第99話 サバで入れ食い?
「離婚?! 勘弁してくださいよ井形さん。うちはRenegadesに入って益々円満なんですから」
寅吉さんが酔っ払い相手に弱っていた。
確かに、ダンジョンを止めた理由が家族なら、その家族がいなくなったからダンジョンに戻ったっていうのは道理ではある。
しかし、短絡的過ぎる! そして失礼だ!
「死の危険から遠ざかるために攻略組から抜けるだけでなく、冒険者になることさえも選択肢から外して現場から遠のき、更なる安定を求めて組織そのものを辞めたお前や。まあ、ダンジョンそのものが嫌になったわけでなく、なんならダンジョンそのものには未練もあったわけや」
「そうです。自分の磨き上げてきた技術を使いたい欲求は常にありました。冒険者になって安全マージンを取って潜ったとしても、また深層に行きたくなる、行ってしまう自分が容易に想像できました」
「そや。それがお前がウチにも、どこの冒険者ともツルむんを拒んだ理由や」
ダンジョンに取り憑かれてしまった男たちには、寅吉さんの考えや思いは手に取るようにわかるのだろう。みんなそれぞれなんらかの理由があってダンジョンに潜り続ける彼らは、家族を選びダンジョンに潜ることをきっぱり止めた寅吉さんをどう思っていたのだろう。
そして、自分たちとは別の、しかもまったく見知らぬ男を選んで再びダンジョンに戻ってきたことをどう感じているだろう。
彼らの本拠地の奥の奥に自分が入り込んで、のほほんと酒を飲んでいてはいけない気がしてきた。かつては彼らこそが虎吉さんと家族以上の絆を持ち寄った人たちだ。
「俺ぁな、お前にだけはダンジョンに戻って来て欲しくなかった」
井形さんが空になったグラスに語りかけていた。その言葉は心にズシンと響いた。ダンジョンに取り憑かれてしまった自分にはできなかったことなのだろう。
「家族のためならダンジョンを止められるんだっていうことを証明して欲しかったんだ」
「俺の代わりに」と続けようとしてできない。そんな気がした。
俺が寅吉さんを呼び戻してしまったんだ。だが、
「だけどな井形、寅吉はそれを今もなお継続中や。そういう顔をしとる」
井形さんが疑問を孕んだ顔で、立神さんと睨み合うように動かない寅吉さんを見ていた。
「タイガーも千も、なんちゅう顔しとんのや。お前らを責めるヤツなんかおらん。もしおったらな、俺が折ったる」
何を? 首、とか?
「ところで『竜騎兵』はそろそろ退役が見えて来とってなぁ」
『竜騎兵』の面々が下を向く。
「え? いや、だってまだまだみなさんお若いじゃないですか」
「うーん、もうみんな四十超えとるんや。うちに若い者はおらん。世代交代っちゅうやつやな」
そういえば咲耶ちゃんと同世代の隊員も見ていない。さっき店に入った時に見た歩荷の人たちもおじさんしかいなかった。咲耶ちゃんを集中して育てる余裕があるのも変だ。他に育成するような若手がいないのか?
「今時の若いモンが陸自辞めてまで、またうるさい上官のおるところも堅苦しいんやろ。千は俺たちと付きおうたら自分らのクランを守ることに繋がる思たんはエエねん。優秀な後輩が頼って来たっちゅうたら俺らに嫌がる理由もないわ。かわいい後輩っちゅうやつやな。だけど悲しいかな今のウチにはそういう若い者がもう、おらへんねん」
新しいジョッキを持ってきた荒井さんが立神さんのジョッキを交換する。礼を言ってひと口飲む。
「例の巨人さんな」
ここで『Titans』の名前が出るのか?!
