【36】 調査のために、毎日食べに来てたのか?
後日。
博之が税務調査で、老夫婦の営む喫茶店に行った。博之は、老夫婦が、A銀行に毎月2万円ずつ貯金をしていることを聞いてみた。
喫茶店の店主、阿部真澄が答えた。
真澄「息子からの仕送りです」
博之は、調査の初日、その言葉を信用し、税務署に戻り上司の寺原に報告した。
上司「じゃぁ息子が脱税しているかもしれんな」
上司「次からは、毎日昼に行け、昼に」
翌日から、博之は毎日午後1時に調査に行った。
喫茶店の店主真澄が妻の志津に、
真澄「母さん! 店を閉めてくれ」
志津「何もこんな昼時に来なくてもいいでしょう?」
真澄「あんたは、今まで調査のために、毎日ここに昼を食べに来ていたのかい?」
博之「そんなことはありません」
真澄「毎日来て、客の入りとか、売り上げをチェックしていたんだろう?」
博之「『そんなことはない』と申し上げているでしょう。これからは、私の質問だけに答えてもらえればいいんです」
真澄「質問や調査に拒否権はないのかい?」
博之「ありません。拒否された場合は1年以下の懲役または20万円以下の罰金に処されます」
真澄「そんな無茶な! 私達みたいな税金の素人では、答えられないときもあるだろう?」
博之「それなら顧問税理士でも呼んで代わればいい」
真澄「こんな小さな喫茶店が顧問税理士を抱えられる訳がないだろう」
博之「そんなことは知りません。税理士が居ないのであれば、あなたが質問に答えるしかないんじゃないですか?」
真澄「いったい何が聞きたいんだ?」
博之「この店を始めるに当たって、借金をされていますよね」
真澄「してますよ」
博之「いつ、どこから、どれだけの金額を借りたのか? この紙に正確に書いてください」
真澄「そんなのすぐには思い出せないよ」
博之「では、待ちますから。きちんと書類を調べて分かり次第、この紙に正確に書いてください。その間、私はここで待っていますから」
博之がカバンから白紙を1枚取り出した。
真澄「そんなことされたら、その間、店を開けられず、売り上げが減っちゃうよ。しかもこんな稼ぎどきに」
博之「そんなことは知りません。税務調査の方が優先されます」
志津「あんたは鬼だ! 私達を見殺しにする気だね。店がつぶれればいいと思っているんだろう」
真澄「そんなことは知りません。ただ任務を遂行しているだけです」
博之と老夫婦とのやり取りは延々と続いた。その間、喫茶店は閉めたままだった。




