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【13】 綺麗な奥さんを残して

奈美「私がそんなに心配しているにも関わらず、主人の勤務先からは進退伺いを出すように言われ、主人の実家からは『何が原因なの、何があったの?』と問いつめられ、私の体や精神的なことを考えてくれる人は誰ひとり居なかった」


大輔「今の世の中、みんな自分のことだけで精一杯なんですよ。他人を思いやる気持ちなんか、これっぽっちも無くなりました」

 親指と人差し指でつまむような仕草で『少し』を表現しながら言った。


奈美「その頃は税務署の宿舎に住んでいたから、職員の家族とすれ違うたびに強い視線を感じたわ。宿舎内で噂になっていることは充分知っていたから。『松島さんのとこ、旦那さんに逃げられちゃったんだって』『奥さんと旦那さん、ケンカが絶えなかったみたいよ』そんな声が聞こえてきた。毎日毎日引っ越したい、とそればかり考えていた。けれど、海斗も小さいし、お金も無かったし、すぐには無理だった。毎日が針のむしろに座らされているようで、税務署の宿舎はまるで刑務所のようだった」


大輔「そういう時って、会社の寮や宿舎って大変だよね。壁に耳あり障子に目あり状態で、まさに四面楚歌ですね」


奈美「今、私、子育てや経済的な面、子供の将来にも大きな不安をいだいる。……海斗がもうすぐ9歳でしょう、あれからもう3年近くが経ったのね。いろーんなことがあったわ。これでもかというくらい辛く厳しい試練が続いたわ。でもいい経験、お陰で強くなれた。軽いうつ病になった時、通っていた病院の先生が言ってた『今後同じくらいの試練には、もう耐えられるようになっているんですよ』って。こうやって人間強くなって行くのね」


大輔「いまだに、ご主人からまったく連絡がないんですか?」

奈美「まったくないわ。だけど、主人の預貯金は、主人が消えて数日後にほとんどおろされていたわ」

大輔「預金が……?」


奈美「あとは何の音沙汰も手がかりもなし」

大輔「ご主人の実家に、電話や手紙も無かったんですか?」

奈美「なし!」

大輔「いったい、こんな綺麗な奥さんと可愛いお子さんを残してどこへ消えちまったんだ!」

 大輔が強い口調で言った。

 奈美は、細い体形で、整った顔立ちをしていた。


奈美「『綺麗』は要らないかも、綺麗なら消えなかったんじゃない?」

大輔「いえ、とてもお綺麗です」

奈美「ありがとう。お世辞でもうれしいわ」

大輔「でも、ご主人、何かひとことくらいあっても良さそうですよね?」

奈美「夫婦の間には、もう妻の顔も見るのもいや、ひとこともしゃべりたくない、って時もあるじゃない?」

大輔「結婚してないからわからないなぁ。ご主人が消える前、夫婦仲は悪かったんですか?」

奈美「いえ、そういう感じは、まったく無かったわ。少なくとも私はね。主人は、いつものように朝食を取り、いつものように出かけて行った」


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