第93話 代々木第一 25F ハイ・オーガ
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「結局、誰も来なかったか」
安堵から思わず声に出てしまった。俺たちがボス戦に挑むまでに次のパーティーは来なかった。さっきの人たちとはフレンドリーに話ができたが、次もそうである保障は無い。
「さあ、集中していくぞ、俺たちは!」
「弱い!」
香流がグリーンライトにそっと手のひらを合わせる。
デカい扉がズズズと開いて人が通れる隙間が開いたところで寅吉さんから駆け足で突っ込む!
中に入った所で俺と寅吉さんが並んでしゃがむ。ふたりのすぐ後ろ、真ん中に香流、その右に葵、左に園子が並び立つ。
【絶対領域】の直径は六メートルあるが、それは香流の前後三メートルまでしか距離がないということでもある。
香流と葵は腰に差す魔杖の魔石に手を当てる。魔杖は腰に差しているだけできちんと効果があることは実証済みだが、なんとなくこうしていると落ち着くんだそうだ。他の三人は抜き身の剣を構えて万が一に備える。
もう、誰もが無意識にこの態勢を取れる。背後で園子が鬼壁を構え直した。それぐらいは振り返らなくてもわかる。
通路は無機質なモノクロコンクリートだったくせに、ボス部屋はやけに荘厳な造りだった。
部屋の広さは三十メートル四方はあって、高さ二十メートルの天井を支える何本もの柱は大理石にも見えるし、美しい造形があって三、四人で手を繋がないと届かないぐらいの太さだ。
モンスターが居なくてリポップ待ちのシークエンス。『デスアローズ』が討伐に成功したということだろう。全員の無事を祈る間もなくモンスターのリポップが始まる。今は目の前のことに集中だ。
部屋の奥でキラキラと舞う微かな光の粒子と共にハイ・オーガが出現する。初会敵のハイ・オーガは恐ろしい怪物だ。オーガよりひと回りは身体が大きく、額の真ん中にツノが生えている。乱杭歯が牙のように伸び、その目は殺戮の愉悦に狂っていた。手に持つ曲刀はさらに大きく、長く、錆は浮いていない。
モンスター出現のシークエンスが終わり、化け物の大きな口が開くと、そこから怨嗟を含んだ咆哮が発せられる!
「葵!」
「地獄炎!」
ハイ・オーガの足元に青白い炎が立ち上がる! そしてあっという間に真っ赤な革鎧に包まれた赤銅色の巨体を這い上がると、咆哮がそのまま絶叫になった。
「香流、タイミングは任せる」
「はい」
命懸けの戦いの最中、微笑みさえ感じる優しい返事がしゃがんでいる頭の上から聞こえる。そこに感じたのは余裕や驕りではなく、命を預け合うこと、お互いを信じ合えることに対する喜びだ。返事ひとつの感情まで読み取れたことでパーティーとしての成長を確信する。
炎を生み出しているのが俺たちだと察したハイ・オーガがこちらに向かって走り出す。
しかし、モンスターより先に青い炎が迫ってくる!
恐ろしい炎が俺たちに覆い被さる瞬間、美しいシャボンに包まれる。炎を蹴散らす勢いで向かって来ていたハイ・オーガだったが、シャボンの遥か手前で手を伸ばしながら倒れて動かなくなり、やがて消えた。三十メートルの距離が届かぬほど葵の地獄炎の攻撃力には余裕がある。
「葵、消してくれ」
ハイ・オーガも瞬殺と言っていい。思わず振り返る寅吉さんと目が合う。「ふふっ」二人して同時に笑ってしまう。
「お? なんや男同士で。なんかやらしいこと考えてるやろ」
「なんでだよ、ひどいなそれ。香流もカットで」
「はい。でもまぁ、殿方同士だけでわかり合う様子は気になりますよ?」
「あー、すまんすまん。エースの攻撃力が強いのが凄いなっていう話をこの前ちょっとしたんだよ。初見のハイ・オーガ相手にも瞬殺したから、やっぱりなってなっただけだよ。これホント」
「なんや。エロいことちゃうんか。しょうもなぁ」
なんでがっかりなんだお前は。今のは俺が誠実な男性でホっとするところだろ。園子が俺を見てる。
「悪い男って魅力があるものよ? もちろん、人によるけど」
エロいこと考える男が悪くて魅力あるのか? そんなわけないよな。なんか俺の理解出来ない難しいことを言っている。そもそもそれ、俺に言ってるのか? 俺にどうせよと?
