第92話 ダンジョン井戸端会議
寅吉さんを先頭に階段を下りて第二十五階層に到着。このフロアは真っ直ぐ五十メートルの通路があるだけだ。その先にボス部屋がある。
通路は幅、高さ七、八メートル。継ぎ目の無い灰色のコンクリートのようなザラりとした肌触りで、天井は緩やかなアーチ形状。
明らかに人工物だ。お互いを見ていないとモノクロの世界にいるようで感覚がおかしくなりそうだ。
光源は無い。だから影も無い。だけど全てが見える。ここは本当は暗黒の世界で、だけど自分の目が全てを見ることの出来る能力があるだけなんじゃないだろうか? ふとそんな気がした。
理屈がどうだろうと見えているなら問題ない。ここはダンジョンなんだから、おかしなことはいくらでもある。疑問を断ち切って現実に対処することに集中する。
『階段で並ばされるより、フロアにいる方が安心だな。ここは隠れる場所も無い。マネージャーはいつものように緊急事態に備えて別荘と一階をマーキング。クローザーと共に自分の判断でのスキルの自由使用を許可する。前方はタイガー、クローザー、エース、後方はマネージャーと俺が見張りで。ボス部屋の前には二組並んでるな。よし、ゆっくり接近しよう』
寅吉さんが先頭で進む。列の先頭のパーティーは扉に向かって右の壁に寄り添って部屋が空くのを待っていて、二組目のパーティーは先頭のパーティーと十メートルほど離れて反対側の左壁に集まっている。咄嗟の事態に備えてか腰を下ろしている者はいない。
さすがにどちらもベテランという風情だ。余計な緊張はしていなさそうだが、お互い談笑するほどの仲ではない雰囲気だ。そこに見慣れないパーティーの俺たちの登場で、緊張が一気に高まるのがわかる。
並んでいるパーティーから離れて寅吉さんが右壁に沿って停止する。止まる時に並んでいる人たちに向かって右手を上げた。
すると向かいのパーティーの最後尾のやつがこっちを見たまま右手を上げた。
「なあ、おたくら川崎スタイルだろ?」
意外と気さくなのかな?
「ん? あー、あれな! 動画で見たで。なんで流行ってんねやろな? トラのおっちゃんがダンジョンから早よ帰りとーて、なんもせえへんから道空けやー言うて歩いてただけやったのにな! あとからついて来とったんがカッコ付けて真似しよってん! あんなんで世界やて! 笑ってまうやろ!」
「ははっ。はっはっはっは! マジかよ! でもよ、そのお陰でダンジョンがほんの少し平和になったんだから大したもんだよ」
「ホンマかぁ? ぜんぜん平和に思えへんけどなあ? あんな盗撮動画んせいで、さっきも入り口んとこで揉めてゼンケンイジョーなんちゃらになったばっかしやで?」
それを聞き付けた先頭パーティーの冒険者がこっちに近付きながら声を掛けてきた。
「え? 全権移譲決議のこと? 本当なの?」
ヘルメットとゴツいアーマーの形状からわからなかったけど、意外にも女性の声だった。
「ホンマやで! あいつらロビー入ったところで盗撮しながら近付いて来よってん! ほんで、姉さんに触ってこようとしよったからウチのリーダーが思っきり蹴り入れたってん! そしたらそいつめっちゃ飛んでってテーブルごとひっくり返ったんやけどな、トラのおっちゃんがダンビラ突きつけよったら泣きそうなってな! ほんでゼンケンなんちゃらや。せやな!」
みんなの前に出て、大袈裟な身振り手振りを交えて話して、最後に俺の方を振り返って同意を求めてきた。
「まあな。どうやら動画投稿目的でそんなことを繰り返してた常習犯らしくてな。RECランプが消えてるのに録画されてたからな。その場でそいつらの仲間を全部とっ捕まえて全権移譲決議を発動してから降りてきたんだ」
「あー、あいつらか!」
「あれか、怪しかったけど証拠がなくてな、ちょっと気持ち悪いからあいつらがいる時間外して出入りしたりしてな、鬱陶しかったんだよ」
あいつらそんな有名だったのか?
