第101話 死生観とは?
「え? どういうことですか?」
「あんさんがここの大将やったら勝てるんか?」
俺が竜騎兵のボスだったらってことか? それなら答えは簡単だ。
「立神さん、俺が竜騎兵のボスだったとしても立神さんほどうまくは立ち回れません。立神さんで無理なら当然、俺なんかでは絶対に無理です」
「おーん? そうなんか?」
期待が外れたって感じかな。俺にできることはそういうことじゃない。
俺は、弱い。
「でも、Renegadesなら話は変わってくるかもしれません」
寅吉さんが満足そうな笑みを浮かべながら美味そうにビールを飲んだ。
ほら、まただ。この人は多くを語らない。けど、時に誰よりも前に出て、時に皆の背後に回るその姿が、その背中が、その表情が雄弁に語っている。大丈夫、思うままに進め。
園子がこちらに向き直って美しい脚線美を見せつけるように脚を組み替えた。
彼女の勝気な性格のお陰で、ともすれば立ち止まりがちな性格の俺は前に進むことが出来る。彼女は両手で優しく背中を押したりはしない。行け、とその美しい御御足で背中を腰骨から蹴り抜いてくれるのだ。
香流は余裕たっぷりに優美に立ち上がると、飲み終わったグラスを片付けるため、後ろ姿だけでもわかる美神ぶりを解き放ってキッチンに歩き始めた。
冒険者になる前はその内に潜む獣を飼い慣らすことに慣れ過ぎてしまっていた。いつだってその獣は外に出たがっていたのに。今や彼女は生まれ変わったが如く自由で、世界の誰よりも美しくなった。その一助になれていると思えることが今この場での俺の根拠の無い自信に繋がっている。
葵はしっかりと空気を読んで黙ってイスに座ったまま、前面ジッパー全開のジャケットのポケットに両手を突っ込みながらふんぞり返った。
「兄やんもずいぶんとエエ思いさせてもろた分、おばはんとは因縁もあるさかいなぁ。もう一回ヤるんやったらきっちりカタつけたらんとあかんわなぁ。そうせんと新しい女も作りにくいんやろ? しゃあないなぁ! なにわの女の方がエエもん持っとるっちゅうところ、見したるわ! 見たら欲しなんで?」
葵はこういう時に外さない。
が! 今回は大外しだ! おまっ、急になんちゅうことを言い出すんだ?! 見ろ! 歴戦の勇者たちが凍ったように動けなくなってるぞ!
これが若さ故か! そしてこの若さゆえの暴走が俺の焦燥となって失った何かを駆り立てる。
もう引けない。引かない。
「星名さん」
立神さんが俺をさん付け?!
前に出ようとした俺の何かがたたらを踏む。
何も言えず立神さんの目を見るしか出来ない。
「この店、もらったってくれや」
「はい?! 立神さん、何をおっしゃっているのか」
「条件がある。ひとつはサクちゃんをレネゲイズに入れたってくれ。もうひとつは、ドラグーンズをレネゲイズの傘下に入れたってくれ」
俺の口が開きっ放しなのは、話の途中で腰を折られたからだけじゃない。今、なんとおっしゃいましたか?
「咲耶さんをRenegadesにというのはまだ理解出来ます。しかし、それ以外がまったくわかりません」
わからないなら後輩として出来る事はひとつだけだ。
首を垂れてこちらが理解出来るよう教えを乞うのだ!
「うん。いきなりそんなん言われて、はいわかりました、いただきます、言うヤツは信用ならんからな。頭下げとんのはこっちやけどな、ちゃんと腹割って話そうや」
咲耶ちゃんのことは即答でもらうと言ったことは大丈夫そうで良かった。
「ウチらも鍛えてるいうても、もういい加減、大荷物持ってこんなとこまで来んのは正直、キッツイんやわ」
他のメンバーを見ても、その通りとばかり頷いている。ここまで来て再び地上まで戻るのに五日から六日は掛かる。一週間掛けて一往復だ。しかも、その間は一度も家に帰ることはできず、危険なダンジョンでの寝泊まりだ。
とはいえ、立神さんっていくつなんだ? 歳の割にぜんぜん若いだろ? たぶん、地上でさえ俺では運動では何も勝てないと思うぞ?
