【38】 税金を支払ってから子供を作るんだな
博之は、喫茶店から税務署までのたった5分の帰り道を遠回りして何十分もかけて帰った。歩きながら博之の脳裏に、この2か月間のいろいろなことが思い出された。
博之(世の中には、誰かがしないといけない仕事があるんだ。嫌な仕事もあるし、人から恨まれる仕事もある)
博之(税務調査もそのひとつだ。税務官の差し押さえ、警察官のスピード違反の取り締まり、銀行員の融資の打ち切り。子供に注射を打つ看護師、生活指導の先生、裁判官、死刑執行人。この世の中にはいくらでもある)
博之(自分は、ただ仕事をこなせばいいんだ。いちいち感情移入していたら務まらないんだ。そうだろう)
博之(『感情』とか『同情』は、どこかに捨ててくればいいんだ。前に上司が『税務署に居る間は、同情も涙も捨てて来い』と言ってた通りだ。そうすればいいんだ)
博之は自分に言い聞かせた。
◇
博之が税務署に帰ると、
上司「おっ! ちょうど良いところに帰って来たな」
博之「はい?」
上司「お前の客が待っているぞ」
博之が待合所を見渡すと、ひとりの男が博之に近づいて来た。博之はその男の顔に見覚えがあった。以前調査に入った個人店の経営者だった。税務調査をして、重加算税と延滞税をかけた経営者が来ていた。
博之がカウンターに行くと、経営者が近づいてきて、
客「子供が生まれたばかりで、もうこれ以上税金を払えないです。猶予してもらえませんか?」
博之「それって、子供を作るから悪いんじゃないですか?」
客「えっ?」
博之「普通なら、きちんと税金を支払ってから子供を作る。それがあなたの場合、逆なんですよ」
博之のその一言で客が切れた。
客「なんだと、もういっぺん言ってみろ!」
博之「あなたの場合、子供を先に作って、それから税金をどうしようか考えているんでしょう? それ、おかしいでしょ」
客がいきなり博之の胸倉をつかんだ。そして、にらみつけてきた。
博之「税金を払うのが精一杯で、子作り出来ない家もあるんだから」
客が博之の胸倉を締め上げた。
博之(うーっ、殴られる……)