「そうよ! ああいう虫ケラのせいでわたしらもこんなカッコしなきゃいけなくてホント迷惑しちゃうのよね!」
「ねーねー、それ、ゾディアックの新作でしょ? うわー、やっぱり可愛い!」
「いいわねー、強いパーティーは」
「ホントよねー。わたしらも強くていい男が一緒だったらもっと可愛い装備着れるのにー」
「ソレな! あーぁ、どっかにいい男転がってないかなー」
「あんた、この前珍しく声掛けられてじゃなーい」
「あぁ?! ダンジョンで声掛けてくるような男なんてゴミばっかりよ!」
先頭パーティーが口々に日頃の不満をぶち撒けつつ五メートルの距離まで近寄って来た。
「ウチらんこと羨ましいやろー? トラのおっちゃんも兄やんもめっさ強いさかいな! せやからウチら着るもんのことなんか、なんも気にしたことないなぁ? みんな大変なんやなぁ。装備はウチの姉さんのおすすめで最初っからこうやったからなんも知らんかったわ。そっちの姉さんたち苦労してるんやな」
いや、俺は随分ときみのことも気に揉んでいろいろ対策したりだね?
「そーなのよー! マジでダンジョン関係者にロクな男なんていないんだからね! あなたたち、羨ましいわー」
この場の全男が気まずかった。しかし、そんな中、向かいのパーティーの勇者が声を上げた!
「いや、一応、俺たちも真面目が売りではあるんだぜ?」
「はあ? ビビり散らかして距離取って声も掛けて来ないで今さら擦り寄って『ボク実は強いんです』なんてのはお呼びじゃないのよ」
轟沈! ぐうの音も出ない!
「いや、ホント、スンマセン」
そこで反論しないところ、実際、誠実ではありそう。けど、そこで引くようでは脈はないと思う。
「まーまー、姉さんがたも怖かったんやろ? だったらお互い様やから、これからは仲良うやったらええやんか」
「ま、まあそうね。お互い様よね。ここ、ダンジョンだものね。ごめんなさいね、言い過ぎたわ」
「い、いや、いいんだ。けど、君、若そうなのに、すごいね」
男は途中から葵に目を向けていた。
「ウチ? ウチは高校出たての十八歳やからな! まあ、こん中なら若い方なんちゃう?」
最近、このあたりの階層に来るような冒険者は十年選手だということに気付いた怖い者知らずの浪速のヤンキー娘が胸を反らしながら吠えた。
「じゅうはっさいー!?」
両方のパーティーから何人もの声が重なった。
「えーと、ええい! ホントにこんなこと言って申し訳ないんだが、俺ら『|City Divers』っていうパーティーなんだけどな、オタクら『レネゲイズ』だよな。いや! 答えたくないなら答えなくていい! 忘れてくれ!」
あぁ、それな。録画回ってるからな。お互いの不干渉は今に始まったことではない。不要なトラブルが起きないように、声を掛け合わないというのは本当に正しい方法なのだ。コミュニケーションを取るから失敗する。お互い不干渉なら何も起きないのだから。
「もう、名前ぐらいはいいよ。そう、俺たちは冒険者クラン『Renegades』だよ」
「おお~」という声が重なる。
「え? パーティーじゃなくてクランなんだ? あっ、あたしたちは『|Death Arrows』ね。女だけのクランだといろいろね、名前を男っぽくしたりして苦労してるのよ。ひょっとしてどこかでメンバー募集とかしてたりするのかしら?」
期待の視線を感じるのは気のせいだろうか。
「いや、特に今は募集はしてないよ。俺たちのことを知ってるってことは動画を見たんだよね? あれさ、俺たちが作ったものじゃない、完全に盗撮なのはわかるでしょ? それと、俺たちがそんな大規模にダンジョンダイブしてるわけじゃないのも知ってるよね?」
「それはまあそうなんだけどね。あなたたち、見かけないものね。あなたがリーダーなのかしら? まだ結成歴浅いんでしょ? なにか不思議よね。そう言う意味ではあたしたちの方が先輩っぽいけど、そちらの戦士の方はとんでもないベテランだろうし、さっき可愛らしい方から声掛けてもらった時に、もう格付け終わっちゃってるのよねぇ」
完全に負けを認めたような自虐的な言い方だ。格付け? そんなこと考えたこともないけどな。女だけで冒険者やっているとそういうことにも敏感なのかな?
