第96話 ダンジョン初夜
ギルド駐車場に寄って小佐原さんに魔鉄鋼を預けた後に分かれて代々木第一ダンジョンの駐車場の車内で装備を身に着ける。
「今夜は初のダンジョンでの泊まりということで、ダンジョン内ではいつでも【遠話】やテキストで連絡をしてくれていいから。単独行動は絶対にしないこと。トイレに行くのもひとりではダメだ。なんなら必ず俺を呼べ。遠慮はなしだ。この日のために一緒に住んでいたんだと思ってくれ」
「わかったわ。大丈夫よ。千里には別に何を見られようが恥ずかしいものなんてないわ」
いや、園子にはそんな見られて恥ずかしいようなものを見せられた記憶は無いんだけど?
「んー、ウチは最初っから平気やったからなぁ?」
葵は確かにそうだったな。初日に全裸のまま風呂場のドアが全開だったことを思い出したわ。なんなら今でも風呂上りはTシャツ一枚でうろついている。そして、もはや誰も何も言わないまである。
「あ、それはそうですね。私は酔っていたのもありましたけど、もう他の殿方にはお見せできないようなこともたくさんお見せしてしまっていますしね。はい、全部見てくださいね」
あっ! 最初に泊まった次の日の朝か! あれはたしかに強烈だった。そしてたぶん、あれは誰にも知られていない。しかし、わざわざ新たに見せつける必要は無いのだよ。とは言えない。せっかくのみんなのこのノリは大事にした方がいいだろう。羞恥を感じた瞬間にこういうものは崩壊するのだから。
「まぁ、なんでも遠慮なく言ってくれ。というか俺たちだけになったらロビーに戻ってまた帰ってくればいいだけだけどな。あとはクールダウンの問題だけだ」
「あら? ほんとだわ。なぁんだ。期待して損しちゃった」
「うふふ。園子さんはクールダウンにまだ慣れていらっしゃいませんからね。戻るよりそのままダンジョンでいろいろお済ませになった方がよろしいと思いますよ?」
「あー、そうね。間に合わない方が悲惨だわ。千里、頼むわね」
「あ、ああ。任せろ!」
力強く言ったが、何を任されたのかはまったくわからない。寅吉さんは空気になっていた。
◇
「これ、階段も見れるんだな」
「ほんとね。見たことなかったから気付かなかったわね。いつからかしら? 全部一度に見られるようになってからよね?」
【こうしえん】の【地図】が、呼び出したら各階を繋ぐ階段まで表示されることがわかった。地図の表示が平面地図なので、螺旋状の階段の呼び出しは面倒だが、知りたいのは一番上か一番下ぐらいなので、ジャンプアウトのポイントを設置するのに不自由はなさそうだった。これで階段の見張りも【地図】上で出来ることがわかって、精神的に楽になりそうだ。
「ってことで安地の『万屋』近くの階段に飛べば良さそうだな。二十六階層と二十七階層を繋ぐ階段の最初の踊り場かな。階段の出口近辺と下から上ってくる冒険者に注意」
「地上、今は誰もいないようだな」
「階段下、大丈夫です」
「園子」
「行くわよ。ジャンプ!」
第一階層のいつもの小部屋から『万屋 竜の寝床』近くの階段踊り場に【瞬間移動】。見慣れぬ場所への瞬間的な移動で、一瞬、自分のいる場所がどこだかわからなくなる。
『オールアテンション、落ち着こう。階段を上がればすぐ『竜の寝床』だ。時間はそろそろ十六時半だ。下で様子見とモンスター退治をしたことにしよう。ここの下はハイ・オーガしか出ない。だけど、今日やったボス戦以外の戦果を聞かれてもいっさい答える必要はない。クランの方針とでも言えばいい。質問はいつでも受け付ける。よし、行こう!』
寅吉さんを先頭に階段を上がる。すぐに出口になって外に出ると、先ほどとは空の色が違った。
「およ? なんか夕方っぽい?」
「そうよ。ここにも上と同じように夜がありますからね」
「あー、そういうことか。何か違和感があると思ったら、ここには影があったのか」
「あ、ほんとですね。だから違和感がないのですね」
違和感があるんだかないんだか。香流と顔を見合わせて笑ってしまった。
「あははは。違和感があるんだか無いんだか、どっちなんだろうな?」
「うーん、ウチは特に他とは変わらんけどなぁ?」
「まぁ、暗くなるのは不便よね」
