第102話 星名千里に喧嘩を売るな
Renegadesのことは一切口外しない。
誓約書にサインし終わると田茂さんがこの場所の賃貸権利譲渡書と竜騎兵がRenegadesの傘下に入る誓約書を俺の前に押し出した。いつでもサインを書けということだ。
Renegadesのパーティーメンバーの顔をゆっくりと見渡すフリをしながら【遠話】で話し掛ける。
『俺たちのことを口外しないという確約はもらった。権利譲渡とクラン統合に関しては俺たちのことを話したあと、あらためて先方に判断を仰ごうと思うがどう思う?』
葵:それでええよ
園子:いいと思うわ
香流:お任せ致します。
寅吉:任せるよ
葵の返信はいつも一番早い。テキスト打ちが早いのは若さゆえか? 判断のスピードが頭抜けて早いのも一因なんだろうな、などと思う。俺、こんなこと思って余裕あるのかな?
立神さんたちは竜騎兵を俺に譲ろうとしている。ありえないことだ。竜騎兵メンバーの未来のために、俺のこと、俺を信じる寅吉さんを信じて託そうとしているが、ギャンブルであることに間違いはない。
与えられて、はいそうですかで済む話とはやっぱり思えない。俺たちのやっていること、やれることを知ってもらって、それでも良ければという話であるべきだ。
咲耶ちゃんがジョッキで冷たいウーロン茶を出してくれた。ゴクゴクと喉を鳴らして煽る。頭と胸の内がシンと冴えていく気がした。
「俺が竜騎兵のリーダーになっても何の意味もありません。だけど、Renegadesがここを任されたなら話は変わります」
目の前の立神さんが一見、緊張の無い眠そうな目をしている。しかし、それは一言も聞き漏らすまい、真意を読み取ろうと、闘うための目だ。無意識の内に自分の言動を悟られないようにしている。真剣を抜き合って対峙している様を想像し掛けて止める。そんな立ち合いをしても勝てるわけがないからだ。俺は、弱い。
自分に出来ることを。その全てを懸けろ!
ヒリヒリと焦げ付く闘いを前に口元が緩んでしまったのかもしれない。立神さんの目に「おや?」という思いが見えた。
竜騎兵の未来の話ではない。
これは俺たちRenegadesの未来の話だ!
この歴戦の勇者に認めてもらえるかどうかだけだ。失うモノなんか最初から持ち合わせてない。
交渉でさえないのなら、今、自分の持っているありったっけを曝け出せ!
「Renegadesでなければいけない理由。それは、俺個人の力では何もできないからです」
両手を広げて背後の三人を指す。
「俺と一緒に彼女たちがいてくれれば、そして寅吉さんのサポートがあれば、状況は一変します」
「ははは。星名さん、俺の力は大したことないよ」
と、寅吉さん。
「ん~、ウチがひとりおってもなぁ、にっちもさっちもいかへんで」
「わたしがひとりでも怖すぎてダンジョンは潜れないわね」
「うふふふ。私たち、星名千里と繋がっていないとダメな女たちですものね」
たぶん、最後の一言で野郎どもの脳内はピンク色になってしまったかもしれない!
「俺も彼女たちも言っていることは精神的なことではありません。実務の話です」
わかる! みんながきょとんとしている!
「これは俺の持つスキルに由来する話です。Renegadesはそれがまず大前提です」
「……スキル?」
ビールジョッキが手放せない井形さんが呟く。一度も俺と目を逸らさない立神さんの口が開いた。
「星名さん、聞かせてくれるか」
「十八歳の時の鑑定でわかった俺のスキルは【地図】でした」
竜騎兵の目に同情が見えた。咲耶ちゃんは口に手を当てた。
「いや、しかし、君はレベル18の身でクランリーダーで、今、自分の目の前にいて、寅吉は君だからと現場に戻ったはずだ」
現役の第一空挺団の団長が目の前にいる気がした。
「鑑定の結果を受け、失望した俺はスキルを起動させることなくダンジョンから離れました。それから十年、事情があって二か月前にダンジョンに潜りスキルを起動させることになりました。そしてその時に目覚めたスキルは【地図】ではなく【高度戦術支援地図】というものでした」
各人の脳裏に状況が飲み込めるまでの数秒間の沈黙。
「高度戦術支援地図……なんだそれは?」
立神さんが呟き、荒井さんが呻く。
「そんなスキルは、聞いたことが、ない!」
寅吉さんが美味そうにビールを口に運ぶ。
「おい、これ、タイガー、えらい余裕やないか」
「はははは。団長、自分は確かに言いましたよ? 星名千里に喧嘩を売るなと」
立神さんではなく田茂さんがその言葉を受けた。
「ああ、そうだ、お前は確かにそう言ったな。寅吉、お前の言いたいことはこれか?」
「ええ、まぁそれなんですけどね」
俺は寅吉さんに頷いた。それを受けて寅吉さんが「俺が?」という顔をした。
「寅吉さんからの方が皆さんには通りが良さそうなので」
頭を掻いたあとに寅吉さんが俺のスキルの説明をしてくれた。
「ちょちょちょ、待て待て待て待て待てぇい! それ! それはおかしい! 行ったことのある階層の全部が見える?!」
「おん? なんやて? 能無しスキルの使用回数がボスを倒すごとに増えてくやて?」
「え? 能無しスキルが何回も使える? 千とタイガーはわかった。先ほど、千くんと繋がっていないとダメな女性って言ってましたよね? きみたちのスキルは……聞いてもいいのだろうか?」
葵:言うてもええのん?
三人を振り返る。
「みんながいいならいいよ」
「ウチは【範囲攻撃魔法】やで」
「わたしは【瞬間移動】です」
「私は【絶対領域】です」
「【範囲攻撃魔法】【瞬間移動】【絶対領域】これが一日に複数回使えるんだな」
田茂さんが頭の中で戦術を練り始めたのがわかった。
「おい、どや、それでここまで来れるんか」
立神さんが副官をせっつく。
「いや、ボス戦の一回か二回は勝てるでしょう。でも、ダンジョン探索が出来るとは思えない」
助け舟を出さなければ。
「イレギュラーの要素があります。まず、園子の【瞬間移動】は【こうしえん】、あ、えーと、【高度戦術支援地図】は言いにくいので、うちでは葵考案の【こうしえん】って言ってるんですが、【こうしえん】でパーティーに登録して【地図】と連動した時、園子の【瞬間移動】は頭の中の【地図】のどこにでもジャンプできます。今、この場所から第一階層のホールに跳べます」
「はあああっ!? そんな馬鹿なっ!」
井形さんが絶叫した。
「う、うそやろ? お前、そんなん、反則やろ」
「そうです。これが俺たちの秘密です。超弩級のチートですよね」
ウチの自慢の園子を振り返る。小首を傾げてニコリと微笑む美人さんがいた。傲慢な素振りは皆無だ。彼女は俺と同じように理解しているからだ。自分一人で出来ることではないということを。
【地図】と【瞬間移動】で何が出来るか? ここまでほぼ一週間掛けて往復している人たちの顔に絶望が広がっていく。
「それで、ですね」
園子に手を伸ばすと、預けていた袋を手渡される。
「俺たち、こういうものを持っていまして」
装飾のない生成りの地味な布の袋にしか見えないものをテーブルの上に置く。
猛者たちの目が何の変哲もない、地味な袋に注がれたあと、お互いに目配せをするようにせわしなくアイコンタクトを取る。
「おう、千里。ワレ、これな、まさかとは思うんやけどな」
「はい。そのまさかです」
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




