【37】 老夫婦の涙
博之がその日の調査を終え、税務署に戻ると、上司から小言を言われた。
上司「税務職員が行きつけの店なんか作っちゃいけないんだよ」
博之「すみません」
上司「いいか、徹底的に調べてくれよ」
博之「出来る範囲で」
上司「なんだと! 誰が『できる範囲で良い』と言ったんだ!」
博之「すみません」
上司「じゃぁ、少しのごまかしは見逃しても良いと思っているのか?」
博之「すみません」
上司「みんな、聞いてくれ」
周りに居た職員が全員振り向いた。
上司「みんな、こいつは『少しのごまかしならしてもいい』って言ってるぞ」
職員「……」
周りの職員は、全員黙って上司の話を聞くしかなかった。
◇
それから2か月後、
結局、博之の税務調査により阿部夫婦の所得隠しが発覚した。
真澄「では、過去5年分の税金をお支払いすればいいんだね?」
博之「いや、7年分です」
真澄「お金の関係は5年ではないのかい?」
博之「悪質なものは7年さかのぼれます」
真澄「私らのは、悪質なんですか?」
博之「はい」
真澄「悪質か悪質でないかは誰が決めるんだい?」
博之「私どもです。少なくともあなた方ではありません」
◇
後日。
喫茶店の老夫婦は、多額の重加算税と延滞税を払うために、そしてお店を続ける気力を無くしたことから、喫茶店を売り払う決断をした。
博之が、その喫茶店に行き、老夫婦と最後に会った時のことだった。
志津「あんたは、お客の仮面をかぶった税務職員だ! あんた、何か月もここに通ってお客になりすましていたのね」
真澄「これから税務職員が一度でも店に来たら、もう商売は出来ないよ。だから、もう二度と商売はしない!」
志津「あんたは手柄をたてて、これで出世できるんだろう? 良かったわね。私たちは、お店を売ってここを去るわ。あんたの顔なんか二度と見たくないからね」
真澄「所詮、公務員なんて、国民の敵なんだよ。国民をいじめればいじめるほど給料が多くもらえるんだろう?」
老夫婦は博之に対して、今までの積もりに積もった恨みをここぞとばかり吐き捨てた。その罵詈雑言の根底には、店を閉める、この地を去るというやり切れない気持ちも含まれていた。
老夫婦は、今の悔しさと、常連さんとの思い出や会話が思い出されて、老夫婦の目から涙がこぼれ落ちた。
真澄「こんちくしょう! とっとと帰れ!」
志津「帰れ! 帰れ!」
真澄がコーヒーカップを床に叩きつけ、志津がおしぼりを博之に投げつけた。




