【33】 一緒に涙を流すだけでもいい
新郎の博之は、しばらく考えてから、
新郎「……」
そして、
新郎 「はい、誓います」
かなり間をおいてからの答えだった。
あとから奈美が博之に、そのことについて、どうしたのか? 問い尋ねた。
奈美「『二人が喜びも悲しみも分かち合い、この人を愛することを誓いますか?』と聞かれたとき、どうして、考え込んでしまったの?」
博之「喜びは分かち合った方が良いだろうけれど、悲しみは分かち合わない方が良いと思ったんだ」
奈美「えっ、そんなことを真剣に考えていたの? だってあんなの単なる儀式でしょう?」
博之「僕にとっては、『誓いますか?』と言われて嘘がつけなかったんだ」
奈美「あなたって本当に真面目なんだから。そんなのテキトーでいいのよ。テキトーで」
博之「フランスの哲学者アランも『幸福論』で、『自分の不幸は他人に話さないこと』って書いているよ」
奈美「フランス人と日本人は、きっと合わないわね。大女優さんでフランス人と離婚した人がいるじゃない」
博之「ははははは。芸能関係は、物知りなんだな。そうかぁ、僕には『適当』が必要なのか?」
奈美「そうよ、気付かなかったの?」
博之「うん。初めて知ったよ。僕は職業柄、嘘をつくことや、自分の意思に反することが出来ないんだよ」
奈美「その考え、今日で止めることね」
奈美がさらっと言った。
博之「芸能、スポーツに詳しくなった方がいいかな?」
奈美「少しはね」
博之「最低限は必要か?」
奈美「会社人間より社会人間になってくれれば、いいのにね」
博之「社会になじんだ人間かぁ。そうなれたらいいんだけれど」
奈美「無理?」
博之「そうだな。自分が病気のときや自分が悲しいときに、本当に相手のことまで考えて、愛せるのかどうか、ふと疑問が生じるんだ」
奈美「私は、あなたを愛するわ」
博之「僕は、自分のことだけでいっぱいなんじゃないだろうかと?」
奈美「どうして?」
博之「仮の話だけど、歳をとって70歳80歳になり、もし『あなたは癌であと数ヶ月の命です』なんて言われたときに、自分は何をしなければいけないんだろうって考えちゃったんだ。妻に何が出来るんだろうかと……」
奈美「喜びも悲しみも、たとえ命の期限を言われても、私に素直に話してもらっていいのよ」
博之「そうは言うけれど、僕が悲しいのはかまわないけれど、奈美さんにまで辛さを分けることはないだろう。辛い話はしなくていいんじゃないのかな?」
奈美「私はどんな話でも聞きたいわ」
博之「そうかな、楽しい話はともかく悲しい話や悪い話を、みんなは聞きたくないだろう」
奈美「悲しい話でも二人で悩んで相談してなんとか乗り越えればいいじゃない」
博之「話しても乗り越えられないときは?」
奈美「乗り越えられないときは、乗り越えられないときは……一緒に涙を流すだけでもいいじゃない。話を聞いてあげるだけでもいいじゃない」
奈美が声を詰まらせた。