「あっこがココに進出して来とる話は知っとるよな?」
そう、六本木、麻布と続いて目を付けたのが渋谷でも新宿でもみなとみらいでもなく、代々木公園第一ダンジョンだ。
理由はなんとなくわかる。まず、代々木第一の第十一階層の安地が魅力的なのだ。広い! ダンジョンの安地としては浅階層な上に、半径一キロメートルもの有効範囲は新参クランが割り込むのに充分な余裕がある大きさだ。
しかも、ここ第二十六階層にも広くはないが安地があり、上級冒険者なら絶妙に金が稼げる階層だ。
まず資源を貯め込みやすい十一階層で一泊。そこから二十六階層までは一泊か二泊の距離だ。
「あいつら、今年に入ってから進出して来たんやがな、それ自体は別に構わん。誰がどこに潜ろうが自由や。が、やり方がエグくてな」
よくない話であることは容易に想像できた。俺たちが揉めた経緯もあるし、何よりも俺は、藤間元子という女の為人をよく知っているからだ。まともな方法で攻めてくるわけはない。
「奴さん、知名度バツグンやからなぁ。若い者がどんどん門を叩きに行きよる。それを片っ端から取り込みよんねん。入る時は誓約書と念書やな。何があっても自己責任や。でもまぁ、そんなんはどこのクランでもやることや。エグいんは死亡率や。表には出てこん。でもな、業界の者にはわかんねん」
冷えたビールを飲む。飲み込むのは黄金色の液体だけではなさそうだ。
「若い者使こてえらい長いキャラバン組んでな、大量の物資を降ろしとる。それだけやないで。コスパかタイパか知らんけどな、臨時雇いの冒険者てなんやねん。時給二千円にもならん命懸けのバイトやで。そんな初心者がオーガに出くわしてみ? だけどな、最近はそんなんでもひっきりなしにやらしてくれ言うて来るんやと。有名人に会えるっちゅうて、若い男が入れ食いや」
隙間バイトで初心者がダンジョンで歩荷のアルバイト? どこまで世間知らずなんだ?!
ダンジョンから意図的に距離を置いて生きてきた俺にだってそれがどんなに危険な事かぐらいはわかるぞ!? だいたい今時の若者なら義務教育の授業で習ってるだろうに。しかし、有名人に会えるのが理由だって?
ああ、みなとみらいで見たような連中か。正直、ああいう連中がどうなろうと、確かに、いい歳した大人なんだから自己責任だ、勝手にしろと思う部分はある。
そういう社会の無関心、あるいは問題意識の隙を突いているのか。違法じゃなきゃ合法というグレーゾーンを「頭が良い」と奉る楽して儲けたい連中か。
だが、あまりにも簡単に騙されすぎてやしないか?
「有名人って、まさか元子のことですか? でも、彼女ももう三十ですよ? そんなに若い男が夢中になるようなものでもないでしょう」
「は? 三十? いやいやいや、彼女まだ二十六だろ?」
井形さんがおかしなことを言っている。
「いえ、彼女は俺より二学年上だから今年三十一歳になりますよ」
「いや、だってお前、このサイトには二十六って」
そう言って井形さんは元子のきわどいスクリーンショットが並ぶキャプチャー画像から一枚を選び出して見せてきた。
そこには、憂いを秘めた妖艶な表情の元子が、黒く際どいビキニの下だけを履いて、手ブラで振り返る全身写真と共に、なぜか身長、体重、スリーサイズから生年月日まで書いてあった。
「これを見ると確かに今二十六歳ってなってますけど。これって公式サイトのものなんですか? 彼女がここまで詳細なプロフィールを公にしているんですか?」
「あ、いや、これは有名なファンサイトに出てるやつでな、なんでも今は消されて見れなくなった公式発表のデータなんだそうだ」
「井形さん、これが元子のやり方です。彼女自身は嘘をついてません。これは自分発信の情報ではありませんよね。いざ、事実と異なると発覚しても、知らなかった、勝手にやられたことで自分とはまったく関係ないと言えばいいだけです。これはどこかの誰かが勝手に書いているだけの状態です。彼女がそうさせている証拠なんて出ませんよ。井形さん、これが真実であるとどう証明出来ますか?」
「証明? いや、それは」
「井形さん、これが星名千里です。これがウチの監督です。これがリーダーです。もちろん、この洞察力や慎重さだけで付いて行ってるわけではありませんがね」
どやぁという顔をしてビールを飲み干す寅吉さん。
いや、あの、ですね。
寅吉さんは俺と元子の過去の因縁を知らないんだよなぁ……。




