海斗が、
海斗「それ知っているよ、思い出した!」
大輔「この話、どうなるの?」
海斗「エルマーは、一匹目のワニにキャンデーをあげるんだよ」
大輔「それから?」
海斗「そのあと、それぞれのワニのしっぽにキャンデーをしばり付けるんだ」
ダイニングで食事の支度をしていた奈美が突然手を止め、海斗を見て目を丸くした。
大輔「それから?」
海斗「ワニの橋をつくり、川を渡るんでしょう」
それを聞いた奈美がダイニングから全速で海斗に駈け寄り、両手で海斗を思いっきり抱きしめた。
奈美「記憶が戻ったのね!」
奈美の頬に涙がつたわり落ちて来た。
海斗はされるがままに、なんのことかわからず黙っていた。
しばらくして奈美は、今度は、大輔に抱きついた。
そして、大輔から離れると、
奈美「良かった。海斗すべて覚えているのね」
大輔「それだけ母親が愛情を込めて、何度も読み聞かせたからじゃないですか?」
奈美「そうかしら?」
大輔「子供は覚えていますよ。……きっと死ぬまでず~っと」
奈美「大輔さん、ありがとう」
奈美が大輔に軽くキスした。
大輔「私の努力じゃないですよ。お母さんが一生懸命育てた証ですよ」
海斗「お母さん、その人、好きなの?」
奈美「うん、とっても!」