「バイトを集めて歩荷やらせても、もちろんエエんやけどな、さっき言うたように仕入れても売れやせんから発注もしてやれん」
さっき、店に入る時にいた雰囲気のあるおっさんたちのことだろうか。Titansでは若いアルバイトに時給二千円以下でやらせると言ってたが。いや、それでも。
「タイタンズはな、歩荷は歩合や。持ち込んだ商品の種類と重さで一往復なんぼで雇っとる。イって二、三万ぐらいちゃうか? 安いやろ?」
安い! 余裕で日給一万円以下だ。下手したら五千円か? 素人同然の冒険者ならレベルも低く、持てる荷物の量も大したことないのだろう。そんなに元子に会いたいもんなのか?
殺伐とした話に気が滅入ってきたところで香流が居酒屋の店員さんのように両手にビールジョッキを抱えて持ってきた。ここはダンジョンだ。身体強化が効く。
「あらあら、せっかくの皆さんで親睦を深めようという会なのに。暗くなってばかりでは良いお話しにはなりませんよ」
そう言いながら「はい、どうぞ」と、ひとりひとりに笑顔で冷えたジョッキを配り始めた。
慌てて手元のグラスを飲み干すおっさんたち。そしてぎこちないお礼を言って新しいグラスを受け取る。美貌から目を離せない者、下を向いて顔を見れない者、おっさんもいろいろだなぁ。
最後に俺のところに来てグラスを置くと、俺の頭をくしゃくしゃとやった。
おじさんたちの羨望と嫉妬と殺意の込められた視線がぶっ刺さる!
「千里、良いお話しになるといいわね」
ニコリとして、両手に空のジョッキを持つとキッチンに戻って行った。シンクには女の子たちが立っていて、飲み終わったグラスや皿を洗いつつ、園子は何かツマミを作ってくれているようだった。時折り楽しげな笑い声が起きる。
たっぷり三分ほど経って誰かが呟く。
「何の話だっけ?」
せっかく持って来てもらったビールをぬるくなる前に楽しむ。テーブルのあちこちでジョッキを置くゴトンという音が聞こえる。
「あー、なんやったっけか? あー、そや。ドラグーンズな、もうロートルばっかしでな、重い荷物をこんなとこまで一週間掛けて往復するのも、もうそろそろエエやろってところではあったんや。俺ら世代で言うたらやな、もう充分に稼がせてもろた。家族もみんな今後の人生、変な苦労せんでええいうところまでダンジョンには世話になったんや」
これだ。冒険者の上がりとしてはこれでいいはずだ。それでも立神さんは余計に長く潜り続けたはずだ。それは部下たちの生活のためだ。他人の家族のために自分の生活を犠牲にしているはずだ。部下の人たちもみんなそれはわかっているだろう。
「せやけどな、まだこいつら四十代や。もうちょい頑張ってもエエ歳や。田茂に後を譲るのんが筋やし、みんなも異論は無いんやけどな」
「団長が頭を辞めても自分は貴方の後釜には座れない。自分は群れなら副官までです。パーティーリーダーは出来ても組織のリーダーをやる気はありません」
田茂さんなりの矜持なのだろう。この甘いマスクと柔らかい物腰だが現場叩き上げの雰囲気がぷんぷんと匂う。信念は揺るがなさそうだ。
「とまあそんなことでな、だったら他の者でっちゅうことになるし、それでもかまへんのやが、事情が変わってもうた」
「Titansのせいですね」
「せや、このあとは誰にここを譲ったところでジリ貧や。狩場への前線基地としてここは維持したい。けど、この広さが災いした。今おる隊員のダンジョンの稼ぎだけで維持するには無駄が多すぎる。かと言って、急に質の良え隊員を増やすんも無理や」
立神さんがビールを口にするとみんなもそれに倣った。
稀少な安地の土地だ。公になっている安地は全て借地だ。明確に賃貸価格は決まっている。クランとして正常な経営状態であること、キチンと賃借料を払うことは当然の条件だ。
ただ、その土地を借りる権利が、裏で借り手の当事者間で売買されているのだ。ギルドとしても、わけのわからないパーティーやクランよりは、紹介されたところの方がいいだろうという事で黙認されている。
公共の場所としてそのやり方はどうなんだ? とは思うが、このあたりの利権関係の話は法整備の問題や、いろいろな団体の思惑が絡んで、まだまだ複雑怪奇な独自ルールが罷り通っている部分が多いのが今の実情だ。
これだけの敷地面積だ。賃料も相当なものなのだろう。だからこそ、国も、ギルドも、ここでやる商売に見て見ぬふりなのだ。全国のダンジョン内でギルドがアイテム売買をする場合、危険度に対する報酬や保険、何より人命軽視に繋がりかねないこの仕事を国の息の掛かった事業には誰もしたくないのだ。