「確かにね。私も園子くんと同じく、明るいままの方が気楽でいいな」
モンスターのいる世界だから視界のある日中がいいに決まってる。ここは半径百メートルの安地圏内を超えるとモンスターが跋扈している危険地帯なのだ。しかも、あたかも自然にそこにいる感じで、同時出現数に制限が掛かっていない。ある場所では群れがいたり、ある場所にはまったくいなかったりする。
しばしの談笑のあと、店へと向かう。
寅吉さんを先頭にヘルメットの録画を停止してから暖簾をくぐる。
「お、戻ったか! ほな、今夜は宴会やな!」
喫茶スペースの一番出入り口に近い、端の席に立神さんがヘルメットも被らず座って湯呑み片手にお茶を飲んでいた。どうやら今しがた到着したばかりのようだ。
「団長、先日はご参加ありがとうございました」
「おーん? 何を今さら、そんなんどうでもええわ。そんなことより今夜は朝まで付き合えや」
「たっつぁん! ひっさしぶやん!」
立神氏と会うのはまだ三度目の葵が遠慮ゼロでブッ込むと店内がザワついた。猛者の頂点の鬼に向かって開口一番「たっつぁん」呼ばわりの少女の声に店内にいた大勢の上級冒険者たちに動揺が走った。
「た、たっつぁん?!」「誰だあいつら?」「見かけないな」「いや、どこかで見たような」「女の子、だと?!」
俺たちが入った瞬間から女性率の高さからかザワつきかけて注目を浴び掛けていたのだが、葵のひと言で店内は半ばパニックを起こしかけていた。
「おう! おまえら! これはタイガーのおるクランや! 見知っとけ!」
「レンジャー!!!」
店内を埋めていた猛者どもが一糸乱れぬ様相で一斉に声を発した。こーれはマズい! 今、たぶん紹介されたぞ!
「新参クランの『Renegades』です! よろしくお願いします!」
「あー! 『Renegades』か!」
「あ? なんだお前、知ってんのか?」
「はっは! お前知らんのか? そんなんだからモテねーんだよ」
「なんだとー!」
「『Renegades』知ってるぞ!」
「KAWASAKI Style、だろ?!」
「お前なんでネイティブ発音なんだよキモいぞ」
「へー、もうここまで自力で来たのか?」
「あれ? 川崎の時って三階のボスまでしかやってないよな?」
「は? それでもうここ? なにそれ?」
うお、情報分析能力が高くて恐ろしい。あれだけのネットの情報から今、推察してるのか? 全部当たってて怖いんだが。
「おっちゃんらみんなめっちゃ強そうやな! なんや美味しい情報あったら教えてや! 新人やさかいお返しはなんも無いけどな!」
一瞬の空白の後に大爆笑が起きた。
「わはははは! お嬢ちゃん、気に入った!」
「おうおう! おじさんがなんでも教えてやる!」
「タイガー! お前の娘か!」
「うちの娘はまだ四歳だ!」
「ぎゃははは」
「お前ら! 覚えたな! 『Renegades』は俺の客だ! 忘れんなよ!」
「レンジャー!!!」
相変わらず返事は良かった。もう。完全に条件反射だ。
「あー! 『Renegades』じゃないっすかー!」
騒ぎを聞きつけたのか咲耶ちゃんがカウンターの奥から飛び出してきて葵に抱きついた。
「おー、サクちゃんもおったんかいな」
「いたいたー! さっき着いたばっかしっすよー! え? え? 今夜泊まってくの?」
「おーん? たっつぁん、なんやオゴりで泊まってけーってゆー話なんやろ?」
「おう! ゆっくりしていきな! おい、タイガー! ここじゃあうるさ過ぎて話にならん、奥行くぞ」
失礼しますと頭を下げて奥に行くが葵はここでもやっぱりあっという間に人気者になって手を振りながら歩いた。猛者たちが手を振り返していた。
マスターに挨拶しながらカウンター横の扉を抜けると玄関になっていた。そこでブーツを脱いでスリッパに履き替える。廊下の先に広いロビーがあって何人ものクランメンバーがくつろいでいて、階段を過ぎてさらに廊下を進むとドアの向こうにリビングルームがあった。
「ここが俺の部屋だ。まぁ、団長特権だな」
どうやってここまで運んだのか、センスの良い調度品でまとめられた機能的なリビングだった。ソファーもあるけど、部屋中に絨毯と大きなテーブルの下にはラグも敷いてあって座布団で座れるようになっていた。
