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【32】 転勤が多いから結婚は難しい

 3番目に、ゴーカートに乗った。このアトラクションの名称は『ゴー・ゴー・ゴーカート』。

 BGMでアニメソング『マッハ ゴー ・ゴー ・ゴー』が流れていた。


『ヘアピンカーブも怖がらずに車を走らせる』

 そんな内容の歌詞だった。


博之「僕の職業は、ひとから嫌われる職業です。場合によっては奈美さんにまで迷惑が及ぶかも知れません。震えるような怖い体験をするかも知れませんよ。結婚はやめた方がいいと思います」

奈美「怖い電話や手紙が来ることもあるの?」

博之「場合によってはあります。僕達は税務調査もするし、差押えもします。冷酷ですからね」


奈美「仕事では、そうかもしれないけれど、でも、あなたには、やさしさがあるわ」

博之「やさしさ?」

奈美「そう、やさしさ」

博之「でも、やさしさより業務命令の方が上なんです」

奈美「業務命令? また四字熟語なのね」

博之「業務命令が出れば、やさしさは捨てなければならないんです。そんなものは邪魔になります。上司からはっきり言われました。『税務署に居る間は、同情も涙も捨てて来い』と」


 4番目に観覧車に乗った。このアトラクションの名称は『世界は回る』。

 BGMで日本人歌手による『時代』が流れていた。


『出会いと別れを経験しながら時代は流れていく』

 そんな内容の歌詞だった。


博之「税務職員は転勤、転勤の繰り返しです。あちこち各地をまわり、色んな人と出会っては別れます。僕もいつ転勤になるかわかりません。家族にも迷惑がかかります。子供だって転校ばかりです。結婚は難しいです」

奈美「転勤、いいじゃない。あたし、いろんな所へ行けて楽しみだわ」


 その日、二人は結婚について話が平行線のまま別れた。

 奈美は順子と会って、結婚話がうまくいかない悩みを打ち明けた。


順子「フリーターと国家公務員かぁ~。じゃぁ、振られるわよ」

奈美「それが逆なのよ。博之さんが言うには、税務職員は嫌われる職業だし、転勤が多いからって自分から引こうとしているのよ」

順子「それ、体裁のいい振り方なんじゃないの?」

奈美「本音は別れたいってこと?」

順子「そうよ、自分からは言えないから、あなたに『別れる』って言って欲しいのよ」

奈美「な~んだ、そっか。だとしたら、私が『別れよう』って言わなければ続くわけね。ふふふふふ」

順子「いいわね、その考え方」


 それから一週間が経った。博之から奈美に連絡が入った。博之からのメールだった。「ファミレスで夕食しましょう」という内容で、奈美はすぐに「OK」の返事を返した。

 奈美が待ち合わせ場所のファミレスに行くと、博之はすでに来ていた。


奈美「お待たせしました」

博之「いいえ」

 二人は注文をすませた。


博之「結婚の話、お受けしてもいいですよ」

奈美「えっ本当!」

博之「はい本当です」

奈美「どうして受ける気になったの?」

博之「あなたのお願いは、僕にとってすべて命令だと思って受け止めています。だからなんでも言うことをききます」

奈美「うわーっ、うれしい」

 予想外の答えに、奈美は満面の笑みを浮かべた。


     ◇


 数か月後。

 二人は教会で結婚した。どこにでもあるような結婚式だった。ただひとつだけ違った点は、まず牧師さんのお話があり、

牧師「結婚とは、どんなときでも二人が喜びも悲しみも分かち合い、すべてのことを乗り越えていくことです」


 そして牧師が新郎に、

牧師「あなたは、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、この人を愛することを誓いますか?」

 と、問いかけたときだった。


 新郎の博之は返事をしなかった。

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