第98話 呑まれて呑んで
「はじめまして。『Renegades』とそのリーダーに絶対の忠誠を捧げております、岩沙香流でございます。タックネームはクローザーです。以後、お見知りおきを」
身長百七十八センチは日本人女性としては破格に高身長だ。だが、彼女の特徴はそこではない。スーパーモデルか海外ハリウッド女優並みの手足の長さとスタイルの良さでもない。
彼女の特筆すべき特徴はその美貌だ。切れ長で憂いを帯びつつ意志の強さも感じる黒く潤む瞳に長いまつ毛。完璧な配置と形の眉。シミもホクロも無いきめ細やかな白い肌。唇は見続けると吸い込まれそうになる小さな魅惑の塊。ついにはその鼻の穴にさえ見惚れてしまいそうだ。奇跡のバランスの結晶。最低限の化粧しかしていないであろう薄化粧が彼女の美しさを余計に際立たせていた。
なんでこの美神が一般人なんだ?
なぜ俺の側にいてくれるのか?
彼女もまた迷宮ジャンキーのそのひとりなのだ。
梅雨のしとやかさを表すような落ち着きのある色のリップが薄く笑みの形を取る。
挨拶と共に右手を胸に当てながら軽く頭を下げると室内灯でもわかるほどはっきりと天使の輪が浮かぶ艶やかな長い、長い黒髪がサラリと音をたてて流れ落ちる。再び顔を上げてにこりと微笑んで静かに着席した。
今見たものを脳内で再現しようとしてもうまくいかない。再現不能の芸術。神の御業よりは悪魔の所業と言った方が腑に落ちる。そんな超絶の美貌。思い出せるのは「美しかった」という言葉だけだ。
あらゆる音が止まっていた。みんな、唾を飲むどころか、呼吸さえ忘れていそうだ。
「うおほおお、香流さんステキ~。ただ挨拶しただけなのにぃぃぃ。憧れるっす~」
咲耶ちゃんの素直な言動のお陰で、着席して見えなくなったのにいつまでも美貌のあった虚空を見つめていたおっさんたちの止まっていた心臓が再び動き出した。
「ぶはっ! はぁはぁ、な、んだ今のは」
「井形さん、気をしっかり持ってください。僕は無理です」
良い人の荒井さんまでおかしくなっている。
「あのー、千くんは彼女から絶対の忠誠を得ているんだって? 僕はキミを尊敬することにしたからね」
「いや、あの、荒井さん、今のは少しでも場を和ませようという彼女なりの冗談で」
「はははは。なんとも個性的なチームだね。なんというか、これは女性が多いからでは決してないんだけれど、君たちとはぜひ仲良くさせてもらいたいと思うよ。今までになかった風がこの淀んだ地下迷宮に吹き始めた気がするんだ」
田茂さんがとてもイケメンに俺たちを評価してくれた。ただ、俺がなにかをやったわけでもないから曖昧に頷くぐらいしか出来ることはなかった。
◇
「え? レベル18? クランボスの千が?」
「あ、はい、そうです」
「ほかの娘たちは?」
「ああ、あの元気な子がわたしと同じですね。あとはレベル二十ぐらいです」
「な? 変わっとるやろ?」
アライガのコンビが黙ってしまった。
「で? 千がそれをわしらに話してくれるのはなんでや?」
立神さんの声を受けて田茂さんがやさしい眼差しで俺を見て諭すように話し掛けてくる。
「レベルのことを伝えれば次には当然「そのレベルでどうやってここまで?」と思われるに決まっている。レベルが低いということはそれだけで自身の戦闘力が低いと言っているのと同じだからね。団長相手だろうが冗談でもメンバーを差し出すことには即座に否定するキミが、メンバーにとって不利になるようなことを、酒の席とはいえ軽々しく口にするのには違和感があるよ」
「先日も同じような会話をしましたが、わたしの思い通りに事が運んだのでここまでは問題ないです」
全員の雰囲気が変わる。ここはダンジョンの中だ。
「なんや? わしが手のひらの上で転がされてたっちゅうことかいな」
「いえいえ、そういう話ではありません。ただ、仲良くなりたいな、と思っただけです」
「ん? ウチと? そんだけか?」
