【14】 でも、頼みにくいから……
その後、大輔は車を走らせ、奈美の案内のもと、奈美と海斗の暮らす共同住宅に無事到着した。
大輔「ここですか?」
奈美「はい」
大輔「落ち着いた良い所ですね」
奈美「ええ。部屋は203号室です」
大輔「わかりました。では、海斗君を抱えていきますので、部屋のドアを開けてもらっていいですか?」
奈美「はい。やっぱり男の人が居ると助かるわ」
奈美は、海斗の靴と靴下を持ち、共同住宅の階段を上がって行った。大輔が海斗を抱え、奈美の後を追いかけた。奈美が、入口のドアを押さえて待っていてくれた。大輔が靴を脱ぎ、部屋に上がった。
大輔が海斗を抱いたまま立っていると、今度は奈美が大輔を追い抜き
奈美「重いのに、ごめんね。今布団を敷くから、」
奈美が急いで、フローリングの床の上にマットレスと敷布団を敷いた。
奈美「ここの上に」
大輔がゆっくり、ゆっくりと海斗を布団の上に寝かせた。海斗は目を閉じたままだった。奈美が海斗の上に布団を掛け、ダイニングに向かった。ダイニングから、
奈美「こっちに座って。今、お茶を入れるから。お茶がいい? それともコーヒー?」
大輔「あっ、すみません。でも、いいですよ」
奈美「遠慮しなくていいのよ」
大輔「でも、」
奈美「もうちょっと貴方に居て欲しいのよ。ひとりじゃ不安だし、話し相手も居ないし」
大輔「では、コーヒーで」
奈美がコーヒーを入れ、お菓子をテーブルの上に置いた。奈美も座ると、
奈美「落ち着いたわ。やっぱり自宅はいいわね」
大輔「そうでしょうね。入院しなくて本当に良かった」
奈美「頭を打ったのはショックだったけれど、坂口さんがテキパキやってくれたので助かったわ。お医者さんもとても親切だったし」
大輔「松島さんの話からすると、良さそうな先生でしたね」
奈美「ええ、とても」
大輔「じゃぁ良かった。秋石病院を指定して」
奈美「坂口さんが、あの病院を選んでくれたんだ」
大輔「はい」
奈美「救急車の人じゃなかったのね」
大輔「はい。以前、父親がかかったとき、とても信頼が出来たので」
奈美「なるほどね、ちょっと遠かったけれど、やっぱり専門病院の方がいいわね」
大輔「そう言っていただくと光栄です」
奈美「あとは、海斗が目を覚ませば、」
大輔「そうしたら、もっと安心できますね」
奈美「うん」
奈美が頷いた。
大輔「きっと今、脳が復活するために力を蓄えているんですよ」
奈美「そうね。ところで、坂口さん、市役所に戻らないといけないんでしょう?」
大輔「いいえ。市役所での仕事も大事ですが、課長から海斗君のお母様を安心させることに全力を尽くすよう言われました」
奈美「いい課長さんね」
大輔「はい、恵まれています。女性の課長なので、女性の気持ちも良くわかるんだと思います」
奈美「女性なんだ。珍しいわね」
大輔「はい。課長も係長も女性。でも二人とも男性以上に仕事が出来て、素晴らしい方々です」
奈美「そう言い切れることも素晴らしいわ。きっと上司と部下がいい関係なのね」
その言い方には、夫の職場への不満が込められているように大輔は感じた。
大輔「何か、私に出来ることがあれば何でも遠慮なく言ってください」
奈美「そうね、ありがとう。でもね、」
大輔「『でも』なんですか?」
奈美「言いにくいと言うか、頼みにくいこともあるから」




