第97話 可愛い親父ギャグ
アーマーからジャケットに着替えて団長の専用リビングに戻ると寅吉さんと立神さんがもう飲み始めていた。
「お待たせしました」
「すまんな、先にやらせてもらってるよ」
「いえ、お構いなく」
まだ夕方五時ごろなんだけどね。
「あの、これを皆さんでどうぞ」
「おん? なんだ、気を遣わせたね。タイガーよ。お前なんかより千はずいぶんとまともな社会人じゃないか」
「そりゃそうですよ。私ら陸自上がりと違ってうちのリーダーはちゃんとした社会人経験者なんですから」
「わはははは。そりゃ違いない!」
「いやいや、勘弁して下さい。幹部自衛官だった方にそんな風に言われても面映いだけです」
「いや、しかし、こんなに貰って大丈夫かね? 今日来たばかりなんだよね? しばらく潜って行くんじゃないのかい?」
そのあたりはランチの時に打ち合わせ済みだ。
「いえ、今回はここに来ることが目的でしたので、あと一日、二日潜ったら上に戻るつもりです。それは元々こちらに持ってくるつもりだったものなのでまったく問題ありません」
「そうか。ほな、遠慮のうもらっとくで。ありがとさんな」
「千里さん、はいどうぞ」
「サクちゃん、ありがとう」
ジョッキに注がれたビールを渡される。わざわざ凍るほど冷やされたジョッキ?
「みんな飲み物持ったかな。おう、お前らの紹介は乾杯のあとな! えー、今日は約束通り来てくれたレネゲイズのみんなを迎えての歓迎会や。新しく深層に潜る実力のある冒険者たちと知り合えたことに感謝を。『竜騎兵』は『レネゲイズ』を同志として認めることをここに宣言する。よろしくな。乾杯!」
「乾杯!!!」
水滴のついた冷え冷えのグラスに注がれた黄金色の液体を喉に流し込む。
「え? これってひょっとして」
「お? おい、お前ら! 千が気ぃ付いたで」
立神さんがドラグーンズのメンバーに声を掛ける。
「いや、間違ってたら恥ずかしいんですけど、これって生ビールじゃないですか?」
「えー、千里さん、それわかるんすか?」
「いや、なんとなく。でもどうやって」
ビールは缶ビールを持ち込んいでるものだとばかり思っていたけど。それにしても缶の飲料でさえそれだけで非効率的だと思ったのにまさか?
「はははは。監督、ここの人たちはバカだからわざわざビールの樽を持ち込んでるんだよ」
「わははは! タイガー! そんなに褒めるな! お前にはお代わりは無しだ!」
ビールを樽で持ち込む?! それって、空になったやつをまた地上まで持ち上げてるってこと?
「千さん、そうなんすよー。この人たちアタマおかしいから、空になったビールタンクをまた地上に持ち上げてるんすよ」
そんな労力があるなら代わりに魔石が何個持ち帰れるのか!
「空のタンクなんて軽いもんやしな。魔石も持って戻るし、そんなに損はしてへんよ。な!」
「レンジャー!!!」
いや、バカ過ぎる!
「おい、初対面のヤツ、自己紹介せい!」
そう言われた『竜騎兵』の人が挨拶をしてくれた。
「よろしく。えー、井形弘康です。タックネームは『ストッパー』です。一軍で盾職ね」
身体は細身で決して大柄でもないのに盾職をやるとはずいぶんと適性があるのだろう。
「レネゲイズの皆さん、はじめまして。ドラグーンズで一軍をやらせてもらっています。荒井雅彦です。タックネームは『ゲッツー』です。斥候をやっています。よろしくお願いします」
爽やかで人当たり良さそうな痩身で童顔な人だ。
「この二人はウチの一軍、第一小隊だ。田茂が副官と小隊長兼任しとる」
田茂さんが爽やかにグラスを上げる。相変わらずのイケオジだ。
「レネゲイズのクランリーダーの星名千里です。タックネームは『千』です。よろしくお願いします」
おっさんだらけの座卓から離れたテーブルで女子会をしていた葵がこっちを見た。
「おん? ほんなら次はウチかトラのおっちゃんか? おっちゃんは挨拶いらんか。ほなウチやな。ウチは川下葵、エースな。まだ十八やから最年少なんやろ?」
みんな笑顔だ。ド金髪のヤンキー娘ぐらいの跳ねっ返りは余裕で子供扱いの人たちだ。「元気があっていい」というのが彼らの総評だ。「でも子供扱いは失礼だな」というのは葵のどの部分のことやら。
「西宮園子です。マネージャーです。よろしくお願い致します」
外向けの対外受付窓口ビジネスモードだ。軽く染めたセミロングの茶髪も上品だ。化粧も少し大人っぽい方向にシフトしている。どう見ても深層階をうろつく冒険者には見えない。都会のOLと合コンでもしてるのか? と錯覚しそうな雰囲気だ。
ちょっと落ち着きのなくなってきた対面の諸先輩方だが、園子は女性の中では背も高いし、間違いなく美人だ。その美貌だけでギルドで指名が入るほどの人気、実力共にナンバーワン受付嬢だった女性だ。きっと見覚えがある人もいるだろう。
「マネージャーは本当にその名の通りで、うちの副長です」
「ほぉ」という素直な驚嘆の声が漏れる。
「千、お前さんが羨ましいわ。ウチんとこの副長と交換してくれへんか」
爆笑が起きる。
「ドラゴン、こればっかりはあなたの願いでも絶対に不可です。彼女はクランにとっても私にとっても失うことのできない大事なメンバーです。ただし、彼女たちが自らの意思でウチを出ると言うのなら断腸の思いで認めましょう」
園子が笑顔で両手でバツをした。
『ドラゴン』は立神さんのタックネームだ。名前の『立』の字から『竜』を文字って現役時代からドラゴンがタックネームだったそうだ。それがそのままクランネームにもなったというのが『竜騎兵』という名前の由来だ。
というのは後付けの理由で、周りにいる誰もが、最強生物である『ドラゴン』と呼びたくなる何かが彼自身に備わっていたからそう呼ばれるようになったに決まってる!
「聞いたか、荒井」
「聞きましたよ。井形さん。いや、団長相手に即答ですか。すばらしい」
「こりゃ大したもんだな」
「二人ともそう思いますか? いいでしょ。うちの監督」
「これは交換じゃなくて、俺がそっちに行った方がいいのかな?」
「おいおい、田茂よ、マジかいな。そんなんお前、ちょっとした可愛い親父ギャグやないか」
またひとしきり笑いが起きるが、さぁ、大問題が発生するぞ。その大問題が女子テーブルの死角から立ち上がる。背が高いので立ち上がるだけでこちらからしっかり顔が見えるようになる。