「あー、先に装備脱ぎたいわな。サクちゃん、部屋に案内したってんか」
「オッケー。じゃあ、みなさんこっちっすねー。あ、部屋割どうしよう?」
「あー、それやったらみんな同じでええんちゃう?」
「ん? あ、いや葵くん、俺は別で」
「タイガー、お前はここや! お前に部屋はいらんわ」
「レンジャー!」
寅吉さんは徹夜なんだった。
「えーと? じゃあ千里さんはみんなと一緒でいいのよね」
「いや、それはさすがに」
「はい、それで問題ないのでご案内お願いしますね」
香流にグイグイと背中を押される。そうか、初めての場所で不安なんだな。そりゃそうだ、ここはダンジョンなのだ。しかも、初宿泊だ。彼女たちが平気だというなら今さら俺も一緒の部屋で寝泊まりするのに抵抗は無い。むしろ安心だ。
廊下を少し戻って階段を上がる。
「ここの向かい側があたしの部屋っす。この部屋はねー、女性冒険者たちが来た時に泊まってもらうことが多い部屋っすから」
「え? だったら俺が寝たらマズくないか?」
「別に女性専用ってわけでもないから大丈夫っすよ。身内みたいな人たちが来た時も泊まることあるし」
ということなので一旦、荷物を置くのに部屋に入る。
「へー、想像より広くてキレイなのね」
「そうっすねー。みんな荷物とか装備もあるし、狭いより広い方がいいっすからねー。だいたい泊まる人って一週間ぐらい連続で泊まるから、寝るだけとはいえ狭いと大人数だし、ギスギスしちゃうから広い方がいいんスよね」
「なるほど、それはなんかわかるよ」
装備を外して着替えているのだが、同じ冒険者ということで上半身がボディスーツになるぐらいは咲耶ちゃんも平気みたいだ。
「あ、千里さん、筋トレちゃんと続けてるんすね」
「おー、これやろ? ちゃんと筋トレ続けとる成果やんな!」
俺より偉そうにドヤる葵が俺のボディスーツの腹を拳でコツコツと叩く。先日、咲耶ちゃんが泊まった時に効率的な筋トレをいろいろ教えてもらったことかな? そんなに日数も経ってないし社交辞令だろう。
「え? あれからまた固くなったの? どれどれ」
「あ、毎晩確かめてはいますけどとりあえず本日の養分を摂取しますね」
なぜか咲耶ちゃんまで含めて俺の腹筋と胸筋をチェックされた。
「どうなのかな? ここ数か月葵に付き合わされて鍛えてるんだけどね。この前、咲耶ちゃんに教えてもらった方法がだいぶいいよ」
「うーん、いいっすねー。なんか、こう、鍛えてるんです! っていう初々しい感じの筋肉が可愛いっす!」
「筋肉が可愛い……」
ものすごーく体育会系だ。
「あ、それ、わかるわぁ」
「うふふふ。そうですわね。特にこの左胸の大胸筋が私の好みです」
「おおう、香流ちゃん、だいぶマニアックなとこ攻めとんな」
「香流の妄想が捗ってそうね。千里、次はふくらはぎと大殿筋を攻めるわよ」
「攻める……」
「あー園子ちゃんは下半身好きやもんな」
「下半身は裏切らないのよ!」
上半身は裏切るのかい? とは聞いてはいけない気がしたので黙ってた。
「では、大胸筋と上腕二頭筋は私が」
「じゃあ、わたしは大殿筋とふくらはぎね」
「ん~? ほんならウチは腹筋?」
「おー、じゃあ、あたしは背中っすね?」
「なんか、その、きみらに食べられそうな気がしてきたよ」
牛になったつもりでそう言ったら園子と香流が赤くなった。食いしん坊がバレちゃったぞ?
みんなそれぞれ装備を片付けて、リュックから冒険者ジャケットを出して羽織った。
俺のリュックから薄手のナップサックを取り出してみんなのリュックから飲みものと食べ物を出し合って詰めた。
「えー? 千里さん、そんなのいいっすよ。物資なら山ほど貯め込んでるんすから」
「まぁまぁ、こういうのは大人の付き合いで挨拶みたいなものだから。それに、本当にいろいろお世話になってるからね。これぐらいはさせて欲しいし」
本当ならマジックバッグから大量の物資を取り出したいところだ。
さて、ダンジョンで宴会って大丈夫なのか?
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