「それな。なんかよくわからんけど、もう時代が違うのかって思っちまったわ。なんでだろうな?」
シティーダイバーズのメンバーが誰にともなくそう言うと、リーダー格の冒険者が葵を見た。
「それはな、俺たちが出来なかったことをあっさりとやられてしまったからだろう。ウチらはクランじゃなくて弱小パーティーだからさ、こんな場所でこんなに緊張しないでいられたことはないんだわ。これでもこの十年、卑怯な振る舞いはすまいって、こだわってダイブしてきたんだ。だから同じような冒険者はなんとなくわかる。そんなわけで、これも何かの縁ってことで、出来る範囲でよろしくな」
「あー、それはあたしらもわかるわ。仲良しになれるわけじゃないでしょうけどね。争うわけじゃないんですものね。一度でも話をしたら余計な緊張はしなくて済むってのはあるからね」
「リーダー、前、空いたわよ」
ボス部屋のパネルが緑色になっていた。
「あら、ホントね。『シティダイバーズ』さん、よかったら先行ってくれない?」
「ん? いいのか?」
「ちょっと気が抜けちゃったわ」
これから命懸けのボス戦前に気が抜けたまま挑むのはよくない。気合を入れ直す時間が欲しいのだろう。
「ははは。リラックスできるのも善し悪しか。みんな、どうだ? 行けるか?」
「今さらハイ・オーガには負ける気はしないからなぁ。行こう」
「よし。じゃあ、お先に失礼するわ。またな」
話してみると気の良い連中だった野郎たちが葵に手を振りながら扉の中に消えていった。ハイ・オーガごときって感じなのか。相当な実力者たちだ。そんな彼らでも緊張を強いられていた。いや、あれほど慎重にやれる彼らだからこそ、ここまで来れたのだろう。
「前、詰めましょう」
声を掛けられて、なし崩し的に一緒に先頭に詰める。
「姉さんのパーティーってみんな女なん?」
「そうよー。うちらは全員女よ」
「そうなんですね。そんなパーティーがあるとは知りませんでした」
香流が興味を引かれたみたいだ。
「最近になってようやく体制が整ってきたの。今度ね、クランとしてサイトも立ち上げるわ。女性オンリーのクランよ。でもやっぱりね、どこのダンジョンに潜るとかは公にしにくいのよね」
今までは女だけを売りに出来なかったのだろう。そうやって仲間を集めたくても、悪意ある有象無象の方を引き寄せてしまうからだ。
「ああ、それは止めた方がいいだろうね。絶対につきまといとかのヤバいのが来るでしょ?」
「そうなのよね。だから場所を固定して潜り続けられないのよ。レイド組んで潜るとね、ダンジョンで泊まりになるでしょ? 絶対にナンパしたり口説いて来たりするバカがいるのよ」
「あれ、マジで頭おかしいわよねー」
「知り合って一回もメットもアーマーも脱いでないのに声掛けてくんのよ!」
「ぎゃははは! マジかいな! 女やったらなんでもエエんやな!」
園子と香流の何かに火が着いたみたいで俺も寅吉さんも【隠密】を使わざるを得なくなった。
「はぁ? なんなの? そのバカどもは?」
「朽ちて滅すればいいのです」
「あなたたちは女性の方が多いからうまくやっていけている感じなのかしらね? それともお身内の方なのかしら? ああ、ごめんなさいね、答えなくていいわ」
「ウチらは血ぃは繋がってないで?」
「俺たちは歳が離れているからな。そういう関係はありえないんだ。おっさんとしては彼女たちに力をお借りしている立場だし、頭が上がらんよ」
「え? そうなの? あなたがおじさん? あたしとそんな歳変わるかしら? 頭の上がらないリーダーってなあに? ふふふ、おかしな男ね」
おいおい、それは引っ掛け問題か? 同じような歳ならあなたもおばさんですね、なんて言えるわけがない!
