第91話 世界にふたりきり
さて、そろそろリフレッシュできたかな?
「みんな、そろそろ切り替えは出来たかな?」
「ん? 休憩もう終わりなん?」
うん。元々切り替えるものが必要無い子もいたようだ。
「ああ、そうだったわね。そろそろお昼なににしようかって考えてたわ」
そんな子がひとりじゃなかった件について。
「今度、スパイスからカレーを作ってみようかと思ったんですけどみなさん興味あります?」
カレーの話になった。
「おー! めっちゃすごそうやん! 香流ちゃん教えてーな!」
あれ? ここに何しに来たんだっけ?
葵がカレーに食いついてしばらくスパイス談義に花が咲いた。寅吉さんは相変わらず何も言わずニコニコしていた。首元に日本刀を突き付けていた人と同一人物とは思えない。
逆にこういう風にオンオフの切り替えが出来る人ほど過酷な任務に向いているんだろうな。ということはこの女の子たちはとても適性があるように思えてきた。話していることはごはんのことばっかりだけど。
「カレーの話聞いてたら腹が減ってきたなぁ。早く仕事終わらせて昼メシにしたくないか?」
「おー! さすが監督やな! めっちゃナイス提案やん!」
「仕事終わらせてお昼ご飯ですものね。いい職場だわ」
「それもそうですね。本当に恵まれた職場です」
さっきあった不愉快なことはもう頭の隅にも無いみたいだ。
「じゃあ、二十三階層攻略からだ。園子、頼む」
「いくわよ。レディ、ジャンプ!」
清涼な湖畔から薄暗い洞窟に。ヘルメットバイザーが明るさを補正してくれてはっきり見える。まだ瞳孔が付いて来ないのでバイザーの輝度を上げる。
「千! あるわよ!」
「ホントだ。久しぶりの隠し部屋だな」
「中身はなんなん?」
【魔鉄鋼(10kg × 5)】
「えーと、魔鉄鋼が五十キロだね」
「お? 久しぶりやな」
「前回は十キロを残して売ったんでしたね」
寅吉さんの太刀を造るために残して他は売ったんだ。
「そうだったね。今後の合成も考えるとこれはガッツさんに丸っと預けておけばいいかな。換金しようと思えばいつでも出来るものだし」
「そうね。魔鉄鋼は一キロあたり五十万円ね。五十キロなら総額二千五百万円ですけど、わたしたち今はお金に困ってないものね」
「というかアレだね? その魔鉄鋼と獲得した鋼鉄製のアイテムで素材の価値以上に高価な魔鉄鋼製アイテムを作り出してしまうんだよね。まるで現代の錬金術だな。いやはや、これじゃ自給自足だな」
「自給自足は言い得て妙ですね。ガッツさんがいることで勝手に装備と残高が更新されていきます。これからは雅代も加わってほとんど全自動ですよ」
「ホンマやな! ウチらもうギルドも行かんようなんねんな」
「千、隠し部屋の情報をちょうだい」
「おっと、すまん。えーと、みなとみらいの時と同じかな? 離れたところにスイッチがあって、一分だけ扉が開いてるらしい」
「一分で五十キロ運ぶんかいな」
「十キロの魔鉄鋼の塊が五個だな。まぁ、身体強化があるからな。大したことじゃない。マネージャー、俺だけ中に送り込んでくれ」
「え? ああ、直接取りに行くのね。だったらわたしも一緒よ。あなただけひとりで送り込むのはダメよ」
「いや、しかし」
「咄嗟の判断が必要になるかもしれません。千さん、マネージャー同行は必須です。こちらはタイガーとエースがいて自力脱出も可能です。これが最善です」
確かに。自分だけでリスクを取ろうとしてもダメか。万が一のことだものな。
「わかった。君たちの意見の方が正しい。指摘してくれてありがとう。じゃあ、マネージャー、頼むよ」
マジックバッグから電池式のランタンやライトを出す。ヘルメットライトもオン。ライトはカラビナで装備にぶら下げて、出来るだけ手の自由を確保する。