ダンジョンが出来て二十年。まだまだ法整備は追いつかないし、かといって国益を考えればダンジョンアイテムの研究を他国に比して遅れるわけにもいかない。
立神さんのような人が冒険者という先駆者たちを駆り立て、夢のある仕事へと業界を押し上げたのだ。
今やトップ冒険者はスポーツで大金を稼ぐ有名選手に引けを取らない国民的ヒーローだ。竜騎兵は一騎当千の猛者揃い、ダンジョンですれ違う冒険者は誰もが黙って道を譲る。それは恐怖でもあるし、畏怖でもあるし、憧れでもある。Titansはそこに戦争を仕掛けている。異常行動だ。
「そんでな、星名はん。寅吉見とったらわかる。会話したら、そらもう確信や。せやけどやっぱりお前さんらが何しとって何を隠しとんのかはわからん。けど自分、さっき言うたな。『Renegadesならこの状況をひっくり返せる』てな。おい」
最後は隣の田茂さんに向けて言っていた。田茂さんは最初から用意されていたのか、一枚の紙をテーブルに置いた。
「これな、ここの権利書や。ほんでな」
田茂さんが続けてもう一枚、用紙を置く。
いつの間にか俺の後ろに女の子たちが座っていた。
「これはな、ここの権利を譲るっちゅう賃貸権利譲渡申請書や。名義はレネゲイズ宛になっとる。あとは自分の名前書いてもらうだけや」
ここで言う『自分』とはもちろん俺のことだ。
「ほんでな、あともうちょい」
「まだあるんですか?!」
竜騎兵の面々が笑った。
地上を生きる人々とは死生観が違う。さらに、地上の自衛官とも違う。彼らは常在戦場の人たちなのだ。自分たちの命運が懸かったその瞬間でさえ笑えるのだ。
そして田茂さんがバサッという音と共に紙束をテーブルに置いた。
「これはな、現竜騎兵メンバーの誓約書だ。Renegadesに関する情報の一切を生涯に渡り口外しないという宣誓だ」
重い。彼らの人生を懸けた誓いだ。
だが、俺はRenegadesのリーダーとして冷静で非情の決断も求められている。俺の背には俺が守るべき女性たちがいる。
いや違う、俺の背中をみんなが支えてくれているという力強さとあたたかさを感じる。
そうだ、なにを「俺が守る」だ。恥ずかしさに身悶えしそうだ。
俺はいつだって彼女たちに守られているだけじゃないか。彼女たちが居なければ俺はここに存在しないのだ。俺は彼女たちのために生きる。そうしてこそ俺も生き残れる。
カッコ悪くてもこれが俺に出来るすべてだ。やれることは全部やれ!
「お話はわかりました。それではこちらからもお伝えしなければなりません。現在、Renegadesには七名のメンバーがいます。そして、今一名増えて八名となりました。私はRenegadesのリーダーとして、今後、なにがあってもこの八名を最優先として判断、行動します。それが具体的に何を表すのかはここでも、今後も明言はしません。その都度の私の判断基準がそうなるということだけをお伝えしておきます」
「うーん、ええなあ! おい! 寅吉よ!」
「がっはっはっはっ! だから言いましたよね? これがうちの監督だって」
「マジかー! タイガーが守られてるし、これからも俺がお前のお守り決定かよー!」
井形さんが赤い顔のまま大喜びだ。自分たちは後回し、下手をしたら彼女たちを生かすためにあなたたちには死んでもらいますと言ったようなものなのに、全員が大喜びだ。この人たち、死生観とかじゃなくてもうとっくにいろんなところが壊れちゃってないかい?!
「わははは! おっちゃんらみんな変人さんやな!」
「はははは。褒めてくれてありがとう」
荒井さんがやさしく変なこと言ってる!
「千! まずはここにおるワシらの誓約書にサインせい。そしたら話しやすぅなるやろ」
目の前の四人の誓約書に咲耶ちゃん含めて全員でサインを入れて書類を預かる。誓約された罰則内容は、今後を含めた生涯全財産没収とダンジョン進入の永久凍結だ。残りの小佐原さんと雅代のサインは上に戻ってからだ。
そして、当然のように誓約書は俺たちへのものだけだった。彼らはたとえ拷問を受けようと秘密を話す気は無いのだ。それが彼らの生きてきた厳しい世界なのだとあらためて思い知らされた。
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




