第103話 竜騎兵ゼロワン
「マ、マジックバッグ……」
その名を口にするとそれが消えて失くなってしまうのではないか? というほど小さな声で井形さんが口にする。
竜騎兵のみんなに見えるように口を開く。そこには光も返ってこない暗黒が口を開いている。
おもむろに右手を突っ込んでビール瓶と栓抜きを取り出す。
シュッポン!
空になった井形さんのジョッキに瓶を傾けると慌ててジョッキを持って受ける。
トットットットットトトト、シュワー
少し残った瓶を掲げると井形さんが無意識にジョッキを合わせる。
コン
俺が瓶に口を付けて残りを飲み干すと井形さんもジョッキに口を付けて喉を鳴らした。
「ん、んんっ!? 冷たい!」
「時間停止機能!」
荒井さんが即座に反応する。
「ああっ?! 千里! お前、これか! こんな、お前! ものごっつ悪いやっちゃのぉ……は、はは、はははっ、わはっはっはっはっは!」
「ふっ、お前、これで仕入れて? ふふ、ふっふっふっふっ」
田茂さんにもウケたっぽい。
「おお? おっ、ほっ、ほほっ、くっくっくっ」
「マジか、マジかよ、おお? おーっ!」
竜騎兵の人たちがひとしきり笑ったあと、立神さんがふと、寅吉さんを見る。
「あ? あとは寅吉が戻った理由やな。お前自身はそれほど危険を感じとらへんのやろ? なんでや? 残ったあとふたりのお嬢さん方か?」
香流の魔力量の異常とも言える多さと葵の攻撃力の高さを伝えると、竜騎兵のおじさんたちは先ほどとは一転、黙り込んだ。
「なんやて? 嘘やろ? そらぁお前、ハイ・オーガを瞬殺しとるやないかい」
「一日に二十数回【瞬間移動】ができるってことは、それだけの階層を潜れるんだよね?」
念のために宝箱や隠し部屋のことはまだ黙っておくことにした。話したところで意味がないからだ。
「理屈ではこれで新規に一日に二十階層ずつ下に行けます。一度行った階層はいつでも第一階層から直通です」
「まあそうやけどな、今んとこここの記録は三十七階層やで。ダンジョンは食料調達が出来ん。せやから自前で補給せなならん。やっかいなんは登山と違てデポ、残置ができんっちゅうこっちゃ」
そう。ダンジョンでは高所登山のように、食料や飲料などの物資をあらかじめ野積みして補給地を作っておくことができないのだ。なぜなら残置したものは自然に消失してしまうから。
大勢で荷物を持って降りて行き、荷物を消費して身軽になったサポートのメンバーを順番に地上に帰す。これもできない。そのメンバーが単独で帰還するには道中が危険過ぎるからだ。
故に、安地の無いフロアが続く場合は階段を安地として利用するしかないのだが、肝心の物資は?
深層攻略はキャラバンを組む。組まざるを得ない。安地の無いダンジョンを攻略するには長大なキャラバンを組むために連携戦が必須となる。
そんなダンジョン探索においてなによりも有用なのが『マジックバッグ』だ。代々木第一ダンジョンは、まだマジックバッグを投入した探索は行われていない。今、国が力を入れているのは超巨大ダンジョンの新宿ダンジョンだ。新宿ダンジョンでは特殊なアイテムが掘れるということで、ここ何年も集中した攻略ブームが続いている。
首都圏のリソースは新宿に割かれている。時間停止機能付きのマジックバッグは一億円は下らないという話だったが、その価値は青天井に上がっている。しかも、俺の持つマジックバッグは容量も無制限だ。
「Renegadesには【こうしえん】と三人の女神はんがおる。そういうことかいな。たしかにな。寅吉の言うとることがわかったわ。お前ホンマに入れてもらっとるだけやないか」
「わはははは。だから最初から言ってたでしょう? Renegadesに入れてもらってるって。俺はモンスターと闘うためにいるんじゃないんです。彼らを守るためにいるんです」
「いや、でもよ、タイガー、お前、それで食って行けてるのか? あれ? きみらみんな大丈夫なの?」
『あちゃー、そりゃそういう展開になるか。少しネタバラシをするしかないか』
葵:まぁ、しゃーないわこればっかりは
園子:しょうがないわね
香流:お互い様ですから
寅吉:君たちに不利益になることは無いようにするよ
「えーと、【地図】ではいろいろな情報がわかります。自分たちの位置、他の冒険者、モンスター。他には、あのー、宝箱がわかります。それを拾えば一攫千金なので」
「あー? なるほど? それは、また。いやはや、本当にチートなんだなぁ」
荒井さんがなんとか感想を絞り出した。
「どや、みんな? もうワシは手を引いてもええやろ? ここはもう、Renegadesに任せようやないか」