「おおっふ。兄やん、またかいな。ホンマなんでこれで売れ残ってんねん……」
「ああ、そちらまだ十八歳なんだったわね。そんな子から見たら確かにあたしはおばさんだわ!」
「そーねー、アラサーなんて完全におばさんよねー!」
パーティー内で豪快に笑い飛ばしているから、本当に仲の良い人たちなんだろう。
「ん-、あんまそういうのんは考えたことないけどなぁ? お互いがエエんやったら歳とか関係ないんちゃう?」
「うん、そうね。だったらいいわね」
「はぁ~、若いっていいわねぇ。ねえ、この子ウチにちょうだい?」
「にゃははは! ウチの女はなぁ、みぃんな、兄やんおらんとあかん女ばっかりやねん! もうそれは決まっとんねん!」
「えー! なにそれー! ちょっと、凄いじゃない!」
「おっほー! あなたたち、濃ゆいわね!」
「うふふふ。あたしらそっちもイケるから! ソコントコクワシク」
そこからは女性同士、えらく熱心にコミュニケーションを取っていた。ゾディアックの件については園子が的確なアドバイスをし、向こうのリーダーは香流のフルオーダーが気になるらしく、話がえらく盛り上がっていた。俺と寅吉さんは蚊帳の外、ではなく、少し離れて静かに後方警戒の任を請け負っていた。
「代々木公園ギルドでいいなら話を通しておくわよ。興味あるならこっちとそっちのクランの名前を出してみて。ここまで潜ってるってことはA級以上なのかしら?」
「ええ、先月ようやくね。クランとして回るようになってA級になったわ」
「じゃあ七階に入れるわね」
パネルがグリーンランプになると明るく声を掛け合いながらボス部屋に入っていった。
「エエ人らやったな!」
「そうだな。まさか女性だけだったとはな。話してみるまで為人はわからんもんだな」
「でもまぁ、エエ人ばっかりやとは限らんもんなぁ」
「うん。そうだな。これからも油断はしないでいこう。ここは本来、地球から遠く離れた場所だ」
「え? そうなん? 地球とちゃうのん?」
「んー、わからん! なんか勢いでそう言ってしまった!」
「うふふふ。でも、そうですわね。私たちは千さんがいるからいいですけど、天井が崩れて出口がなくなったら帰れなくなりますし、地表のどの場所を掘ってもここには辿り着けませんからね。ここは地球の地下ではないんですよね」
そうだ。ダンジョンが出来た当初にそれは検証されている。ダンジョンのすぐそばから掘削したのだ。ロビーまではトンネルが作れたのだが、ロビーより先にはトンネルは繋がらなかった。掘っても掘ってもどこにも繋がらないのだ。また、ロビーを拡張したら、それは出来てしまった。そして、埋め戻すことはできないことがわかった。以降、ダンジョン近くの冒険者機構とロビーを地下道で繋ぐだけで、拡幅、拡張は一切不可となった。
『ロビーを広げると地球は全部ダンジョンになる』
地球をダンジョンにすることに命を懸ける狂信者がいるのはこの真実が起源だ。
なろうは不定期で遅れて更新になっています。
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