第100話 一斉十字砲火
いや、あのですね、彼女のことは俺はちょっとした事情があって詳しいというかですねって、なんとも言い出しにくい! こんなの話せることはほとんどないぞ。
「まぁ、そーよねー。千里はセクシーエロおばさんのことなら誰よりも奥深〜くまで詳しいですもんねー」
「不本意ながら不同意で不適切な交歓によって知り得た貴重な情報ですね。弱点、なども御存知でいらっしゃるかも?」
園子さん? 珍しく酔ってます? 誰だ! 香流に酒を飲ませたのは!
葵が俺の首筋を挟むようにノシっと背後から抱き着いて俺の手からスマホを取って、頭の上にあごを乗せたまま画面を見る。
「おーん? 数字も写真加工も盛ってこんなもんなんやろ? おばはんもまだまだやなぁ! そんなんやったらよゆーでウチの勝ちやで! にゃははは」
スマホを片手に立ち上がると、ジャケットの前は全開のまま一部ボディパーツを反らせる十八歳。見終わったスマホを、もう用は無いとばかりに井形さんに放り投げて返すと高笑いをしながらテーブルに戻って行った。
咲耶ちゃんが戻ってきた葵のためにイスを引いていた。女子の中では何らかの格付けが済んだらしい。
大胆すぎる若者を呆然と見送るおじさんたち。いや、若いから大胆なのか?
「井形、おまえ、そういうとこやぞ?」
「レンジャー……」
今まで聞いたことのない消え入りそうな「レンジャー」だった。なにかウチのが申し訳ない。だが今は言葉を掛ける時ではないだろう。
「いや! ちょっと待て! 千! いま、聖女様たちがなんて言った!」
急に息を吹き返すのが酔っぱらい!
「聖女様?」
「ちょ、先輩、急になにを」
「黙ってろ荒井! これは大事なことだ! 千、お前、姫のこと、ど、ど、どこまで知ってんだ?!」
「姫?」
この人はさっきから何を言っているのだろう? 寅吉さんを見ると、何のことかわからないと首を横に振った。
「千くん、すまない。井形先輩、みんな何のことかわかってませんよ。説明してください」
「ん? そうなのか? そいつはすまん。千、お前のとこのメンバーの彼女のことだ。ネットでは彼女のこと、クローザーのことは最初は聖騎士と呼ばれていた。で、今は聖女様だ。ただし! そう呼んでいいのは兜を脱いだ時だけだ!」
本人はもちろん、俺たちの誰もそんな許可は出してはいないのだが? 聖女呼びは『Titans』と揉めたあの時に、香流の素顔を見た向こうのメンバーが口走ったはずだ。『Titans』から漏れたのか?
「そんな風にネットで言われているんですね?」
「そうだ! そして、『Titans』のCEOの藤間元子女史のタックネームは『姫』だ!」
「はあ。そうなんですね」
「うむ。わかればよろしい。じゃなくて! お前、姫の何をどこまで知ってるんだ?!」
「いや、ですから、彼女は学生時代の先輩です。それだけです。彼女、その頃から人を操るのが上手くてですね、他人を使って自分の思い通りの世界を作る術に長けているんです。あれから十年、その技術を磨き続けているとしたら、今の『Titans』がどういう組織運営をされているかは容易に想像できますよ。でも先ほども言った通り、彼女は今年でもう三十一ですよ? いつまでも若い時と同じというわけにはいかないでしょう。あー、なるほど。そろそろ引退資金として大きく稼ぎたいってことか。だとすると、代々木進出もその一環か?」
馬鹿なことを。彼女ほどの女性ならまともなやり方でも成功できただろうし、なんならすでに充分に莫大な資産だって形成できているだろう。まだ足りないのか? どうすれば満足するんだ?
立神さんはもう何人も若者が亡くなっていると言った。あの時、お前は俺たちを殺せと言いかけていたが、もうとっくに一線なんか飛び越してしまっていたんだな。元子、お前が悪魔に魂を売ってまでして手に入れたいものは何だ? お前はこの先どうやって落とし前を着けるつもりなんだ?
「彼女のことに詳しいんやったら話は早そうやな。あそこな、一気にここら辺の覇権取りに来とんねん。ここ、半径百メートルしかないやろ? 資金に物言わして物件を買い占め始めとる」
「え? でも、そんなのすぐに資金が続かなくなるのではないですか?」
「自分のクランに幹部待遇で迎えるだのなんだのでな。あと、彼女自身の人を引き寄せる力っちゅうんかな? ほんでやな、人海戦術と資金投入で安売りを始めとる」
ぬるくなりかけてるグラスを傾ける立神さんに代わって田茂さんが経緯を教えてくれた。
「食糧や飲料の販売のことだ。売値が売値だからな。一割引きでも金額が大きい。こっちも対抗したらそこからさらに引いて二割引き、そこにも追随したら今は三割引きだ。そこで困ってしまってな。今はウチは二割引きのままにしている。歩荷に払う日当とアイテムの買取価格を下げるわけにはいかんからな。どこまでもは付き合いきれん」
「そしたらあいつら今度、何して来よったと思う? そこら辺の冒険者に小遣い渡して食料、飲料をウチに下取りに出してきよった」
「え? あぁ、こっちで買い取っても今は高いから売れないのか。買取で現金は出て行くけど、買い取った商品は売れないからどんどん不良在庫化していく一方なんですね。資金が底を突くのを待っているのか」
「お? おう、そうだ。その通りだ」
「ビジネス競争としては特別なことはない。至って普通ですね。それこそが資本主義でもある。チェーン店やスーパーマーケットの出店と同じです。少なくとも消費者にとっては下取り価格が変わらないのであれば購入金額が下がってウェルカムな状況でしかない」
ビールを飲む。みんながうつむいたりグラスを見つめたり天井を見たりしている。
「だけど、こんな異常な状態が長続きするわけがない。要は敵対的乗っ取りでしょう。やっていることの底が浅い。たとえ一時的に損をしようと、巨額の資金投入をして短期間の内に市場を席捲するつもりか。ライバルが潰れるか逃げるかしたら市場独占完了だ。値段を戻せばいい。独占しているなら元の値段より上げることだって可能だ。ライバル店がいなくなったあとだ。今度は買う方もその高値で売ってる店から買うしかない。消費者に選択肢はもうない」
残ったビールを飲み干す。
くだらない! 元子、これってお前が考えたのか? それとも学校出立ての社会を知らない机上の空論コンサル野郎でも囲っているのか?
「ふっ。しょうもない。底が浅くて喧嘩にもならん。負けるなんてこれっぽっちも思えないほどつけ上がってるのか」
あっ。俺も酒が回ったか? つい口を突いた言葉に全員が反応して視線の一斉十字砲火を浴びてしまっていた。
「千里はん、あんたやったら戦えるんか?」
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