ランタンを左手に持った園子が左腕にぎゅっとしがみつく。
「これぐらいはしておきましょう」
「オッケー。じゃあ、みんな、ちょっと行ってくるよ」
「いってきまーす」
まるでお出かけかデートにでも行くような気軽さで園子がそう言った瞬間、暗闇の中にいた。いや、灯りのない空間だが、自前のライトに照らされて狭い部屋だということはわかる。
「おっと、こりゃ閉所恐怖症の人には無理そうだな」
「そうじゃなくても怖いわよ」
左腕にしがみつく手に力が入る。身体強化入ってるから加減してくれよ。
「園子、ランタン置いていいぞ。それで、俺の身体のどこを掴んでてもいいから腕を離せるか?」
「え、ああ、ごめんなさい」
「いいんだ。怖いよな。とりあえず大丈夫そうだからゆっくりでいいから」
慌てて離れようとした園子に手を伸ばして腰を引き寄せながらできるだけ穏やかに話し掛ける。
腰から手を放して一緒に宝箱の前にしゃがみ込むと、園子はランタンを少し持ち上げて見やすくしてくれた。右手は俺の背中に当てられている。アーマー越しに感じる微かな感触だけでも安心感が得られることに気付いた。
「罠は無い。園子、開けてみる?」
「え? ああ、そうね。そういえばまだやったことないわね」
ランタンを預かる。今度は俺が左手を園子の腰に当てる。アーマーの上からより安心感があるだろうと思ったからだが、これセクハラだろ! 慌てて手を離す!
「え、どうしたの?」
「あ、いや、すまん。さっき園子に触れられた時に安心感があったから、良かれと思って、触れているのがよりわかる場所と思ってアーマーの無いところに触れたんだが、無神経過ぎた。すまん」
園子が無言で俺の左手を掴むと自分の腰骨に当てがった。
「離された方が不安になるのよ」
それはそうだ。しかし、こんなところネットで熱心に園子のことを応援しているファンに見られたら炎上間違いなしだ。下半身の曲線美なら誰にも負けていないのは身内の俺から見てもその通りと頷くしかない事実だ。
「すまん。どうもおっさんはこういうところに無神経、いや、それだと世の中のきちんとしたおじさんたちに失礼だな。俺が無神経なだけだ。言われれば直せるからどんどんダメ出ししてくれ」
「わかったわ。わたしたち、嫌なことは嫌って言う方だと思うのよね。だから何も言われてない時はそれでいいんだと思ってていいわよ。ああ、それと、良いと思った時もそう言うようにするわね。千里、いま腰を触ってくれてたのはとてもいいわ。なんならこういう時は後ろから抱きしめるぐらいの方が安心感高いわよ」
「そうだったのか。それほどの不安があったんだな。うーん、俺の役得感が酷いが、やり過ぎたらドンドン言ってくれ」
「わかったわ。じゃあ、今夜お風呂上がりにマッサージお願いするわね。やっぱり男の人のマッサージって効くと思うのよね。そうやって少しずつ慣れていきましょう」
香流や葵とマッサージでもやっていたのだろうか? というか何に慣れるんだ? ああ、こういう機会に男だ女だなどとやっていては仕事にならないのか! 俺の方こそ気にし過ぎていたようだ。そうだ、これは命懸けの仕事なんだ。遠慮から死を招くなんてその方が間抜けだろう。しかし、
「それを嫌だと言う馬鹿な男は俺を含めていないだろう」
「あはははは。んー、千里がマッサージするのは役得なんでしょ? わたしも役得だと思ってるからウィンウィンなのよ。さ、開けるわよ。こんな密室で時間掛けてたら後であのふたりに何言われるかわかんないわ」
園子の腰に回す手にそっと応援する力を込めながら背中を守るつもりで背後に回る。園子には今なにか大事なことを言われた気がするけど、どこの部分だろう?
