第9話 帰宅
「なんでやねん!」
思わず突っ込む。
「葵、それはどうなんだ? 俺はな、健全な男なんだよ。それはダメだろ」
「ダメ言われてもなぁ。ウチお金無いし。掲示板に書いてたし。ま、兄やんならええやろ」
なにが俺ならいいんだ? どういう意味なんだよ。
「うふふふふふふふふ。思った通りですわ!」
見た目不審者が期待を裏切らない言動をしている。
「岩沙さん、大丈夫ですか」
「嫌です。香流ちゃんって呼んでくれなきゃ嫌ですぅ」
まさか? 嘘だろ?
「おい、葵、香流さんが何杯飲んだか数えてたか」
「え、嘘やろ。酔うてたん? ぜんぜんわからんかったわ。たしか寅吉のおっちゃんがピッチャーで飲んでたやつをお酌しながら自分にも注ぎ足してた気はするんやけどな」
「最初の一杯でなんか変なこと口走り始めてたよな? 経理やるとか言ってたし、まともそうだったから完全にシラフでもう飲んでないと思ってたんだけど」
「なんですかー。香流は仲間外れですかー」
「そんなわけないやん! 香流ちゃんは東京で出来た最初の親友やで!」
マスクで口元はわからないが葵を抱きしめる目元を見る限り上機嫌だ。
「香流さんの家って最寄り駅はどこなんですか?」
とりあえず同じ路線だった。だけどとっくに通り過ぎてるじゃないか!
「というか、ここまで一緒に着いて来てくれて逆に良かったよ。これじゃひとりで帰せなかったぞ」
「ほなかわいい女の子ふたりお持ち帰りやな!」
「お前ら本当にかわいいからシャレにならんぞ」
「およよ! ま、マジ? 照れるやーん」
はぁ、もうこいつらダメだ。今更こんなところで放り出せるわけもない。自慢じゃないが無職になる俺には駅前ホテルを奢る余裕も無いぞ。それにひとりだけ持ち帰るよりはいっその事ふたりの方がいいだろう。
「わかったよ。今夜はもうしょうがないからウチに来い。おい、葵、動画撮影してくれ。やましいことがない、介抱だっていうことの証拠を撮影してくれ」
「おー、せやな! ほないくでー、さん、にい、いち、きゅー!」
「なんだよそれ。香流さん、いいですか。え? あー、すいませんすいません! 香流ちゃん! 香流ちゃんはですね、今かなり酔っぱらってしまっています。ここ、どこだかわかりますか? 葵、あそこの駅の名前の看板撮ってくれ。えー、見てわかる通り、もう香流ちゃんの降りる駅は過ぎています。なので、今夜はこの、葵と一緒に俺の家に泊めることにします。いいですか? 嫌ならそこに駅前ホテルがあるので案内しますがどっちがいいですか?」
「えー、みんなと一緒がいいに決まってます~」
「ホンマかー。ホンマは千里はんだけの方が良かったんちゃうかー」
「やめろー! よけいなこと言うなって、酔っぱらってるからな、思ってもいないことを口走ったら後で後悔しまくりにさせてしまうぞ! ほら、香流ちゃん、行きますよ、こっちです。こら、葵、動画はもういいから香流ちゃんのカバンを落とさないように持ってあげろ。スマホと財布、ちゃんとあるよな?」
手を繋いで引きながら帰路を急ぐ。すると葵が香流さんを連れてディスカウントストアでお泊りセットを買うとか言って行ってしまった。たしかに、女性だし必要なものがあるだろう。俺は入口でぽつんと荷物番だ。明日、仕事じゃなくて良かった。たっぷり三十分は待たされてから家に向かった。さらにコンビニで朝食などを適当に買い込んでようやく帰宅した。
「入っていいよ。もうここまで来たら遠慮はいらないけど余計なことはするなよ?」
「せやなー、エロいもんが出てきたら恥ずいもんなー」