「千里、今度教えてあげるわ」
「おう、ホントか? それはとても助かる。どうも俺は仕事ばっかりで、それ以外のコミュニケーションを取ることが苦手みたいだ。はっ! よく考えたらこの歳になって同性の友人さえいないぞ!? 大人になってから友達って作れるのか?」
「あー、そうね。ま、そんなものもいらないっていうことも教えてあげるわ」
そう言ってにっこり笑ってる。なんか怖いこと言ってるよなぁ。俺、洗脳でもされるんだろうか?
「うーん、大人の男を怯えさす園子ちゃんは憧れを飛び越えてまうなぁ。ウチ、真似できるやろか」
そこは真似しなくていいってものすごく言い辛いから黙ってよう。
「とりあえずアイテムを回収しようか」
「ここ、床がペッタンコやから探しやすくてエエな。あと、レベル上がったで」
「あ、私もです」
「お、ホントだ。二人ともおめでとう」
これでまた攻撃力が上がり、バリアの張れる時間が伸びたことになる。まだレベル20前後なのに、随分と早熟なパーティーだよな。しかし、それぞれの効果がいかに優れていたとしても、力を合わせないことには宝の持ち腐れだ。改めて奇跡の五人だと思う。
さて、ハイ・オーガの魔石ともなるとなかなかの大きさだ。天然資源をほぼ輸入に頼る日本を救う次世代エネルギーとして、魔石採取は重要な国家貢献となる。ハイ・オーガの魔石なら国も充分に買取に見合ったエネルギーを取り出せる。A級、S級冒険者が優遇される理由だから、これからは余裕がある時はモンスター討伐の魔石回収も積極的に増やしていきたい。
「おー、ハイ・オーガの魔石はキレイで大きいんやな」
「うん。オーガでも充分、役に立つけどな、ハイ・オーガなら文句なしだな。ここから先のモンスターはA級以上の危険なモンスターだ。回収する数にもよるけど、実は俺たちって、もう魔石回収だけでも暮らしていけるところまで来てるんだよな。これからは優遇を受けている分、魔石回収はどんどんやっていこうと思う」
「そうよね。S級の恩恵はずいぶんと受けているものね。還元していかないと国民に怒られちゃうわ」
「いよいよ冒険者ですね。わくわくしてきます」
香流が胸を押さえながら言うとバイザーが下りているのに映画のワンシーンのようだ。
寅吉さんも嬉しそうに頷いている。社会貢献のためだけに戦ってきた人だ。私利私欲だけでダンジョンに潜るのも、どこか心苦しいところがあったのかもしれない。『今まで散々貢献したんだからもういいだろう』などと思っていないところがカッコいい。
「兄やん、ほい」
「ん? なんだこれ?」
「落ちとった」
「落とし物みたいに言うじゃん。なんだ? 銀の輪か? 園子、わかる?」
「え? ブレスレット?!」
鈍い銀製の輪っかだ。装飾品にしても地味だが、園子に渡すと目を丸くしながら受け取った。
「なによこれ! 葵、あんた本当にどうなってんのよ! この階層でもこんなの出るの?!」
園子がアイテムオタクぶり全開で興奮している。ブレスレットは俺の知識にはないアイテムだ。園子がヒートアップしていく。
「これはもちろん鑑定しないと効果はわからないわ! おそらくバフが掛かると思うけど例えば【毒無効】とかそういう特殊効果も考えられるわ。とにかく身に着けるだけで効果が乗るから攻略系の人は誰もが欲しがるのよ! レベルが上がり切ってもこれを着けるだけでパラメーターが上がるんですからこんな有用なものは無いのよ!」
めっちゃ早口。
「オーケーオーケー。園子、落ち着け。それ、着けるなよ? まだ効果がわからないからな?」
着けてみればわかるわよ! とか言い出したら無理やりにでも奪い返さねば!