「開けるわよ!」
狭い空間に園子の明るい声が響く。
フタの重みを楽しむかのように両手でしっかり持ってゆっくりと開ける。中には鈍く黒光りする重さ十キロの魔鉄鋼の球が五つ。
「あはははは。どうせならキラキラ光るキレイな宝石が良かったわね。鉄の塊じゃあせっかく二人っきりなのに少しもロマンチックじゃないわ!」
そう言って笑い飛ばした。
「ま、俺がお相手ならざっとこんなもんだ! 諦めてくれ!」
「オッケー。覚悟しとくわ。でもお金にはなるからものすごーく魅力的よ?」
「ははは! 園子のそれは嫌味がないからいいな。まあ、俺にも何かあるとしたらそれぐらいなものだからな! 初めて会ったあの時はこんなこと言えるようになるとは思わなかったけどな。園子、俺といれば金には困らせないぞ! どうだ? おやじっぽいだろ?」
「あら、あなたが言うと、とても魅力的よ? 知ってるでしょ? わたしがやりたいことはコレだってこと」
暗い場所で自動的にクリアになったバイザーの奥の園子の目がギラギラと輝いていたが、それはまったく嫌な感じは無く、彼女の純粋さと意思の強さが表れていてとても魅力的だった。同じギラついた目でも元子とはこんなにも違って見えるのか、などと不謹慎な思いが脳裏を過る。
「うん、いい目だ。あの時、園子のいる窓口に入ることが出来た奇跡が怖いよ。もし、他の人の窓口だったらなんて、考えるだけで背筋が凍るね」
園子が十キロの魔鉄の塊を軽々と持ち上げて、俺が口を広げて待つマジックバッグの中に落としていく。
「ああ、それは考えたくないわね。でもきっと、葵がアイテムのアタリを引く力が強いように、何度同じことがあってもわたしのところに千里を呼び寄せるわ」
心の底から本気でこれを言えるのが西宮園子という女性の強さだ。
「はい、これでおしまい。短いデートだったわね」
「心配してる人がいるんじゃ心の底から楽しめないからな」
「やあね、門限のうるさい実家みたいだわ」
「うーん、俺が父親役のはずなんだけどな」
「あははは。誰も千里のことを父親だなんて思ってないわよ」
ま、そりゃそうだ。まだまだ頼り甲斐の無いリーダーだからな。
「さ、行くわよ。二人でさっきの場所に戻るだけじゃもったいないわ。全員いっしょに階段近くに跳んじゃいましょう」
「それはいいアイディアだ。『オールアテンション、無事に中身を回収完了。今から戻るが、階段近くまで全員で跳ぶからそのつもりで頼む』
全員からテキストで了解の返信を確認。
ランタンを持って立ち上がって左手を差し出すと、園子が右手を重ねた。ゆっくりと引っ張って園子を立ち上がらせる。
『よし、園子、頼む。さん、にい、いち、ジャンプ』
次の瞬間、階段近くの小部屋にパーティー全員で集合していた。
「兄やん遅いで! もっと早ように連絡しーや!」
「【遠話】でいつでも連絡出来たんだよな。すまん、作業中は忘れてた」
「えー、頼むでしかし。めっちゃ心配したやん」
「ずいぶんとお楽しみだったみたいですわね」
「監督、彼女たちが気を散らしてはいけないだろうからとテキストも控えようと言ってだね」
「あー! すまん! 心配掛けた! 部屋の中が灯りひとつなくて真っ暗でね、つい世界に二人しかいないようなそんな感覚になってたんだ。確かにみんなのことも話題にして話していたのになぁ。なんで連絡取ろうと思えなかったんだ?」
「そうね。なんでかしら? ふたりのことも話してたのよ? でも、どこか遠い世界のことのような気がしていた気がするわ」
暗闇の密室の中、男女二人きりでいたから、ではない。園子の言うように、なにか本当にこの世に二人という感覚があった。
「反省会はあとにさせてくれ。こんなところで立ち話は危険だ。階段まで進もう。ゴーゴー」
もうこのあたりはハイ・オークやオーガまでがうろうろしている危険地帯だ。
すぐに二十四階層に下りて宝箱などを検索しつつ小部屋に逃げ込む。
「次が第二十五階層でボス戦だ。階段を下りたら短い通路があってすぐにボス部屋だ。近付いてみないと状況がわからないな。とりあえず行ってみよう」
なろうは不定期で遅れて更新になっています。
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