それだけか、と聞かれて、やましい気持ちがある人間が本心を素直に吐露するわけはないと思うのだが。こういうところがこの人の人心掌握が巧みな部分なのだろう。
「ええ、それだけです。俺たち、弱いんですよ」
今度は全員が拍子抜けたことがわかった。話せることは話さなければ。
「だけどやってることが変ですよね? 今日、単独でここにいることもそうでしょう。とことん目立たずにやっていきたかったし、そのつもりだったんですけどね。俺たち、パーティー登録してからまだふた月ほどなんです。そしてそれはそのまま俺の冒険者歴でもあります。そんな新米冒険者の俺の思惑とはまったく別のところで世間から目を付けられてしまいまして」
「え? どういうことだい?」
「荒井、おまえは本当におじさんだな。投稿動画とSNSの話だろう」
「井形さんがそういうのに詳しい方が変なんだと思いますけどね。僕はそういう若者文化とかは普段まったく接していないものですから」
「井形、知ってんなら一分以内で教えたらんかい」
「え~。しょうがないなぁ。えーと、これだよ」
この中では一番、若者事情に詳しそうな井形さんがスマホを触って荒井さんに動画を再生して見せた。
「いや、井形よ、お前なんで電波の無いダンジョンでそんなん見れんねん?」
「団長、こんななんもないところ降りるのに何の準備もしないで来るわけないじゃないっすか。ちゃんといろいろダウンロードして来てますよ」
「ホンマか。マメなやっちゃな」
「え? なにこれ? Renegadesってテレビ出てるの?」
「いやいや、違うって、これ全部盗撮の投稿動画だよ。すれ違ったりしたらヘルメットカメラに映るだろ。そういうのを寄せ集めたやつだよ」
「は? いや、そんなことしたらダメじゃないですか。君たちこういうの現場で取り締まってないの?」
最後は俺の顔を見ていたが、俺が何か言う前に井形さんが弁護してくれた。
「あのな、俺たちは部隊で動いてるからな? だから毎回、斥候のお前がすれ違うヤツらに『お願い』して録画を消してもらってるだろ? 彼らはまだ新人パーティーだからな。っていうか民間ではそんなこと普通できないだろ?」
『お願い』というのがどんなものかは知らない方がよさそうだし、『竜騎兵』も立派な民間クランだと思うけど黙っていよう。
「で? このサイトで暴露されたっていうのかい? これって三百万回再生されてるってことだよね? 三百万人が見てるの? レベル20以下でこの認知度? そりゃ怖いよね。よくまだダンジョン潜れるね。それに動画と同じ装備のままじゃないか」
再生数がそのまま見た人の数ではないが、感覚的には間違いではない。
「いや、荒井よ、レベル20とかの収入じゃ、そんなにホイホイと装備なんか換えられないだろうが」
「いやいや、だって、そのレベル20が今ここにいるんですよ? ハイ・オーガが倒せるんですよね? 単独で。あれ? え? まさかタイガー、お前が一人で引っ張ってるなんてことは」
「荒井さん、それはないです。そんなやり方をするんだったら俺はダンジョンに戻れない。意味が無い」
井形さんがジョッキを傾けたあと、少し赤い顔で何かを思い出したように寅吉さんの顔を指差した。
「そうだ! 寅吉! お前、なんでダンジョンに戻ったんだ? お前だけは戻らないと思ってたんだぞ!」
遅っ! 今そこに突っ込みますか?! 酔っ払い認定した方がいい気がしてきた。
「そりゃあ、止めた理由が解消されたからですよ。ダンジョンが嫌になって止めたんじゃないんですから」
「そうや、誰よりも戦うことに向いてるのがお前や。やる気もあったお前がダンジョンを止めた理由は、家族や」
「え! 悩みが解消したってことは、寅吉! お前、離婚したのか?!」
酒は飲んでも飲まれてはいけません。
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