「あー、もうそういうのも恥ずかしい歳じゃないから。なんなら見つけてしまって恥ずかしがるところを楽しむまであるからな。やるなら覚悟しとけよ」
「うお! そらぁ兄ぃやん、かなりの上級者やなぁ」
部屋に美人をふたりも連れ込むがまったくうれしくないのはなぜ? 配信をするために防音のしっかりした鉄筋の角部屋を選んだ。ロフトも付いてる。とりあえず香流さんのコートを脱がせて座らせて変装セットを取る。おおぅ、俺の部屋に現実離れした映が出現する。グラスに氷水を入れて渡すとごくごくと飲んだのでトイレに連れて行って放り込んでからリビングに戻ると葵の姿が無い。
「あれ? 葵? 出て行ったのか?」
「いやいや、なんでやねん。ちゃんとおるっちゅうの」
ロフトから声が聞こえる。いつの間に。はしごを上って見ると。
「なにやってんの?」
なんか改装中だった。あ、香流さんがトイレから出て来た。石鹸で手を洗わせて人間がダメになるソファーに座らせる。これ、寝てしまうかもしれんな。
「葵! 香流さんが寝てしまう前に一緒にシャワー入って来てくれ」
「えー、兄やんやってーや」
「よし任せろ、じゃねーよ! 俺たち兄妹じゃないから!」
「もー、ウチも引越しで忙しいねんけどなー。まぁしゃーないなー」
なんか不穏なセリフが聞こえる。
「バスタオルこれな。えーと、俺さ、じつは現実から目を逸らしてたんだよ」
「え? なに? こわ」
「お前、家出少女だろ」
「は? え? ぜんぜんそんなんちゃうで」
「そのリュック、お前の私物の一切合切で全財産だろ? もういいよ、あとで事情聞くからな。それが今晩泊める条件だから。えーと、さっきの買い物って下着だけだよな。あー、じゃあ、香流さん、これ、俺のTシャツとスウェットね! ちゃんと洗濯したやつだから! 一応きれいだからね」
「あー、いいなーそれ、ウチにも貸してーや」
「お前ね、身長とかサイズって言葉知ってるか?」
「ちぇっ、しゃーないな。ほな、Tシャツとバスタオルだけ貸してーやー」
こいつ、シャンプー、トリートメントセットもリュックに入ってやがる。重いわけだよ。このリュック。
「あ、香流さん、明日の出社時間何時ですか?」
逆算して一回、家に寄る時間を、って、え?
「千里しゃーん、明日ねー、わたしねー、会社やしゅむからだいじょーぶ」
「あー、そうだね、それがいいね、やしゅめるならそうしてね」
二度と酒飲まさないし飲んだらダメだということを知らしめよう。
「お、葵、今の撮ってたか。いいぞ。これは警告ビデオだ。これを見れば二度と酒を飲むなどとは言い出さないだろう」
「うーん、けど二度とこの手ぇ使えんようなるで? ええんか?」
「お前ね、撮影しながらその問いは引っ掛け問題すぎるだろ。あ! そうだ、香流さんをこっちに送り出す時はちゃんと服着せてからにしろよ」
葵からこれよろしくと洗濯物の塊を渡される。この娘に羞恥心は存在しないらしい。風呂の使い方と、ついでに脱いだ下着も洗濯機に入れてここを押せと説明してなんとか二人を風呂場に送り込んだ。えーと、ドライヤーの準備と、寝床がロフトなんだよな。俺が下で寝るか。上の敷布団一枚降ろして、下の方が寒いから布団も降ろしておいて。おっと、今のうちに俺もスーツを脱がないと。
もう二度と着ることがないかもしれないスーツをハンガーに掛ける。早めにクリーニングだな。昨日着ていたスウェットに着替える。スマホをチェックするとグループではなく個人宛で西宮さんからメッセージが入っていた。