「元よりそのつもりです。これで安心してここを譲れます」
さすが長年の副長、田茂さんが即答で団長に追随する。
「これは文句の付けようがないっす」
「僕も異論ありません」
「明日でええんやけどな、これと同じ話を部隊に残る者にしたってんか」
「わかりました。それで今後の進め方です。今後はマジックバッグと園子の【瞬間移動】で地上と変わらぬコストで仕入れが出来ます。明日から早速、割引セールを開始してください。向こうが現在三割引きですね? こちらは四割引きです。向こうが半額セールならこちらは六割引きです。いくらでも付き合いましょう。最終的に地上と同じ値段になろうが構いません。宿泊料金は安くする必要は無いでしょうね。それで最終的に客がいなくなってもいいです。原価割れはしなくていいです。こっちはそれでも永久に利益が出せます。向こうは違います」
「せやな。向こうが仮にマジックバッグを手に入れてもこっちは輸送コストがゼロや。負けるわけないわな」
「みなさんは狩りに精を出してもらって構いません。物資は無限にあります」
ざわりと何かが膨れ上がった。
「そうか! 俺たちもここにいていいんだ!」
井形さんの酔いが醒めたようだ。退役するにはまだまだ早いですよ。
「ええ、傘下になるけどみなさんもRenegadesなんですよね? クランの一員として働いてください。えーと、ウチはですね、買取金額から税金や手数料を引いた売り上げを、パーティー人数にクランを一人として足して金額を割ります。六十万円の売り上げがあったらパーティー五人にクランを足して六です。六十万割る六でクランに十万円を入れます。ひとつのアイテムでクランに入れる金額の上限は百万円です」
「なるほど。その上限を百万にしたっていうのは?」
「えーと、数千万円単位の入金があった時に、あまりにクランに入れるお金が多すぎるのでそうしました。今のところ少人数で回しているので、クラン資金がそんなに必要なかったんです」
「ふむ。了解した」
「当面それでやっていきますが、人数が増えたことと、みなさんがそれぞれどれぐらいの収入になるかがわかりません。ここでの売り上げは落ちるでしょうから、今までと同じように稼ぐのは無理かもしれません」
「うん、せやな。けどまぁダンジョンで稼ぐいうことの本質に立ち戻るだけやからな」
「ただ、あまり無理して深層に潜ったり、モンスターと闘うのもどうかなとは思います。立神さん、クランの顧問をお願いします。竜騎兵は竜騎兵です。俺が何もかも仕切るのはどう考えても無理です。田茂さん、引き続き園子と共に副長をお願いします」
「え! わたし!? 千里、わたしは」
「園子、Renegadesの、俺の隣は園子にいてもらわないと俺が無理だ。頼む。香流と葵も、もちろん寅吉さんも。俺たちがRenegadesだ」
「……わかったわ。けど、わたし、貴方の横にいることしか出来ませんからね」
「うん、ありがとう。それこそが俺の願いだから。俺こそ、そこに立ってるだけのリーダーだから。時々背中を蹴ってくれれば充分だよ。ま、俺を守ってくれる守護女神が三人もいると思えばずいぶんと心強いよ」
「お? ウチか? 任しときや。兄やんの敵はぜーんぶ真っ黒焦げにしたるさかいな!」
「そうですわね。私の唯一のお方ですから。指一本触れさせませんよ」
寅吉さんが、頼もしく冒険者として育った女性たちを見て満足気に頷いた。
「田茂さん、そういえば【こうしえん】の恩恵で自分のスキルも成長してしまいましてね。今なら田茂さんといい勝負ができそうですよ」
「ほお? それはおもしろい話だな」
田茂さんと寅吉さんの間で目に見えない何かが急速に膨らんでいく!
「アホか。やめとかんかい。千里、わかった。でもな、ワシのことは飾りや思て好きにやりや。ケツは拭いたる」
「介錯は任せろ」じゃなくてホっとした。
「竜騎兵の名前は残しましょう。第一小隊のみなさんはドラグーンズ01、あるいは竜騎兵01の呼称で。竜騎兵内だけなら『第一小隊』の名前を使ってもらっても構いませんが、クラン内で単に第一小隊と言われると後々誤解を生む可能性があります」
「ん? それはどういうこっちゃ?」
「あくまで可能性です。業界再編が来るかもしれません」
あまりみんなピンと来ていないみたいだ。あくまで可能性の話だし、俺自身、それをそんなに望んでもいないのだが……嫌な予感しかしないんだよなぁ。
一連の話が出てから首筋あたりがチリチリとする感じが収まらない。
なろうは反応が薄いので不定期更新になっています。
最新話(今のところ毎日)更新はカクヨムになります。