「よし、ゆっくりそれを渡すんだ」
そう言いながらそっと右手を差し出すと、プルプルと震えながらブレスレットを手の平に乗せる。すぐには引き取らず、園子が手を離すのを待つ。
園子がブレスレットから手を離した瞬間にマジックバッグに入れる! 園子の視線がマジックバッグに注がれたままだ。何に執着しているのかさっぱりだな。
「園子、大丈夫か?」
俺が声を掛けている間に香流がそっと園子の肩を抱く。
「ふー。ええ、もちろん大丈夫よ。何かしら? 持った瞬間に震えたわ」
「そうなん? なんも感じひんかったけどなぁ」
「うん。俺も特になにもなかったな」
「マネージャーと相性がいいのかもしれないね。鑑定が楽しみだ」
寅吉さんはこういう経験もあるのかな? ブレスレットは【地図】でも【腕輪】としか表示されず、効果はわからなかった。
「それじゃあ帰りにギルドに寄ってこれだけ鑑定してもらおう」
今日の探索はここまでか。
「よし、じゃあ二十六階層に行こうか。今日は魔鉄鋼とブレスレットと魔石が一個だな。換金は魔石ぐらいだけど、アイテムの金銭的価値でいえば数千万円だな」
「うーん、よー考えたらヤバいやんな? さっきの人らはこんなに稼げてへんねやろ?」
「そりゃまぁな。そもそもダンジョンの進み方からして違うから。俺たち、戦ってないからさ。いや、彼らも自分たちの狩場に向かうまでは極力、戦闘を避けて階段から階段に直行を目指すだろう? 目的のフロアでの魔石集めが仕事なんだから当然だよな。俺がこのパーティーでやろうとしていることは同じだけど、同じじゃない」
歩きながら話を続けることにする。奥の壁でパネルを触って階段部屋に入ると、上り階段が見える。
「まず、このダンジョンの行けるところまで下層に行こうとは思ってる。で、だ。どの段階でそうなるかはわからないが、別荘で待機する仕事になってもいいと思ってる」
「え? 待機する仕事てなに?」
「ランダムポップの宝箱を待つんだよ。俺たち、それだけでも食って行けるぞ」
「あははははは。なにそれ。左うちわじゃない」
「帰りの時間になったらスキルを使い切るために下層でモンスターを倒して魔石を日当にするんですね?」
「うん。下層に行けば魔石だけでもだいぶ稼げるんだ。それでいくら稼げるかってだけだな」
「ちょ、待って? ほんなら、魔石だけでも充分やってなったら、毎日、朝来て魔石取ったら仕事終わって帰ってええっちゅうことにならん?」
「まぁ、ぶっちゃけそういうことなんだ。っていうか他の冒険者はそれを時間を掛けてやってるだけだからさ。その時間を掛けている部分っていうのが、ほとんど移動時間なんだよ。もちろん、戦闘の時間もあるけどな。いずれにせよ、今のところそのどっちもウチは時間が掛からないんだよ。あと索敵も一瞬だ。下手したら家からダンジョンの往復が一番時間食うのかもなぁ」
「あらあら。でも、代々木公園のマンションに越すのも、ですわね」
「そうねぇ。今の家は気に入ってるものね」
「ん~。でもまぁ片道でも一時間も掛かってへんやろ? 三十分ちょい? このままでもエエんちゃう?」
「ぜんぜんいいよ。ここは別荘もあるし過ごしやすいしな。他のダンジョンも行ってさ、いろいろ見てみようよ」
「ふはっ! わっはっはっは! 監督、そこまで考えてたかぁ。うーん、そうなると俺はあまり役に立てそうもないなぁ」
「え? いやいやいやいや! そんなことないです! 寅吉さんがいないと深層は怖くて潜れません! 宝箱を確保しに行くのにどんなアクシデントがあるかわかったものではありませんから!」
「そうですよ。私たちが深層でも躊躇なく動けるのは寅吉さんが一緒にいてくださってるからですよ」
「そう言ってもらえて光栄だよ。トロールあたりの階層までいったらぜひ、私にトロール狩りをやらせてくれないか。少しは稼いで貢献したいし、なにより鍛錬にもなるからね」
オークのような人型モンスターの多くは、属性なしの純粋魔力の魔石なので、属性付きの魔石に比べて割安だ。オークの魔石の買取価格は二万円。オーガの魔石だと五万円だ。トロールの魔石なら買取価格は十万円を超える。これだけでも充分な上に、週に一回でも宝箱が出れば月収いくらになるのやら。
まずは深層に潜り続けて、俺たちの実力で狩場にできるのが何階層までなのかを調べないとなぁ。などと考えながら階段を上り続けた。
【パーティー名:Renegades】
L:星名千里:SEN(Lv18)【高度戦術支援地図】Lv.3/5(Exp.2/5)
2:寅吉勝利:タイガー(Lv.65)【剣術】Lv2 (Exp.1/10)
3:岩沙香流:クローザー(Lv22)【絶対領域】11/12/Day
4:西宮園子:マネージャー(Lv19→20)【瞬間移動】7/12/Day
5:川下葵:エース(Lv17→18)【範囲攻撃魔法:地獄炎】11/12/Day




